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王子(一人姫)のトラウマ
しおりを挟む「にしても……母上は本当に強烈でしたね」
「今もですね。熊を素手で引きちぎるとは……驚きです」
「それ、噂ではなくて?」
「ウリエル兄ちゃんは知ってるよね?」
「あれは剣で喉から刺し込み、頭の眉間にも刺した。二つの剣を使った戦いは子供ながらに勇気が出るものでした」
「………噂ではなかったのね」
「懐かしいわ~本当に~」
ロイドの膝上に座りながら頷くミェースチ。彼女は笑顔でロイドの喉元を刺す動作をする。
「眉間と喉をさせば死ぬわよ、どんな生き物。シュルティエも」
「にしても……ウリエルお兄様は何故、トラウマにならなかったのですか? 怖かったでしょう?」
「怖かったですがもっと怖いのを体験しています。皆さんもでしょ?」
「トラウマ……なにかあったかな?」
「トラウマねぇ~」
「俺はある。一つ母親のあれ、二つガブ兄さんの死。3つガブ姉のあれ」
「ミカエルちん……あなた……」
「姉さん。悲しんでも絶対に慰めない」
「嬉しい!! 二つも私なんて!!」
「……………」
((末っ子……諦めろ))
ウリエルとラファエルは末っ子にアイコンタクトをして諦めろと訴える。ミカエルは……悲痛な顔で舌を噛んだ。
「トラウマ……私ねぇ……お母さんは~もちろん」
「母上、ご存知です」
「ウリエルに同じく」
「お母様。大丈夫知ってる」
「お母さん。知ってるから話さなくていいよ」
「………すん」
珍しくショボくれる母親に4人の心は一緒になる。どうせ、皆の前で悪事をバラされたときの事だろう。みんなはわかっていた。父のロイドも静かに頷く。
「くっ……この屈辱も寂しさも全て……」
「全く関係ないがな!! ミェースチ!!」
「……そう?」
「……にしても。ミカエルのトラウマが母上か。僕もですね」
「ウリエル兄ちゃんも?」
「いえ……私もよ」
「ウリエルと同じくガブリエル……君もか……もしかして……あれか?」
4人は染々と思い出す。トラウマになったあの事件を。
*
来年、入学を控えたウリエルが9才のとき。二つ下で7才のラファエル。6才のガブリエルに5才のミカエルが呼び出された。幼いながらもしっかりと教育されたウリエルが3人を連れて来たのは寝室である。
そこには父上がおり、皆が不安そうな顔で怖面の父上を見る中。母上が皆に笑顔で語る。
「父上が謝りたいそうよ。復讐出来るチャンスよ」
「えっ!?」
ウリエルは母の声に背筋が冷える。
「………すまんかった」
父上の一声に4人は不思議がる。いったい何がどうなのかと。
「お前らの母を殺させたにはワシだ……恨んでいるだろう」
そう……父上が殺したことを地面に伏して謝り出したのだ。あの、皇帝が頭を下げる事に子供ながらわかる訳もなく。ウリエル以外は全く理解が出来なかった。
ウリエルは……震える目で母上。ミェースチを見ると避けそうな程の笑みを浮かべている。鬼がいるとウリエルは思った。
「さぁ……どうする? あなたたちの母親を殺した奴よ。どうする? ミカエルは……違うけどね」
「……うぅうううう」
ミカエルが分からず泣きそうになるのをガブリエルが抱き締める。1才しかかわらないのに泣くのを我慢してミカエルを守ろうとする。ウリエルは……ボーとし、ラファエルが手を握った事で我に帰った。
「まぁ……いいわ。復讐とは……こうするの!! 代わりに見せてあげる。これが復讐よ」
ゲシッ!!
「ごは!!」
母親が父上を蹴り、何度も何度も踏み潰す。容赦なく……何度も何度も踏み潰す。その行為に4人は震え上がった。
優しかった母親の姿はなく……ただただ。父上を苛める姿に涙が流れる。怖い……怖いと。だが……隣で大泣きしている3人を見てウリエルは唇を噛んだ。
「……お母さん……やめて!!」
ラファエルの手を離し……母親の前に躍り出て父上を庇うように手を広げた。
「げほげほ……ウリエル!?」
父上は口を切ったのか血を出しながら名前を呼んだ。
「父上……僕は……僕は……母親を知らないんです……でもでも……今……お母様が大好きで……そんなお母さまが……僕の代わりに怒るのは……嫌です。優しいお母さまに戻って……皆。お母さんが大好きです!! だから……だから……」
「………ウリエル。あなたは許せるの?」
「はい……優しいお母さんに戻ってくれるなら……」
ミェースチはそれを見て頭を押さえ……ため息を吐く。
「わかった……大人ね……ごめん。少し一人にさせて」
そう言い。ミェースチは部屋を出た。残された3人は無き。ウリエルの背中に大きい手が肩を掴んだ。
「ウリエル……許してくれるのか?」
「……僕は子供でわからないです。でも……お母さんが元に戻るなら。許します」
「う、うおぉぉぉ……」
ウリエルは父親に抱き締められ。ガブリエルとミカエル、ラファエルも同じように兄にくっついた。
ウリエルは泣きべそをかきながらも最後まで我慢したのだった。
*
「ウリエルはその時から兄だった。誰よりも素晴らしい兄だった……ぐす」
「そうだったわ。ウリエル兄さまが居たからね……うぅうぅ」
「ウリエル兄ちゃん。ありがとう……本当に……」
「………え、ええ……君達泣くのですか?」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!! うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」
「あなた……うるさい」
ロイドが鼻水を垂らしながら号泣し、3人も啜り泣く。気まずいミェースチとウリエルは目線を合わせ。少し笑い合う。
「母上は……何故あそこまで徹底的に?」
「母親を殺されてる悔しさを代弁したつもり。殺すつもりだったわ。私なら殺す。だから……意外で……すぐには納得出来なかった」
「ははは……やはり母上ですね。ですが……復讐だけでは何も生みませんよ。確かにいけない事ですが飲み込む事でうまく行くこともあります。それに……父上はしっかりと罪を意識し十字架を一生背負う事を決めたのです。それでいいのです。罪を悔いる父上のその苦悩もわかってます」
「……私より大人ね。絶対に忘れられないわ」
「母上のお陰です。母上の復讐心は少し醜く見えています。あとは……母上が本当に実母のように大きい存在でしたからね。ミカエルが実母であることが羨ましい程に……だから、あのときはそんな母を見るのが嫌だった」
「そう……嬉しい。でも、実母よ」
「説明の流れです。私の母上はミェースチ・バルバロッサただ一人です」
「…………おかしいわね。何ででしょう。歳を取ったせいで。涙腺が緩いわ」
「ははは……母上。お願いですから泣かないのが僕だけはやめてください。収支がつかないです」
「あんな……根暗く。全く元気がなくて……小さかったに……ここまで大きくなって。うぅぅ」
「…………いつの話ですか?」
ウリエルは下唇を噛んだ。頼りにされるのは嬉しい。しかし、感動したかったのは僕だと思い。泣き出す家族を一人一人宥める仕事に従事しようと決める。
(くぅ……泣きそびれた感が拭えない)
ウリエルは先ず始めにラファエルを宥めるのだった。
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