29 / 71
変わる関係、終わりの鐘
芽生える悪感情、堕ちる令嬢
しおりを挟む私は……部屋に入るとセシル君とハルト君に出迎えられた。詳しい話をと思ったが。ヒナトが来ると言うことで私は二人に謝り、来ることはなくなると伝えた。
セシル君とハルト君は何処か、納得できない表情であったが……今のまま。婚約者であるので引き留めようと説得もする。
だが、全く私はそれに首を振り続けた。そう……何もかも魅力に映らないのだ。
そう、あの……毎日楽しかったのが嘘のように今は日常が萎んでいる。考えるのは他人が私に悪感情を持っていると思ってしまう心の声に弱さを感じる事だ。こんな姿をヒナトに見せる訳にもいかないが……やる気も出ない。
だからか家に帰ってもすることないのでフラフラとして歩いていた。歩いていたが……どこもかしこもヒナトとの思い出ばかりが内包し。心に痛みを生む。だが……それでも私は思い出を忘れようとは思わなかった。
「嫌なのか、嫌じゃないのか。変な私……」
自分自身の芯のない心が苦い。家族じゃなくなったのがそんなに嫌だったのかと……そう思う。
だからこそ、私はついついフラフラとこんなところへ来てしまったのかもしれない。今居るのは真っ白に塗装された青い屋根の教会。多くの建物に囲まれた一番家に近い教会である。懺悔室、行こうかな。
「……あいてない」
しかし、教会は開いていなかった。木の扉は閉められており……本日は礼拝禁止と木札が立て掛けてある。教会の管理者が忙しいのだろうか。
「帰りましょうか……」
運がない……そう思い振り返った時。背後でギィィと音がし、扉が開き、木札が倒れた。中から誰かが開けたのかと様子を見ていたが……誰も居ない。しかし、扉はどんどん開き、なぜそうなってしまったかがわかった。閂が折れて抜けているだ。それを見て私は慌てる。
「閂が、壊れてしまってる。どうしましょう……中に人が居るでしょうか?」
私は中に入り、扉を閉めようとするが立て付けが悪いのか開いていく。閂で押さえていたようで、それが壊れてしまっていることで閉じなくなっているのだ。金の燭台や貴重品もあるのにこれはいけないと思う。
「あぁ……どうしましょうか……」
誰も居ない教会で……私は悩む。誰を探そうかとそう思った時。教会の中にある懺悔室で物音がし、そこの人が居るのかと扉の壁を開けて中に入る。そして声をかけた。
「清掃中、すいません……教会の正門が開いています」
懺悔室の向かい側、顔が見えない場所に物音がして声が帰ってくる。若い女性の声に私は安心する。
「ん、ああ。開いてるのね。これは教えてくれてありがとう。教会使うのが結構汚すからねぇ~今日は閉めてたの」
「そうなんですね。汚して帰るなんて……」
「まぁ、清掃費をもらってるからいいんですけどね。牧師として、しっかりと清掃しないとね」
「牧師様でしたか……すいません、ご挨拶を」
「待った。今、ここは懺悔室です。名を言うのは名を聞いてもらって知っていただき、そこから懺悔をと言う方のみです。一応、ここはそのような場……本来は無料で懺悔なぞ聞きませんがこれも何かの運命。お困りの雰囲気が凄く感じるのでお聞きしましょう」
「えっ……いいのでしょうか?」
「もちろん、人に言えない事を言えばいいです。ここはそういう場所です。秘匿義務があります」
「なら……甘えさせてください」
私はポツリポツリと近況から話を始めた。そして……ゆっくりと泡のように浮かんでくる悪感情を口に出す。それは押さえようとも大きく大きく次から浮き出して水面の上で破裂した。
「弟は苛められていた母上の元で果たして幸せになれるのか……新たな土地で幸せになれるのか。不安で不安で仕方がないです」
何も言わず、静かに……ただ静かに……牧師は私の話を聞いてくれる。そう、抑圧していた感情が溢れでる。
「いいえ、不安じゃない。一度虐待して捨てた子を今になって拾いに来ることに愛を全く感じない。そう、全くもってあの母親を信じる事は私には出来ません。それどころか苛めていた事実が非常に憎々しい。あんな素晴らしい弟をよくもや、よくも苛めてくれたなと言う言葉が出てくるんです」
そう、止まらない。醜く、悪態をつく。
「何もヒナトを知らない癖に……さも、悲劇を装うその行為にも反吐が出る。娘に甘いのも気に入らない」
ヒナトの実の母親に対して……そう。私は敵意を持っているのだ。異常な敵意。ヒナトの前では立派な兄を演じていたのに……それすら忘れるほどに。
「家族だった。ヒナトを奪いに来たあの女を許したくない……ヒナトがたとえ笑顔でも……私は過去を許せない」
ヒナトの笑顔を取り戻すまでの苦悩を思い出し……苦しむ。
「もう、二度と笑顔を奪わせたくない」
そして……私はあろうことか……恐ろしい言葉を口走る。
「ヒナトを幸せに出来るのは私しかいない」
そう、独善的な言葉を私は溢した。あまりにも自分勝手な言い分。それは……あまりにも立派な人物像とはかけ離れている。そんな言葉を溢した後には……大きく溜め息を吐き、天井を見上げた。弱いと……
「以上があなたの懺悔ですか?」
「はい……醜い自分を罰したいです」
「そうですか。私に言わせれば自分を抑圧しすぎじゃないでしょうか? 確かに大人とは我慢すること、ですが……それでは疲れるでしょう。発散するところはするべきであり、素直になるのも必要です」
「……」
この牧師さん。結構、俗物的な事を述べる。
「それに聞いていれば……弟さんに何かもっと強い意識を持ってるように思います。それを騙すように相手が悪いと言っているような感じです」
「……」
「弟さんとどうなりたいのですか?」
「それは……」
私は股に手を挟み。考える……すると毎日一緒だった日々を思いだして暖かい気持ちになる。笑顔でごはんを一緒に食べたりや、歩いたり……そう。そう……ダメ。考えちゃ……ダメ。
「何か普通の接し方を越えてる気がします。それを隠してるような……」
「……」
私は……唇を噛む。噛むが……痛みよりもヒナトの事を何度も何度も思い出す。
あふれでる。気持ちに嘘が言えなくなっていく。
「……神は兄弟愛を肯定してくれるのでしょうか」
「否定はする。寝取りなどは見過ごせません。ですが……それは信者に対してのみ」
牧師の声が少し変わった気がする。真面目そうに、強い口調で確信があるのかハッキリと断言した。
「あなたはその気持ちを捨てるのですか? 逃げる理由は捨てたくないからでしょう?」
そう、もう何故か牧師にはわかっていた。そして私もわかっていた。
「弟に恋慕を抱くのはおかしいことでしょうか?」
「はい、そして……その人は『聖女』と一緒。奪う事になり、あまり誉められた行為ではない。ですが……世の中では多くの神々がいます。応援してくれる人も居るでしょう」
「……」
牧師の言葉に私は小さく頷いた。こんな所で決めてしまって良いものかと考えるが……ここは懺悔室である。
「エルヴィスはこの日をもって立派な兄を演じる事をやめます。そして……エルヴィスはこの日をもって神に祈る事をやめます。不純な弟への恋慕を抱き、捨てない事を決めました。あの女から弟を引き剥がします。絶対に許す事はできない。私が」
深い深い弟への想いが私の胸の奥から心を突き破り、ドロッと流れ出す。兄弟で歪んだ気持ち、持ってはいけないと弟に言い聞かせた感情。それを人一倍持っていた事を私は肯定する。
本当にそれは不純であり。汚いものな筈なのに、何故か私はスッキリとしていた。
「……エルヴィス。あなたを破門します。しかし、あなたには別の神からの祝福があるでしょう。剣を司る神ではなく。純愛を司る神から」
「牧師様、ありがとうございました。心が軽くなりました」
「それは良かった。では、エルヴィス……神託があらんこと」
私はそれを聞き。ヒナトの前で見せたことのない高い笑いを起こす。そう……滑稽な笑いを……自身に向けて。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる