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とある被虐少女の記憶

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Case No.1.....干渉なし
Case No.2.....干渉なし
Case No.3.....干渉なし
Case No.4.....干渉なし
Case No.5.....過去改変を実施。再試行カウント2|
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【Case No. 1】
ぱん!と乾いた音が耳を貫く。
転倒して頬を押さえれば頭上から怒声が降り注ぐ。

「生意気なのよあなた」

「ちょっとシエラだめよ」

数人の令嬢が見下ろしてくる。
その後ろには困り顔のマリアンナがいる。

私は何も言わない。きっと何を言っても怒り出すから。
顔も上げない。うっかり見上げでもしたらその目は何だと言い出すに決まっているから。

ダンスのレッスンでマリアンナが軽いミスをした。
ミスと言っても軽く足を滑らせたくらいで、転んだわけでもなく本当に些細なものだった。その後私の番になって、ただ卒なくこなしただけなのに教師からものすごく褒められた。
私は本当にただ、ミスがないようにやっただけなのに。

頭上では好き勝手な言葉が飛ぶ。

「花だとか蝶だとか先生に言われていたわね」

「あ!そういえばちょうどここ菜園じゃない」

令嬢の一人が手近な植木鉢を掴んで中身を叩きつけてきた。その鉢には三日前、野菜の種を蒔いたはず。そう思う間もなく髪とドレスは土と肥料まみれになる。

「ほうら、お水もあげるわ」

髪から水の雫が滴り落ちる。

「......なによ、その目」

迂闊にも見上げてしまい、お決まりの言葉が掛けられる。

「そんな凶暴な顔をされたら恐ろしくて。私達うっかり社交界に広めてしまうかもしれないわ。あなたのお母様は人の婚約者を奪う魔性、娘のあなたは先生方の一番のお気に入り。あなたが一体どんな手練手管で寵愛を受けるのか。愉快な憶測と噂はあっという間に広がるわよ?お父様もさぞかし不名誉でしょうね」

ケラケラケラと嗤い声が次々に上がる。
後ろの方に立つマリアンナの口元が弓なりになる。
この人達はなにが楽しくて笑うのだろう。


【Case No. 2】
教室に着いて指定の椅子に座った時、太もも裏にブスリと鋭い痛みが走って思わず立ち上がった。クッションを持ちあげるとペン先と針とが留めてあった。

とても痛かった。
でも体だけではなく心も痛んで、両者の痛みはそれぞれ別物なのだと知る。
背後でクスクスと声が上がる。

一体なにが楽しいのだろう。
それとも、それを理解できない私はどこかおかしいのだろうか。


【Case No. 3】
花を育てて愛でる授業。
いずれ嫁いだ時のためにセンスを磨き、花の時期にはいつでもガーデンパーティができるようにと先生達が説明する。いろんなお花があるけれど、私は自分の瞳と同じ色のお花を育てることにした。
赤紫色の小さな花弁が可愛いお花。
綺麗に咲かせることができたなら、屋敷でも育ててお父様に見せてあげたい。

苗を植えてから雨の日以外は毎日必ずお水をあげた。大きくなあれと声を掛けて、葉が伸びてつぼみもついてようやく花開くというところまで育ってくれた。

ある日、誰かが花壇を踏み荒らした。茎は折れてふくらんでいたつぼみは全部土に落ちてしまった。遠くでは楽しげな笑い声が聞こえていて、赤い髪がちらちらと揺れていた。

育てるのが私じゃなかったら。
あなたは今頃咲くことができていたのではないかしら。


【Case No. 4】
いずれ来たる成人の儀に備えて生き物の世話をする授業。私はモルモットを渡された。みんな動物に名前をつけていたけれど私はつけなかった。愛着を持ちたくなかったから。
数か月経って成長具合のチェックが入った時、先生が言った。

「毎日しっかり世話をしているのが伝わるわ」

そうして私を見て。

「ライラさん!そのお顔よ!!今、笑ったでしょう。とっても美しいわ。そうそれでいいのよ」

やっと教育の成果が出たと言って喜ぶ先生の声を聞いてもなんの実感もわかなかった。

次の日、野犬が入りモルモットのケージが壊された。引き抜かれた毛束と暴れた血の痕だけが残されていた。

「そういえば学舎裏でなにか見たような」

マリアンナがそんなことを言った。

雨が降る日だった。
しゃがみ込んで膝に乗せた。

なにも感じなかった。
辛いのか悲しいのかも。
頬に当たるのが涙なのか雨なのかさえも。


【Case No.5】
とてもきれいな夕月夜。
学舎の屋上に立って柵を越え、空の月に向かって手を伸ばしてみる。

金色に輝くお月様。
絶対に届かないってわかってる。
でも今なら願いを叶えてくれる気がした。

願わくは死後生まれ変わりなどしませんように。
痛みも苦しみも悲しみも人の醜さも己の弱さも、もうなにもかも知りたくないし見たくないから。


おやすみなさい。
お父様。


眠る気持ちで目を閉じる。
柵からそっと手を離す。

その時だった。

誰かが私の腕を掴んで強く引っ張った。私の身が落ちないように後ろからしっかりと抱きとめる白い腕は震えていた。

泣いている?

ふと懐かしい匂いを感じた。空から金色に降り注ぐ月光と合わさって、優しくて懐かしい銀色と青色の光を見た気がした。

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