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悪役令嬢になる前の兄上
変わりゆく環境
しおりを挟む「ヒナト……怖い顔をしてどうした? 婚約の話か?」
俺は兄上を壁へ押し付けて睨み付ける。そんな自分に恐怖も見せず。いつもの優しい笑みを向ける兄上に燃え上がる激情をぶつけた。
「そうです!! 何故!! 男とか文句を言っていた兄上は何処へ!!」
「仕方ないだろう。ハルト君の目と意思の強さを見たらどうにも断らせてはくれないと思ったんだ。まぁ、先延ばしは出来たから。どうなるか実はわからない」
兄上が肩を透かし、首を振る。
「兄上はハルト君を好きなのですか?」
「いいや。同じ男に恋慕は持っていない。正常だ。だが……そういうのもいつ生まれるかわからない。ハルト君にはそういう事も含めて待ってもらう事にしている。ヒナトが心配しなくていいほどに幸せになり、一人前になるまでは無理だろうがな……」
「……ハルト……それで大人になれと言ったのか……」
俺が一人前になった瞬間に奪われる。一人前になって兄上と一緒になりたい筈なのに……そんな事を……
「酷な話だ。ハルト君にとってな。弟が心配だからそういうのは待ってくれとか。優先しないとかな。まぁ、数年後。心変わりもする。それまで変わらなかったらだから、今のままなら大丈夫だろう」
「はぁ、兄上はどうしてそう簡単に物事を考えるのですか……私は嫌です。兄上の仮の婚約者としても……」
「……わがままだなぁ~ヒナトは。家族とは色々疎遠になる時期も来る。ずっとヒナトの近くで幸せへの手伝いは出来ないのだぞ?」
「…………絶対に離れない。離れたくない」
「はぁ……わかった。わかった。まだちょっと怖いのだろ?」
「何故、兄上は私の好意を知らないと言うのですか?」
「知ってる。だけどそれは刷り込みだ。刷り込みなんだヒナト。家族だし、大切な弟は変わらないんだ」
「……弟を越えて恋人にはなれないのですか?」
「俺自身……愛などでの結婚や異性との恋愛に全く興味がわかない。それに弟に恋をするバカはいない。だから、ヒナト。俺の背中を見て育ったなら、立派にハルト君のように令嬢を見つけて欲しい」
全否定、俺は拳を握り……我慢の限界を示す。
「…………わからずや!! 兄上のバカ!! アホ!! お兄ちゃんなんか大嫌いだ!! もう知らん!!」
「つうううううううう!? ヒナト!! 待ってヒナト!? ごめんって!! 兄上が悪かった!! 言いすぎた!! そこまで怒るなんて!?」
兄上から離れて罵声を発し、自室へ帰る。呼び掛ける声に無視をし……俺は自室で鍵をかける。
「ヒナト!? 大丈夫!! まだ婚約者だけだから!! 家に居るし!! お前が一人前になるまで一緒だから!!」
全力でドアの前で叫ぶ兄上を俺は無視し続ける。大きくなっても変わらず。情けないほどに引きこもる。俺は……落ち着くまでベッドで転がった。
もう、落ち着かそう。とにかく落ち着かせようと念じながら耳を手で閉じる。
*
「……バーディス……ありがとう。相談に乗ってくれて」
朝からボーとし、学校のベンチで空の雲を眺める。最近、雨が降った事を思い出して気を紛らわせる。
「そら、綺麗」
「エルヴィス!? どうしたの!? やばいわよ!? 今さっきからなんも脈絡なく話してる」
「あっ……バーディス……ありがとー。相談に乗ってくれて」
「怖い怖い怖い!? しっかりしなさい!! 朝から変よ!! その目の隈はどうしたの!?」
「ヒナトを怒らせてしまい……部屋に引きこもって出て来てくれなかった……」
「……早朝、普通に彼は登校してたわよ」
「……あれ、おかしいなぁ。ドアは開いてないのに」
確かに仮眠はしてた。だが、物音すれば一瞬で起きるつもりだった。
「はぁ……あなたね。今は噂の人物。ちょっとそれは置いておいて身の周りを見なさい」
「……噂?」
「ハルトから婚約者として選ばれたのでしょう? 学校ですぐに広まったわ。見られてる自覚ある?」
「……ああ、そうか。婚約者かぁ……まぁ、そんな小さい事よりもヒナトと仲直りを考えないといけない」
「もう、弟が好きねぇ。なんか心当たりは?」
「婚約者受け入れた事を怒ってる」
「……そりゃそうよ。大切な人を奪われるのよ。弟が私に奪われても怒るでしょ?」
「全力で応援する。バーディスなら……全然いいと思う。俺が男のままなら。婚約者になっても自慢できる素晴らしい令嬢だよ」
「……」
「バーディス?」
バーディスが顔を背けるのでどうしたのかと名前を呼ぶ。耳が赤い。
「照れてる?」
「黙ってエルヴィス。素直に言わないで……恥ずかしいわ。恥ずかしい……深呼吸するから待って」
「……ん、恥ずかしいかぁ。そっか……わかる。褒められると照れちゃうよな」
「喋んな!! はぁ……すぅはぁ。もう簡単に仲直りできる方法あるわ」
「なに!? なに!? 教えて!!」
身を乗りだし顔を近付ける。綺麗な赤い瞳を食い入るように覗き込む。
「……婚約破棄。婚約するから怒るならね」
「あぐぅ。それは……無理だ」
「どうして? ささっと断りなさい」
「向こうの名家は俺の商家に直々に頭を下げた。親同士の話もついているし、一応認めてしまったため。そんなすぐに断るのは無礼だ。それと……ハルト君の気持ちを蔑ろにするには早すぎる。すぐすぐは多くの方に迷惑を被る。理由も微妙だ。ヒナトと仲直りしたいなんて第三者からは何を言ってると思われる」
「……弟にそこまで入れ込んでいる方が変よ」
「………」
「それ……何か理由あるでしょ。弟に入れ込む理由」
「ヒナトの不利になることは言いたくない」
「……では、勝手に調べようかしらね? 色々と?」
「……」
俺は睨み付ける。調べようとすることをやめさせないといけない。脅しても。
「調べてもいいが。どうなるか……知ってる? 弟のためなら親友だろうと2番目だぞ」
「そんな脅しで引くほど。赤い髪を見せびらかせはしないわ!! だけど……親友だからこそ忠告する。弟に入れ込む理由を隠し続けても不利益を被る場合がある。仲間を増やしたい場合は特にね!! 信用大事でしょ?」
「バーディス?」
「なによ」
「高飛車のお前がなんでそんなに鋭い事を……」
「よし、わかった。あなたの中での私への評価。このこの!!」
バーディスが頬をめいっぱいつまんで引っ張る。あまりの痛さに涙が少し出て、バーディスの手を引き剥がして頬を撫でた。
「痛い……」
「エルヴィス。それが私の怒りよ。考えてみて……私があなたに隠し事。それも相当重要な事隠してたら悲しいでしょうが!!」
「ごめん。それは悲しいけど。人は全てを見せなくていいから。納得する」
「あああああもう。あなたの価値観押し付けないで。私の価値観認めて!! 趣味も同じじゃない!!」
「わ、わがままな!? あと別に趣味は違う!!」
「……じゃぁ貸した本返して」
「待って!! 良いところに栞挟んでる!! まだ全部読めてない!!」
「同じ趣味でしょ?」
「お、面白いけど。同じとは……」
「蔑まれる趣味なのは知ってる。だけどね……それを知って楽しみのよ」
「……」
とにかく、否定するには何もかも足りない事を感じた。故に……俺は震える手でバーディスの手を掴む。
「すごく……よろしゅうございました」
「ふふ、ありがとう。ようこそ、新たな薔薇園へ。だけど……話は流さないわよ。ヒナト君の秘密を教えなさい。今思い付いたけど。この趣味のことをヒナト君に秘密にしてあげるかわりにね。言えば仲直りも協力する」
「くっ……弱味に漬け込みやがって!! 俺自身が整理つき納得し、勇気が出たらヒナトに暴露する。それまでの間黙ってくれれば……言おう」
「交渉成立ね。堕ちれば一瞬よ……沼よ。私もそうだった」
「被害者はよく語る」
「ええ、じゃぁ……教え……ん?」
バーディスの唇に指を押し付ける。静かにと言う動作をし、私は一人の青年を見つめる。
「……ごめん。ちょっと待って。セシル君がいる」
「セシル君が?」
ゆっくり、ベンチ前に彼は立ち頭を下げて挨拶後。一枚の紙を私に向ける。
「……すいません、お話中に。魔法使いとして登録義務がありますのでサインお願いします。細かい話は午後でよろしいでしょうか?」
「……」
私はセシル君を見つめる。すると彼は困った表情を浮かべた。
「調べたら義務なんです。お願いします。僕が処罰受けるのです。お願いします」
私の取り巻く環境が変わっていく。私の思う以上に。
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