薮原劇場3 異世界編

真田奈依

文字の大きさ
上 下
1 / 2

しおりを挟む
 薮原恵巳やぶはらえみは前世で、イギリスのヴィクトリア時代によく似た異世界で、エミイ・ツイスターという名で生きていた……。



 私は、六歳から十六歳の女生徒が学ぶ寄宿学校を経営している。
 そのブライト学園の前に、美しくてお洒落な馬車が止まった。立派な紳士が十歳の娘を連れてきた。
 年の割に背が高く痩せている娘は、羽飾りのついた帽子をかぶり、王女様のような服を着ていた。父親は人当たりがよく、羽振りがよさそうだった。名刺には地主と書いてあった。
 娘の名前はエミイ・ツイスター。私は父親からエミイを預かった。気立てのいい娘だった。
 父親と会ったのはその時だけだった。その後、全く連絡が取れなくなった。エミイの生活費は私が負担していた。
 友人の探偵に行方を捜してもらう。名刺にあったミッドランド州にはサウスリバーというような場所は存在せず、ウイキッドウェイ・ツイスター氏というような人物も実在しなかった。

 その後の調査で、エミイの父親が獄中死したことが分かった。
 エミイを預けた時には、知人の出資金を持ち逃げしていたのだった。莫大な富が儲けられると話を持ちかけだましていた。
 新世界に愛人と逃亡しようとしたところを、詐欺で捕まり監獄に入れられたのだった。エミイの父親は娘を捨てたのだ。私に預けて。

 エミイは天涯孤独となった。
 何という親だろう。親に捨てられた娘がどうなるか考えなかったのか。それとも私がなんとかしてくれると、をくくっていたのか。身内のいないエミイは孤児院に入ることになるが、それでいいのだろうか。
 寄宿料も学費も授業料も未納。エミイに必要な物は、私が買い与えていた。その立て替えたお金は、回収できないことがはっきりした。エミイは一文無し。
 かなりの損をさせられた。だからといって気立てのいい娘を、学園から放り出すことは私にはできなかった。エミイに罪はない。私は寄る辺ない娘が幸せに生きていくにはどうすればいいかを考えた。
 寄る辺ない娘でも自立して生きていけるように育ててあげよう。私が身内の代りに支えてあげればいい、そう決意した。
「あなたのこれからのことを考えないとね。あなたがこの学園にいたいのなら、いていいのよ。私の仕事を手伝いながら勉強を続けたらどうかしら。身寄りのないあなたが生きていくのは大変だけど、自立した生き方もできるわ。
 ここで学業を修めて、学校の先生か家庭教師になって、自分で生活費を稼げるようになってはどうかしら」
 寄る辺ないエミイは、学園にとどまることになった。
 


     ♠

 わしは一人書斎で、暖炉のそばの肘掛け椅子に座って、部屋着をはおり毛皮にくるまっている。額を押さえて、火を見つめている。
 金持ちだが家族のいない寂しさを感じていた。独り者の味気ない日々。気が滅入る。 
 従者ヴァレットが入ってきて、わしの気を晴らそうと、最近親しくなったという娘の話をはじめた。
「初めて外で見かけたときに微笑みかけてくれました。とても人当たりのいい娘です。何度か顔を合わせるうち、言葉を交わすようになりました。
 態度やふるまいが礼儀正しいお嬢様のようで、言葉遣いも立派なのですが、どういうわけか、身なりがまるで乞食のようなのです」

 後日いつものように書斎で、片手で目を覆い、うつむいて、晴れない心を持てあましていた。
「あの娘がご主人様をお見舞いしたいと言っております」
 従者ヴァレットに案内され、娘は書斎に入ってきた。なるほど、くたびれた服を着て、痩せた娘だった。
「エミイ・ツイスターと申します。いつも、窓の外から見える旦那様のお姿がおつらそうで、心配しておりました。あたし、旦那様のお姿を見るたびに、(神様のご加護がありますように)と、旦那様の幸せをお祈りしておりました。
 心のこもった、やさしい話し方。品性のそなわった娘だった。わしのそばに来て、ひざまづいた。
「元気づけて差し上げられたらいいのですが」
 そう言って娘はわしの痩せた手に顔を寄せると、その手に繰り返し繰り返しキスをした。
「いつもお苦しそうで……。あたしが頭をなでて差し上げたら、もしかしたら楽になるかもしれないと思って参りました」
 エミイが頭をなでると気持ちが楽になった。
「あなたに《ちっちゃな奥様》がいらしたらいいのにと思います。そうしたら、あなたが苦しんでいる時に、その子はあなたをなでてくれるでしょうから。
《ちっちゃな奥様》は、いっしょに馬車に乗ったり、オペラを観に行ったり、話しをしたり本を読んで差しあげたりしてくれるでしょうね」

「エミイ、君のことを聞かせてくれないか?」
 わしは穏やかに尋ねた。エミイは一瞬戸惑い、深いため息をついてから話し始めた。
「あたしは隣のブライト学園の特別生徒でした。でも身内が誰もいなくなったため、今は学園に置いてもらうために働いています。
 父はとてもお金持ちでした。お友達に頼まれ、事業の共同出資者になっていたのですが……」
 エミイは声を震わせ、涙を流しそうな顔になった。
「その事業が失敗し、心労から病気になって死んでしまいました。
 父はお友達のために全財産をつぎ込んだので、一文無になってしまいました。あたしもです」
 エミイの声はかすれ、涙が頬を伝って落ちた。
「頑張って働いていますが、先生に叱られてばかり。でも、先生はあたしを教育するために怒ってくださっているのです。だから、昼でも夜でも、ひどい天気のときに限ってお使いに出されたあげく叩かれて、食事を抜かれても、腐りかけのりんごの砂糖漬けしか食べられなくても平気です」
「それは教育とは違うよ。我慢することではない。それに、こき使われているだけじゃないか」
「仕方ないです、学園を追い出されたら行くところがないのですもの」
 エミイはハンカチを取り出し、目元を軽く押さえた。わしは深い溜息をつき、しばし沈黙した。

 エミイの身の上がわかった。エミイは父親の被った不幸のために、下働きのような仕事をさせられていた。気の毒に思った。
「エミイ、そんなに苦しんできたのか。君の話を聞いて、私は何かしらの手助けをしたいと思うよ」
「本当に…ありがとうございます。あたしはただ、少しでも安心して過ごせる場所が欲しいです」
エミイは涙を拭いながら、感謝の言葉を口にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

お姉さまは酷いずるいと言い続け、王子様に引き取られた自称・妹なんて知らない

あとさん♪
ファンタジー
わたくしが卒業する年に妹(自称)が学園に編入して来ました。 久しぶりの再会、と思いきや、行き成りわたくしに暴言をぶつけ、泣きながら走り去るという暴挙。 いつの間にかわたくしの名誉は地に落ちていたわ。 ずるいずるい、謝罪を要求する、姉妹格差がどーたらこーたら。 わたくし一人が我慢すればいいかと、思っていたら、今度は自称・婚約者が現れて婚約破棄宣言? もううんざり! 早く本当の立ち位置を理解させないと、あの子に騙される被害者は増える一方! そんな時、王子殿下が彼女を引き取りたいと言いだして──── ※この話は小説家になろうにも同時掲載しています。 ※設定は相変わらずゆるんゆるん。 ※シャティエル王国シリーズ4作目! ※過去の拙作 『相互理解は難しい(略)』の29年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の27年後、 『王女殿下のモラトリアム』の17年後の話になります。 上記と主人公が違います。未読でも話は分かるとは思いますが、知っているとなお面白いかと。 ※『俺の心を掴んだ姫は笑わない~見ていいのは俺だけだから!~』シリーズ5作目、オリヴァーくんが主役です! こちらもよろしくお願いします<(_ _)> ※ちょくちょく修正します。誤字撲滅! ※全9話

純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ

奏音 美都
恋愛
グレートブルタン国のプリンセス、ルチアは数々の困難を乗り越え、ずっと慕い続けてきた隣国の大国、シュタート王国の国王、クロードと誓約の儀を結ぶこととなった。 こちらは、 「【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/682430688 の、誓約の儀を描いた作品となっています。 ルチアとクロードの出会いを描いた作品はこちら。 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630

プリンセスなのに最狂暗殺者に誘拐されました。

ROSE
恋愛
いつまでも新婚みたいに仲良しの両親が羨ましかった。自分たちは恋愛結婚のくせに、政略結婚を押しつけようとしてくる両親に腹も立った。 王位に興味なんてない。ただ、普通の恋愛がしたい。 そう思っていただけなのに……。 どうしてこんな危険人物に誘拐されないといけないの!? ※一部残酷な描写と軽度な下ネタが含まれる可能性があります。苦手な方はご注意下さい。

アリシアの恋は終わったのです。

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...