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蛇殺しの花(3)

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「何度も?一人で?なぜ?」

「森は訓練場所ですし、戦士なら誰しもが隅々まで歩いています」

軽く返したが、実はその湖が戦士の休憩場でありつつ秘蔵のデートスポットで、愛の告白にも使われがちな場所だというのは要らぬ誤解を招きそうで明かせないと思った。話題を変えるべく、ライラがシャツの胸元に飾っているブローチに目を留めた。

「そちらのブローチは贈り物ですか」

「はい、アラン様にいただきました」

「やっぱり。とても良く似合っています。そう言えば、いつしかお贈りしたシロップの味はお気に召しましたか?」

「ええ!完食しました」

「........もう?」

「あっ......朝晩と食べてアンナにもお裾分けしていたらいつの間にか空になっていました。でもおかげ様で勉強ははかどって、座学もレッスンも前倒しでこなしてほぼ終わっています。後は明月祭の舞くらいで」

食いしん坊だと思われるのは恥ずかしかったが本当に美味しかった。それに塞ぎがちだったアンナを元気づけるのにも一役買ってくれたためありがたいと思っていた。

「そんなに喜んでいただけるなんて。またお贈りします」

ナインハルトはぱっと笑顔になり、ライラは慌ててぶんぶんとかぶりを振った。

「いえ!なんだか催促さいそくしたみたいで、申し訳ないですから」

「いえいえ、お気になさらず。あ、でもあまりに度々たびたび贈るとやきもちを焼かれるかな」

誰にと言うのは言わずもがなで、ライラは照れてうつむいたのちに躊躇ためらいながら、

「あのう............ナインハルト様」

「はい」

「............えっと、その............」

ズボンのポケットに手を忍ばせたが、を取り出す勇気が出てこない。

「?なんでしょう」

「あっ......いえ」

じっと見てくる碧い瞳に怖気づきポケットから手を下ろした。気まずい表情を誤魔化そうと俯いた格好で尋ねる。

「その、ヴァルギュンター在学中のアラン様はどのような方だったのか知りたいなー、と」

ああ、とナインハルトは笑って言った。

「今と変わりありませんよ。明るく気さくな人柄で皆の人気者でした」

「そ、そうですか」

「成績も優秀で部門を首席で卒業しています。実技試験前日に利き手を負傷させられていたのに、不利をものともしない見事な剣技でした」

「..........えっ」

思いつきで振った話題ではあったが、初耳の話に驚いて顔を上げた。


アラン様、ああ見えて真面目な人だったの?

..........ううん、そんなはずない。
真面目なら遊び人にはならないでしょ?


下を向いて黙りこくってしまったライラを訝しみ、ナインハルトは俯き顔を覗き込んだ。

「どうかされました?」


聞いてもいいかしら。
この人に話せば胸のもやもやは晴れるかしら。


「レディ?」

「アラン様が懇意にしていた女性をご存じですか?」

上げられた真顔から繰り出される幾分突っ込んだ質問にナインハルトはドキリとする。

「......私の知る限りでは親しい女性はいなかったかと」

「少し語弊がありました。女性です」

「............それは」

「気を遣わないでいただいて大丈夫です。直接聞いて知っておりますので」

「どのような話を」

「パーティで出会った大人の女性方と浅からぬ付き合いをなさっていたと」

「........................ハァ」

アラン。
正直が過ぎる。

思わずため息が出てしまった。
初回の外出は絶対に記憶に残るのだから、気軽に楽しむに留めておいた方がいいと伝えていたのに。問われたとて濁して話さないでおくこともできたろうに、なにも正直に明かさなくとも。

「本当に気を遣わないでいただいて構いません。気にしていないので」

ナインハルトの微妙な表情を見て、ライラは重ねて言い含める。

「戦士の方々の恋愛観は存じています。それがヴァルギュンターで培われる観念であれば教育の賜物たまものですから、責めるつもりはありません」

堂々と見栄みえを張った。どんと構えていた方が見栄みばえが良いと思ったのと落ち込んでいると思われて気遣われるのも嫌だった。
しかしナインハルトはその発言を鵜呑みにはせず、一見興味なさ気な真顔をそれとなく見遣っていた。恋人や夫の異性交遊にたとえ不快な点があったとしても、知らぬ存ぜぬを通す態度を美徳と思う女性が一定数いるのは良く見知っていた。

「交遊は多少なりともしていましたが全員縁は切れているかと思います。その女性方についてレディはなにをお知りになりたいのですか」

今更知ってどうするのかと碧い瞳は問いかけてきて、ライラは自身の愚かしさを内心嘲笑わらった。相手の女性の現状や家門を聞けば今後社交界で遭遇した際に変に意識してしまい苦しくなるのは必至。かと言ってなんの情報を得ないのもシャクに触るし自分の方が優位でありたいと思ってしまう。

「ええと......何系でした?」

「何系?」

「ほら、綺麗系とか可愛い系とかありますでしょう?大人の女性となるとやはり綺麗系かなと予想はしてるんですけれど、幼顔の女性もいるので一概には言えないなと思って」

「見た目では選んでいないと思います。人柄を重要視されたのではないかと」

ライラは意識せず眉根を寄せた。
見た目ではなく身持ちが軽くて口の堅い女性を好んだなら打算的というかある意味しっかりしていると言えなくもない?

「系統か......。レディは可愛い系ですね」

「?どの辺りを見て」

「どことなくシャルロットに似ています」

ライラは目を丸くして膝の上に視線を落とした。シャルロットは尻尾を抱える体勢で眠っており、小さな口元は微かにもぐもぐと動いていた。

「ごはんの夢でも見ているのかしら」

「食い意地が張っていますからね。その点もレディに良く似」

「似てませんっ」

むくれ顔でそっぽを向いたが、可愛いシャルロットに似ていると言われて全然悪い気はしていなかった。

「ちなみにナインハルト様はアラン様の交遊をどう見ておいででした?」

明後日あさっての方角を向いたまま真面目な話を再開する。しばし考える雰囲気が伝わってきて、ちらと見るとナインハルトは悩まし気な面持ちをして座っていた。

「そうですね......」

正直に言えば良くは思っていなかった。根が真面目で誠実なのは知っていたし、勉学や剣技へのひたむきさを見る限り恐らく一途な気質だろうと思うにつけても女性を取っ替え引っ替えする行為は人となりにそぐわず気掛かりだった。
ただ、ここでそれを言ってしまうと過去の彼を否定することになってしまう。本人が目の前にいるならいざ知らずいない場でネガティブな話をするのは忍びなく、また多くの戦士が自由交際を楽しんでいる現状を踏まえても正直な感想を述べるのは立場上はばかられた。

「王家の人間である以上、正式に付き合ってしまえば相手の令嬢は良くも悪くも噂の的になります。破局をすれば好奇の目に晒されますし家門の不名誉にも繋がりかねません。おおやけの付き合いを避けて割り切った関係に留めるのは彼なりの正義と誠意による行動だったと私は思っています」

それを聞いてライラはそっぽを向くのをやめて向き直り姿勢を正した。要するに彼の行いを肯定しているのかと知って落胆したが、それはおくびにも出さずに言った。

「正義と誠意による遍歴であるとするならば、不真面目な付き合いを真面目にやってきたというだけなのでしょうね。現に学業は真面目だったみたいですし」

「ええ、そうだと思います」

「わかりました。ありがとうございます」

理屈は多少理解できた。
ただ―――................

「以前、アラン様から『男の欲を侮ってはならない』と言われました。油断はするなと」

「それは.........その通りですが」

「素朴な疑問ですが好きでも愛してもいない、時が経てば忘れてしまう程に興味のない人となぜ簡単にちぎりを交わすことができるのでしょう。政略的な縁組ならまだしも......。それ程に欲深いものでしょうか」

自由な付き合いができるなら恋をして結ばれた方が健全でロマンチックで幸せに決まってる。いたずらに経験人数が増えるという事態にも陥らないのに、なぜホイホイと不特定多数と関係を持つことができるのか。

ライラ自身はもとより家門存続のための婚姻を希望しており、成人の日を迎えるにあたって「引き籠もりの自分と結婚してブラッドリーの家門を継承してくれる貴族男性がいるのであれば恋愛感情を抜きにして受け入れよう」と胸に固く決めていた。しかし今は好きでもない男性に対してアランとするような触れ合いは出来ないと感じ、家門のためなら致し方ないと思おうとしても想像するだけで嫌になっていた。

ナインハルトは暫し答えず秀眉しゅうびを寄せて深く思案していたが、

「レディは............純粋ですよね」

「そうでしょうか」

「ええ。不躾ですみませんが、アラン様以外との交際経験はお持ちですか」

「ありませんけれど......」

ほのかに頬を染めて返される即答にそうだろうなと思いつつ、経験のなさを素直に言えてしまう辺りはかなり問題だと思った。

良く言えば純粋、悪く言えば世間慣れをしていない。

男の目から見ると男女事情にしたたかに通じているより余程好ましいのだが、今後社交の場で出会うであろう女性達の目には果たしてどう映るだろうか。純粋さは魅力ではなく " 弱み " として映りはしないか。
婚約相手が王族である以上嫉妬と好奇の視線は避けられず、ひとたび弱い女性と認識されれば様々な計略を掛けられ得る。侯爵家というのも微妙な地位で、公爵家と侯爵家というツートップの力をもっ叩かれる家格。

ナインハルトにとってライラの初心うぶさと世慣れなさは理想的で変わって欲しくないと思った。しかし置かれた立場を考慮すると危うく儚く見えてしまい、今後傷つけられやしないかと不安を覚えるのも事実だった。

「.........レディは少し思い違いをしています」

ライラは目をぱちぱちとする。

「と、言いますと?」

「政略か否かによらず、また男女関係なく、契りを交わすのに愛は必要ではありませんよ」

不誠実な男と思われようと言わずにはいられなかった。

「愛ゆえではなく欲ゆえに契る。それが社交ですから」

以降の言葉はナインハルトが語るにはあまりに情の薄い発言で、ライラは真顔作りもシャルロットを撫でることすらもすっかり忘れてしまっていた。
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