薮原劇場2 お見舞い編

真田奈依

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薮原劇場2 お見舞い編

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 市立病院二階の、ナース・ステーション隣の個室のベッドに私は寝ている。病室はお見舞いの花がたくさんで、友人たちによって星や、キラキラしたモールや、真っ赤なポインセチアの造花などが飾られていた。もうすぐクリスマス。
 一日のほとんどを眠って過ごしている死にそうな私。夕方になり、母が帰って行き、私は一人になった。
 母が帰ってから30分くらいしただろうか、寝たきりの私は時間を確認できないが、それくらい経ったようなころ誰かが病室に入ってきた。
 私は意識がないと思われていたが、意識はあった。はたからは眠っているようにしか見えないが覚醒していた。だから、ナース・ステーションの会話がはっきり聞こえるし、給食の匂いもわかるし、母が時々私の手をさすっていたのも分かっていた。
 誰が来たのだろう。足音は一人のようだ……。病室には非常識なほどうるさい足音。その人物が私を見下ろしている気配がする。
「ざまぁ。いい気味」
 女の声だった。この声は……。
「大嫌いだった。早く死ねばいいのに」
 この声は、同僚の薮原恵巳やぶはらえみさん。私の死を望んでいるの? それほど、嫌っているの? こんなことを言われるなんて。わけがわからない。
「もっと苦しめばいいんだわ」
 目を開けて声を出せば、きっと驚くだろう。でもできない。この人は、私に意識がなくて聞いていないと思って言いたいことを言っているのだろうか。
 違う。私が聞いていると思って言っているんだ。どんな酷いことを言われても、私にはどうすることもできないから。身動きも取れず言い返すこともできず一方的に酷い言葉をぶつけられるまま。
 私の生存率は四割ほど。
 病気の私に酷いことを言ってストレスを与えるなんて。免疫力を高めなきゃいけないのに。ストレスは免疫細胞の機能を低下させる大敵なんだから。
 プラスの言葉をかけられた植物は元気に育ち、マイナスの言葉をかけられ続けた植物は枯れるらしい。
 これじゃあ治癒力の働きも悪くなってしまう。治るものも治らない。


 薮原さんが病室の飾りを手に取って見ている気配。
「病室を飾って励ましているっていうより、なんか、お祝いしているみたいね。みんなして、あんたの不幸を。そんなふうに見えるわ。
 みんな、あんたの不幸が楽しいのよ。まるでおめでたいお祭りね」
 まさか、そんな。みんなが私の不幸を楽しんでいるなんて、そんなはずはない。だけどこの人は明らかに私の不幸を喜んでいる。私に敵意を持っている。
 この人はお見舞いに来たのではない。嫌な気持ちにさせたいのだ。私が嫌な気持ちで死んでいくことを望んでいる。私の心をかき乱し、苦しめたいんだ。でもどうしてこんな仕打ちを。
 恨まれるようなことをした覚えはない。
 

 それどころか、和気あいあいと一緒に働いていたと思っていた。無職だった薮原さんに仕事を紹介したのは私だった。
 そういえば、一緒に占い師のところに行ったこともあった。その後、ランチもして、楽しかったのに。
 ホステスをしていると言うと偏見を持たれがちだが、決して後ろめたいことはない。
 お店はきちんとした条件のいいクラブだし、真心まごころとお酒でおもてなしする仕事だ。話題を豊富にするための勉強は苦ではない。お客様の話題によい対応ができた時はやりがいを感じる。天職かもしれないと思っている。
 未経験の薮原さんに水割りの作り方から、おしぼりの渡し方、タバコの火のつけ方などを教えた。一緒の席につかせて接客の方法を見せ、私がたくさんのお金と時間をかけて身につけたノウハウも教えた。仕事を覚えるまで面倒を見た。何度もミスをフォローした。
 私が声をかけなければ薮原さんは今も無職か、仕事を転々としていることだろう。
 別に恩に着せるつもりはない。だけどこんな恩を仇で返すようなことをされるなんて。こんな酷い思いをさせられるなんて。なぜ。
 
 怒りの感情がわいてくる。7つの大罪の一つ。怒りは、免疫力を低下させ、毒素を出して身体にたまる。
「あんたが店に来なくなって、せいせいしてる」
 悪態をついて、薮原さんは帰って行った。
 


 人の不幸は〈蜜〉とか〈かもの味〉という。
 ひょっとしたら、私の不幸は薮原さんにとって、快感なのかも。他人の不幸は相対的に自分の幸福を高めて、自己評価を引き上げてくれるらしい。
 あぁ。こうして寝ている私は、攻撃しやすい人間なんだ。主導権は薮原さんにある。弱っている私を攻撃するのは造作もないこと。
 まるで傷口に塩を塗るような仕打ち。
 健康な皮膚に塩をすりこまれたってなんてことはない。だけど傷があったらたまったものじゃない。薮原さんは私が病気で苦しんでいるのを知っていて、酷い言葉でさらに苦しめた。それが趣味なのか。
 私の不幸に塩をきかせて、さらにさらにおいしくしようというのか。酷すぎる。
 そういう人とは思わなかった。そんな毒を心に持っていたとは。なんて陰険な人。意地の悪い人。行く先々で人間関係の問題になったに違いない。とんでもない人と関わってしまった。


 傷口に塩を塗るなんて酷い仕打ちだと思う。そんな話、あった気がする。
 あ、そうだ『小公女しょうこうじょ』もそんな感じでは。ミンチン先生も薮原さんのように痩せて背が高いことになっている。
 たった一人の肉親を亡くした主人公のセーラを、ミンチン先生は助けるどころか使用人として虐待して、さらに苦しめた。
 ミンチン先生はセーラを嫌っていたけれど、お金持ちだから機嫌を取っていた。そしてセーラが保護者とお金を失った途端に、容赦なく攻撃し、誇りと自信を奪おうとした。粗末な服を着せ、屋根裏部屋で寝かせ、ろくな食事を与えずにこき使った。酷い話。セーラの不幸は、ミンチン先生にとっては絶好の機会だった。


 薮原さんは、私が不幸な状況になって本性を現した。攻撃の絶好の機会にした。薮原さんは肉体的な苦痛に苦しむ私に、精神的な苦痛を与え追い打ちをかけた。
 世の中には〈他人の不幸で今日もメシがうまい〉と感じる人がいる。〈メシウマ〉というやつだ。今ごろ薮原さんも、おいしくご飯を食べている頃だろう。
 仮に退院して元の生活ができるようになったとしても、そんな人とは一緒に働けない。そうなると、私が仕事を辞めることになる。薮原さんが条件のいい今の仕事を手放すことはないだろう。私が天職と思っている仕事を辞めることになる。今より条件のいい勤め先が見つかるとは思えない。
 生きるためには働かなくちゃいけない。だけどそんな惨めな思いをしてまで、生きていてもしょうがないな。この先いいことがあるとも思えない。むしろ年を重ねるほどつらい目にあっている。
 この先いいことがあるとも思えない。
 死にたいわけじゃないけど、生きるのがつらい。
 このまま、死んだほうがいいかも。
 つらいことの多い人生だったけど、いいこともあった。天職とも言える仕事ができたし、お見舞いに来てくれるたくさんの友だちにも恵まれた。いろんなところを旅行できたし、すぐれた芸術にも触れられた。悔いはない。
 Ora Orade Shitori egumo…




 あの人の病室はお見舞いの花がいっぱいだった。
 あの人は、努力もしないで、いろんなものを持っている。職場での高評価。病室を飾り、励ましのメッセージをくれるたくさんの友だち。華々しい経歴……。
 就職氷河期世代のあたしは仕事に恵まれず、40になるまで大変な思いをしてきた。婚活もうまくいかなかった。
 いなくなればいい。そうしたら、あたしがお店の№1。






 あのまま、死ぬのだと思った。だが私は生きている。
 死ぬほどの思いをしたが、元の生活ができるようになった。
 以前私を占った占い師は「長生きする」と言っていた。知りたいことははっきりしない占いだったが、それだけは当たったようだ。私は結婚願望はないが、将来に不安があったので占ってもらったのだが。
 薮原さんが占い師のところに行ったのも、何かしらの不安なり悩みがあったからだよね。それが何かは分からないけれど。私たちはお互いの相談内容も鑑定結果も知らない。
 その二年後に、あんな仕打ちを受けることになるとは。私を攻撃した薮原さんは不幸なんだろうな。幸せになりたいんだろうな。だったら人を苦しめるようなことを、しないほうがいいんじゃないのかな。
 仕事を転々としなければならなかったのは、自分に問題があったからだろう。 
 薮原さんは、強引で不遜ふそんな接客が問題になり、お店にいられなくなった。


 助けたいとは思わない。薮原さんにとって私は死ねばいい人間なのだから。
 傷口に塩をぬるようなことをしなければ、ミンチン先生もセーラの恩恵を受けられたろうな。






            END
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