こんな人いました6 モリモリ伝説

真田奈依

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5 どこか可怪(おか)しい

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 4月1日。
 先日葉山さんが森村に雑誌に貼るバーコードを切らせたら、きれいに切れなかったという。
 そのことを葉山さんは派遣元の事務員さんに言った。



 4月3日。
「わたし、この本頼んでないわよ」
 利用者から頼まれていない相互貸借本を依頼し予約していた。森村に確認すると、
「自分の中では頼まれたと思った。本人がそう言っているならそうでしょう」と、頼まれたはずと思っている。利用者は申込書も書いていない。森村が書いた。
 しなければいけない貸出返却処理はしょっちゅう忘れるくせに、頼まれていない本に予約を入れる。
 奴はいつも言われたことはしないで、言われないことをやる。
 奴は事実を誤変換している。自分の都合のいいように解釈することが多い。それが様々な失敗の一因。



 4月10日。
 父親から叩かれて育ったことを聞く。
「“親父にもぶたれたことないのに!” じゃないんだ。
 一人っ子で男の子だから親から可愛がられてきたんじゃないの?」
 意外だった。バカな子ほどかわいいっていうし、50近くになっても親に養われているわけだし、そうとう甘やかされていると思っていた。
 予約本が2冊あるのに貸出しないで利用者を帰した。



 5月10日。
 時代小説の文庫本が、小説の文庫の棚、一般書が児童書のところに配架されていた。
 色やシールでわかりやすくなっているにもかかわらず。



 6月13日。
 予約本が貸出できる利用者が来た時は、画面と音声で分かるようになっている。音量は森村のために高めにしていた。返却時と貸出時に分かるようになっていた。それなのに、予約本があるのにまた貸出しなかった。



 6月16日。
 返却されていない大型絵本用のバッグを、返却されたように台帳に記入。



 6月26日。
 中学生の職場体験が2日間あることを知ったのは、実施される前日の夕方近くだった。役所の連絡ミスでそうなった。
 1日目はいいとして、2日目のシフトは森村だった。奴一人に任せていいか心配だった。1日目の様子を見て判断することにした。
 2日目の午前中は、中学生たちは別の場所で職場体験し、午後から来ることになったので、図書室には1時間半ほどの滞在となる。それなら森村に私が作った計画書通り進めてもらえば大丈夫そうなので任せることにした。
 スマホに電話したら通話中に切れた。折り返しがかかってくるかと思ったがなかなかかかってこないので、こちらからかけ直したら、スマホの調子が悪いから家電からかけると言われた。
 職場体験のことを伝えると「めんどくせぇ」と言われた。横柄で感じが悪かったが、やってもらうことにした。
 だが、やっぱり心配になってきた。職場体験でダメな大人の見本を知るのは逆に貴重な体験だが、とんでもないことをやらかす可能性がある奴に任せるほうがよくない。
 シフトを交換し、私が2日目も職場体験に対応することにした。
 シフト変更でコンビニ夜勤に支障がないか聞いたら、支障ないという。いつの間にかコンビニのシフトは週二日なっていた。


 2日目の職場体験に中学生たちが来たのは、葉山さんから私が業務を引き継ぐ時だった。
 利用者が本を借りに来たタイミングだったので、利用者の了承を得て、中学生に貸出処理をやってもらった。
「森村さんよりできるじゃない」
 葉山さんが、私に耳打ちした。私もずっと思っていた。



 7月13日。
 団体に本を貸出したが、台帳に記入なし。
 本を貸出したときは【貸出レシート】を利用者に渡しているが、同じ【貸出レシート】を何枚も印字していた。不可解な行動。



 8月4日。
 私たちはコピー用紙の印刷面に×印をつけて、裏紙を再利用してる。
 以前森村が、用紙いっぱいに赤い油性ペンで×印を書いていたことがあって、異様な感じがしたことがあった。
 そのことを確認してからはボールペンになったが、あいかわらず×印は無駄に大きい。そう思っていたら、7月20日には×印をつける必要のない、それどころかつけてはいけない大切な書類、【貸出申込書】の回答を複数の×でめちゃくちゃにしていた。悪意を感じた。そんな森村こそ×印をつけてやりたい奴だった。

 しかも6月から、異様な×印や棒線を何本もめちゃくちゃに書くことが続いていた。
 恐怖を感じた。元々メンタルが心配な奴なので、派遣元に報告しておいたほうがいいと思ったが、まずは本人に確認してみることにした。
 男は悩みを相談することがしにくくて、精神的に思い詰めやすい傾向があるらしい。言いたいことを我慢しているのではないかという気がしたので、「ウップンがあるのかと思います」とメモを書いたら、「余計なことだ。失礼だ!」と逆上してきた。ネガティブな反応にコミュ障というワードが浮かんだ。

 心配するのは余計なことらしい。これからはフォローする必要はない。
 森村の書いたものを施設管理人の堂本さんにも見てもらった。やはり、堂本さんも異様なもの、危険なものを感じ取った。
 以前堂本さんから、森村は堪え性がないような、性格に問題があるようなの体型をしていると聞いたことがあった。堂本さんは定年退職する前、森村のようなタイプの人たちと関わる仕事をしていた。
 その時は本当かなと思ったが、今になってこういうことかと思い当たった。ああいう体型の人は、怒りやイライラの感情を抱きやすいらしい。
 ミスを指摘されると逆ギレする人がいるが、森村は今まではそんなことはなかったので、ポンコツなりに救いがあった。
 だけどこんなことで感情的になるとは。

 奴が来た当初から、派遣元のほうからは、私が言えばクビにすると言われていた。  
 だが代わりを見つけるのは大変だし、いい人が見つかる保証もない。一からまた仕事を教えるのが大変だから我慢していた。
 今まで私は、奴がミスをしても感情的に怒ることなく、注意を促し尻ぬぐいし、ポンコツ野郎をかばってきた。それなのにそのお返しがこれか。がっかりだ。
 いつもミスをするポンコツの森村の尻ぬぐいをしてきた。わざわざ恩に着せることをしてこなかったからかもしれないが、森村から感謝されたことはない。感謝してほしいわけではないが、今までフォローという名の尻拭いしてきたことに感謝されていないことはこれではっきりした。
 奴は「ウップンなんかない」と逆上したが、本当に何もなければ感情的になるようなことではない。何かしらわだかまりがあるからこそ、異様な×印や線を書いたのだろうし、図星だったから逆上したとしか思えない。

 森村は市の自立支援機関の世話になっていた。そのつながりでこの仕事を紹介されたのだが、自立支援機関は森村の調子のいいことだけを聞いて安心しているのだろう。自立支援機関はこっちの話こそきいてほしい。
 森村のようなポンコツの尻拭いをし、根気よく容認する人も職場もまずない。だからこそ奴はずっと定職につけなかったのだろう。
 奴が失敗しやすい特性があり、フォローされていることを、自覚しているなら、ポンコツでも救いがあるのだが。
 自覚はしていないだろう。自覚があるなら、フォローされていることがわかるはず。
 下手に指摘したら、逆ギレしかねない。

 1年経っても同じミスを繰り返し、精神状態も変だし、気にかければ「余計なことだ、失礼だ」と逆上されては、救いようがない。
 失礼なのは、利用者のみなさんに迷惑をかけている森村の方だ。
 利用者のみなさんに迷惑をかける奴の尻拭いをしてかばい、とどめておくほうが間違いだ。見切りをつけた方がいい。
 いないほうがまだましだ。役に立たないどころか害になっている。奴の特性を理解して、働いてもらおうとするのは能率が悪い。
 あんな奴がストレスになるのも、私のためにならない。

 見限った。もう仕事を続けてほしいとは思わない。愛想が尽きた。代わりがいるならすぐにでも辞めてほしい。
 奴は味方を失った。
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