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悪役令嬢になる前の兄上
3人だけの部屋
しおりを挟む僕は大きく大きくため息を吐く。何故なら今日は一人なのだ。先生曰く、実家への引っ越しをハルトは行う事。それにヒナトが知り手伝う旨を伝えたらしい。結局一人で先生と顔を合わせて戦うのは大変だった。
授業も付きっきりであり。視線が集中しやりずらいやりずらい。だからこそ……放課後になってやっと気が抜ける。
「……はぁ、昨日は何処まで読んだかな?」
戻ってきた専用の部屋に僕は本棚から一冊本を取り出す。魔術書とは違い、ただの物語。良くある冒険者の日記であり。非常に憧れる物である。外の世界を本を通して見ることが出来るから。たまに本の妖精に情景を見せて貰えるのも有り難かった。
「……」
しかし、今日は何故か静かな教室で本を開いた僕は静かすぎる部屋に……寂しさを覚える。妖精もいない。
「……はぁ。今日はもう帰ろう」
ガチャ
「こんにちは」
帰ろうとしたとき、エルヴィスさんが入って来たのを見た。てっきりヒナトと帰ったのかと思い込んでいた。彼女の肩には白い花びらのようなスカートを着た妖精が腰をつけて休んでいる。彼女には見えていないのだろう。
「……エルヴィスさん、こんにちわ。ヒナトと一緒じゃ無かったのですか?」
「違いますけども? ヒナトは来てない?」
「……実は」
僕は説明をする。今日は誰もいない事を。エルヴィスからはバーディス嬢は執筆のため帰った旨を聞かされた。非常に精力的に書きたいものがあると言うのだ。
「セシル君。紅茶をいれようか?」
「……エルヴィスさん。お願いします」
エルヴィスさんにお願いをすると手際よく、水を操作し、湯を沸かす。小さな竜の形を作った水が湯沸かし用のポットに入り、火の魔法陣の五徳に置かれる。魔力が込められ熱が生み出される。ふと気になる事があり……僕は彼女に聞いてみる。
「……その魔方陣は?」
「早朝、私が用意した物です。魔力量は普通ぐらいです」
「……魔法の知識があるのですね」
「勉強しましたから」
そう言う彼女の手から放出された魔力の光に肩に乗っていた妖精が近づき光を丸めて口に含む。美味しそうに漏れだした魔力を食べて……そして。魔方陣に乗って魔方陣の熱を大きくする。
「……あっ……今日は居るんですね」
「……何がですか?」
「あっいえいえ。なんでもないです」
そう言う彼女は鞄から小さな小さな化粧袋を取り出し、その中からアンティークの玩具の小さなコップを置く。そして沸かしたお湯の温度を確かめて紅茶の葉が入ったポットにお湯を注ぐ。少し蒸らしたあとに彼女はスプーンでちょっと紅茶を掬いとり玩具のコップに入れて、魔方陣の隣に置いた。
不思議な光景だった。僕は本を閉じ、彼女の一部始終を観察した。彼女が僕ようのポットとカップを用意し振り向いた瞬間。玩具のポットに白い妖精が手を取って紅茶を飲み干すのを見る。初めて見た、妖精が魔力以外の物をいただくのを。
「何を見てるんですか?」
「あっいや……後ろ」
「ああ、あれ。えっと……まぁおまじないです。気にしないでください」
「……妖精が見えるわけじゃないですね」
「セシル君は見えるのか?」
「魔法使いですから。契約もしております。目立つので学園につれては来ておりませんが」
「使い魔、ファミリアと言うものかな」
「ええ、そうです。その使い魔がどれだけ強いかでも魔法使いも価値を測れる物です」
「魔法使いの得意分野として有名だな。噂では夜に戦うと聞いているが? マギガナイト。魔女の夜、魔法使いの夜。噂だが。あるだろう。たまーに家から城側に魔力の波動かな。音楽が聞こえるよ……今夜も誰かが夜を歌っているとね」
音楽が聞こえると言う発言に僕は驚く。表情に出さず……静かに問う。
「ええ、そうですね。それよりもいつから聞こえておりましたか?」
「幼少、ヒナトと一緒に聞いた。昔は小さな物音程度だったが今では歌として聞こえるよ。月一、相月の満月だな。商家だから色々知っているよ」
「ヒナトも聞こえてるのは知ってましたがエルヴィスさんも聞こえてたのですね。もしや……ヒナトの魔法使いの師は……エルヴィスさん?」
「師なんて物じゃない。ただただ、魔導書を一生懸命独学で学んだだけだ。魔導書も優しく。読みやすく俺に教えてくれた。それでしっかりと基本はヒナトに伝えられたからよかったよ」
「なるほど。それで……剣士で手強いのか。手の内がなんでわかったか納得しました。エルヴィスさんが教えて来たからなんですね」
「そんな珍しいこともない気がするが。魔法は皆が使えるだろう。火起こしは」
「あれは魔法使いが魔力を込めた筆で魔方陣を描いているからです。大衆化はされてません」
「そうだったそうだった……魔方陣なしでも唱えられるのが魔法使いだ」
「そうです。にしても……歌が聞こえるなら魔法使いになれますよ? あれは魔法使いの素養を調べるために月一か不定期で調べる物です。聞こえた者は歌に導かれ夜の門を潜るよう誘うのです。たまにエルヴィスさんみたいな人もいます。僕が推薦書くので学校での授業を魔法専攻にしませんか?」
僕はエルヴィスさんに才能を見いだす。彼女の肩に妖精が乗って不思議そうに僕を見ている。
「魔法使いは家事が便利になるなら考えよう」
「野良で独学では高みへは至れませんよ?」
「興味ないって……」
「肩に乗っている妖精を見たくありませんか? 妖精の存在を知っているかは魔導書で知ったのでしょう?」
「まぁ、そうだな魔導書で。妖精を見る事が出来るのか? セシル君」
「見えないと契約できません。面白い世界が広がってますよ。あまり妖精は居ませんし、契約もしてみるといいと思います。僕が全部用意するから」
「……見えなくても俺はいいかな」
「えっ?」
僕はエルヴィスの返答に驚く。気にならないのかと思うのだ。人は知りたがりな生き物。探求することに喜びを見いだす物と思っていた。
「どうしてですか? 意志疎通できますよ?」
「あまり今が困っている訳じゃない。時たま、妖精さんが来るのを感じればそれでいいです。妖精さんたちも見えないのは見られたくないからだろう」
エルヴィスさんの頬に座っている妖精がすり寄せる。擦りつける妖精はエルヴィスの事を好ましいと思っているのだ。恥ずかしがりな妖精が彼女には憑いている。僕はそれを見ながら彼女に伝えた。
「悪い妖精じゃないのでいいですが。全部が全部……人間に友好的ではないです」
「大丈夫です。見えないので……あっ紅茶空になってる」
「今さっき飲んでましたよ」
「ふ~ん。見えないのも実はあれかもね。まぁ、おかわりはいらないみたいだな」
「ん? どうしてわかるのですか?」
エルヴィスはスッと熱を出していた鉄板に書かれた魔方陣を見せる。それには小さく文字が書かれていたのだ。ご馳走さまと。
「妖精さんと筆談出来る」
「……はぁ」
僕はそう言いながら満面の笑みで食器を洗い出すエルヴィスに驚かされてばっかりだ。
「それにしても、魔法の事を話すとスラスラ言葉が出るな。セシル君」
「まぁ、得意分野です。ハルトは聞いてくれませんし。ヒナトは聞いてくれますが……聞くというよりは教えるが近いです」
「ありがとう。ヒナトに教えてくれて」
「あ……はい」
エルヴィスさんのこのコロコロ男性女性の雰囲気が変わっていくのに僕は翻弄される。
「まぁ、もしも。必要になったらお教えします。一応、姿から5枚の花びらで花の妖精ですので……契約すれば恩恵はあるでしょう」
「ありがとう。へぇ、花の妖精さんかぁ。なんで俺についてきたんだろうか?」
「……花のように綺麗だからでしょう。その髪、桜色で綺麗ですし」
「お世辞をありがとう。妖精さんが間違ってるのか。ダメだぞ、桜じゃないぞ。人間だぞ」
「……」
エルヴィスさんは本当に不思議な人だ。本当に不思議な……
「今日はセシル君。本を読まないのか?」
「あっ!? いえ、えっと……皆がいないと落ち着かない」
「変わった読書の仕方だ」
「ええ……」
僕は本当の理由を黙った。今さっき妖精と見えてないのに戯れている彼女に……体が熱く読書なんて出来ない事を。だけど僕はエルヴィスさんと二人っきりを楽しいと思ったのだった。
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