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蛇殺しの花(20)

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「ライラを探す途中で液体入りの瓶を見つけた。機械人形との関連は不明だが強い芳香がして付近や風下にいた小動物は皆不調に見舞われている。吐血に痙攣に、見た感じはギルと同じ症状だった」

ギリアンは眉をしかめ、森に設置された瓶を想像する。
    
「罠だとすれば毒液かなにかでしょうね」

「多分。効果としては殺虫剤に近いと思う。ある程度大きな動物には効果がないが小鳥やネズミは耐えられない。ギルも本体が小さいから例外ではなかったんだろう」

「なるほど」

中毒症状であればギルバードの状態にも合点が行く。
が、

「嗅いだ動物はどうなりました」

殺虫剤の動物版であれば聞くまでもない。アランは髪をくしゃくしゃとやって暫しの躊躇ためらいを経て言った。

「死んでいる。でもギルは使い魔だ。一時的に弱りはしても神の加護で助かる可能性は十分にあるし治療出来る見込みもある。王太子妃が今専門家を呼んでいてもうじき王宮に―――」

言い掛けた時、タタタと廊下を走る足音がして若い戦士が一人やってきた。アランの前に立つと大きく腰を折って一礼した。

「お話し中すみません。神殿より連絡が」

ちらとギリアンに視線を向けつつこの場で話してもいいかとアランを見、アランが頷くのを見て話を続ける。

「今回の気配はなかったとのことです。またサイモン卿は風の制御を終えて既に森を出られています」

黒い石。戦士間の隠語だろうと聞きながらギリアンは会話する二人から視線を逸らして病室内を覗き見た。ベッドに横たわるギルバードが時折動く様子を確認していると戦士は報告を終えてその場を離れ、アランは息をついてギリアンの方に向き直った。

「私はまた森に入る。一刻も早く彼女を見つけ出さないと。もうじきピッコリーという男がここに来てギルバードを診てくれる手筈になっている。一風変わった男だが通してやってくれ」

「わかりました。ありがとうございます」

「では私はこれで...............あ」

ここで気になっていた事柄を思い出し、アランは踏み出し掛けていた脚を止めた。

「一つ聞いても?」

「はい」

「さっきギルが侯爵を『父さん』と呼んだ気がしたんだが、聞き違いか」

「ああ.............いえ」

ギリアンはドアノブに掛けていた手を降ろすと小さく肩をすくめてみせた。

「家族ごっことでも言えばいいのか、単なる身内の戯れです」

「へえ..........そうか」

人前でうっかり口に出してしまうくらいには定番の遊びということか。イメージ上そうした戯れに付き合っているのは意外だったが、以前ライラが言っていた話を思い返してアランは妙に腹落ちしていた。

「あれか。封筒の話を聞いたんだな」

「封筒?」

「貴殿の奥方が遺した封筒の話だ。指輪入りの」

「それなら成人前に渡しましたが、あれがなにか」

「おっと......」

違ったらしい。下手を打った。

後日ライラに確認してくれと濁すべきか、しかし勿体つける話題でもないような。

「先日彼女から聞いたんだが―――」

逡巡の末結局話すことにした。この件は彼女が明かし忘れていただけで敢えて隠し立てしている話ではない。自分が伝えたところで不快にはならないだろうと思った。

「―――聞く限り、侯爵婦人の未来視の力が関係していると思うんだが」

話し終えて私見を述べる頃合いにはギリアンは目を細めて顎に手をやっていた。何事かを考え込む素振そぶりで、ふむと息をつくとどこか諦めた口調で言った。

「さあ、どうでしょうね。妻はいたずら好きでしたので、意味のない遊びという可能性もなくはない」

「まあ、確認するにも......」

「ええ、今となれば確認のしようがありません。残念ながら」

とは言え不可思議な話だと互いに言い合ったのち、アランは森に向かうべくその場を去った。残されたギリアンは病室に戻って扉を閉めると、深いため息を漏らしてしばらくの間立ち尽くしていた。

「......今日は君の話が多い」

偶然と思っていいのか、これも神の思し召しか。

アランには気づかれなかったが、封筒について冷静に聞くふりをしながらもギリアンの心臓は終始嫌な動悸に見舞われていた。

今から約20年前、神女リィンは未来視の力を失った。

彼女が生得しょうとくしていた人智を超える能力は、容易くいとも呆気なくたった一人の暴漢の手によって奪われてしまった。
もし例の封筒が未来視によって遺されたのだとするならば、彼女は力を失う前の時点で20年以上先の未来を―――この世界に顕現する使い魔の存在を認識しており、名付けの助けとなる紙を忍ばせていたという話になる。


ただ、事はそう単純ではない。


前提として未来視はを予言するものであり、三国の安寧のためにも隠匿は許されず、彼女がギルバードの姿を視たのであればすぐに神殿に打ち明けていなければならなかった。その結果ギルバードがいつの日か国を脅かす可能性のある脅威として三国に受け取られようとも、それが神女としての役割である以上致し方ない。

隠し立てはしてはならない。
だから本当に視えていたならば彼女の行為は禁忌に他ならず、尚且つ意図して犯している。


夫である自分にすら、死ぬ瞬間にも明かさずに。


止まない動悸に扉に背を預けて立つ。部屋にはギルバードの微かな呼吸音と歩き回るヤミーのチャッチャと鳴る爪の音のみが聞こえている。混沌とする思考に沈み込む意識の中、気がつくとベッド横の椅子に腰掛けてギルバードの寝顔を眺めていた。
 

何故そうしようと思ったのか。


手を伸ばして枕に広がる銀の髪を一筋掴む。あの頃の彼女と同じ銀色の髪。握る手の内には青い炎が上がり、炎は雫となってシーツを穿ち白い煙を立ち昇らせる。10000℃を超える炎。この世の総てを焼き尽くし、灰に還して抹消する呪われた力。


掴んだ毛筋は炎の中でそよそよ揺らぐ。
青の業火に包まれながら、銀色の髪は輝きを放っていた。


炎を消してギルバードの胸に手を当てる。手の下に神力の光が輝き出すとそれまで病室をうろついていたヤミーが大あくびをして寝転がりいびきをかき始める。ぐうぐうと聞こえるいびきの中、ギルバードの白い顔からは次第に苦悶の色が消えていき、切れ切れだった呼吸も規則正しい音へと変わっていった。



―――次は男の子を授かると思うわ!



朗らかな声が聞こえた気がした。



―――今度はギリーの名前から取って《ギルバード》にしたいの。英雄の血を引く子、ギルバード。素敵でしょ?あなたの子だもの、将来絶対強くてかっこいい戦士になるわ。



突如ギルバードの体が青い光に包まれる。光が収束すると枕の上に一匹の小さな蛇がいて、とぐろを巻かずに伸びて寝ていた。その姿は変化後の銀髪赤眼の容姿とは似ても似つかない、地味で目立たない茶色をしていた。

「............だな」

椅子を離れて窓辺に寄る。見上げる夜空には満月が昇り、金色の光を放っている。




トン、と。
ノックの音が耳に届いた。




返事を返すと扉が開き、2メートルを優に越す筋骨逞しい大柄な男が窮屈そうに肩をすぼめて入ってきた。ピッコリー=マクラーレンと名乗る彼は無骨な見た目とは裏腹に恭しく丁寧に挨拶をした上でベッドに寄ると巨体を屈め、いちじくの葉程に大きな手の平の上にギルバードを乗せてまじまじ眺めて言ったことには、


「なーんとじゃないか.......!!よーしよし、可愛いでちゅねえ」


**********************

バタン!と騒々しい音を立てて戸が開き、待機所にいた戦士達は一様に振り向いて出入り口へと目を向けた。セーブルはイーゴの目を解除して訪問者を見、意外に思って声を掛けた。

「......オルフェウス卿、神殿にいらっしゃるかと」

今回ブラニスの気配が立たなかったために大神官は風使いのサイモンを除いて全員神殿か屋敷かに留まっている認識だった。
オルフェウスは手に長杖を持ちうねる白髪を揺らして足音高くやってくる。険しい表情で戦士を見渡しながら緊迫した声音で告げた。

「王宮内にブラニスの気配が立ちました。一瞬でしたが間違いありません」

「おっ.....おおおおお王宮?!」

室内はざわめきに満ち、セーブルは机を飛び越えてオルフェウスに詰め寄った。

「正門も裏門も封鎖して出入りを監視しています!!不審者情報もありません!!」

「最初から中にいたか、もしくは出入りを許可されている貴族に所持者がいるかもしれません。考えたくはありませんが。アラン様にご連絡を。王宮を守護する戦士達にも至急伝令願いたく」

「っ...........報告してきます!!」

武器を持って駆け出す若者達によって机は乱れ椅子が幾つか倒される。ガタガタと音が上がる中、オルフェウスの背後でカーウェインは落ち着きなく瞳を揺らして師を仰ぎ、おずおずと口を開いた。

「師匠、一瞬ってことですし、気のせいなんじゃ......」

「いや。チャリティの時と同じく強い気配がした」

「じゃあ詳しい場所とかって......」

「それはわからない。王宮内にいれば掴めたかもしれないが、私も少々油断していた」

嘆息する師の悔し気な様子にカーウェインは神妙な面持ちで頷くと、動揺する心を見透かされないように窓の外へと視線を外した。見上げる空は鴉の如く真っ黒だが、灯りに照らされた王宮は夜も昼間と同じくらいにまばゆく、不審者がいようものなら直ちに人目につく程に明るかった。どきどきと拍動する心臓を落ち着かせようと胸に手を当てて言い聞かせる。


絶対、師匠の勘違いだ。


機械人形には力を使うなと指示をしていた。夕方には撤収しているし、地下空間に残っているブラニスの個数にも変化はないため誰かが持ち出してどうこうやったという可能性もない。
誰もブラニスを持ってない。万が一主人の耳に入って問い詰められたとしても、師匠の気のせいでしたと自信を持って報告しよう。


心配いらない、大丈夫だ。
存在しないブラニスの気配が立つだなんて、あるわけないんだから。 
 

 
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