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霞む赤い瞳

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『ライラ、この草は?』

ギルバードは身を屈め、岩の間から顔を覗かせているシダのような植物をつまむ。

「葉っぱの裏の色を教えて」

『裏?』

葉をひっくり返す。
白っぽいような緑に見える。

『多分普通に緑』

「じゃあ違うわ。裏が黒いって書いてあるもの」

ライラとギルバードは今、ブラッドリー侯爵領のとある森に来ている。
ライラは手に【レイチェルの野草シリーズ】の本を開いて持ち、シャツとズボンにブーツというおよそ令嬢らしからぬ服装で目当ての植物を探して歩き回っていた。

『熱心に探しているけど、どんな草?』

立てた片膝を抱え込むようにして倒木に座し、目を擦ってギルバードは尋ねる。

『もう数時間は経ってるけど』

「乾燥させたものを服用して30分以内にトレーニングすれば効率よく筋組織の増強を図ることができるらしいの」

『...筋トレ用?』

ギルバードは呆れ顔で、群生した葉をかきわけているライラを見る。
ええ、と葉の間から声がする。

「私の今の筋力は紙みたいなものだし、その分効果も出やすいんじゃないかと思って」

『もっと違うものを想像してた』

「例えば?」

単純に美味しいやつ、と言おうとすると、あっ、と声がして、見ればライラは白い茎の花を持ち草陰から頭を出した。
ギルバードの方に向かって突き出してくる。

「これ、花から茎まで食べられる草よ!甘いらしいわ」

『あながち間違いじゃなかった』

「......生でいけるかしら」

『だめだって。せめて帰って洗ってからにしなよ』

結局目当ての植物は見つからず、かごいっぱいに食べられる草花を採って帰路を往くことにする。
森の中の道を歩きながらライラは言った。

「反対側の森に行けば、ブラッドリー侯爵家の墓があるわ」

『へえ』

かごを持ちながらギルバードは興味なさそうに返事をするが、ライラは気にせず続ける。

「今度お母様のお墓参りに行こうかしら。なんだかんだで今年はまだ行けていないし。ギルのこともきちんと報告したいし」

弟みたいな使い魔が来た、と。

『あ、墓といえば』

ギルバードは思い出したように、

『使い魔が死んだ後の死体ってどうなるの』

「......もう、縁起でもない」

単なる思いつきでの質問だったのだが、ライラは顔を顰める。

「使い魔の亡骸は火葬されて主人と同じ棺に入るわ。先に使い魔が亡くなった場合は、主人の棺を用意してそこに入っていてもらうそうよ」

『でも魂は別々の場所に行くんだよな』

屋敷の本にそのような記載があったことを、ギルバードは覚えていた。

「そうらしいわね。本当のところは実際死んでみないとわからないけれど」

言いながら寂しい心持ちがした。
たとえ死ぬ瞬間が同じでも、死後同じ世界に行けないなんて。

『不老不死になる植物でもあればなあ』

ライラの心中を察して、ギルバードはそんなことを言う。

『二人とも死ななければ万事解決』

「そんな都合のいいもの、あるわけないでしょう」

じゃあ、とギルバードは考えて、

『死んだとして、たとえば黄泉がえ―――』

言いかけた言葉を途切らせる。
黄泉がえり。
それはシュレーターの教義に他ならなかった。  

『ま、俺はイレギュラーだから』

「そうね。魂だけになってもがんばって私に巻き付いていて頂戴。そのための細長い体でしょう」

『ん?そうだっけ』

ライラは一瞬微かに笑い、ギルバードは赤い双眸を細めた。
最近ライラはふとした時に自然と笑うようになっていた。

トラブルもあれど、存外良い方向に行っているとギルバードは思う。アランが今後どう動くのかは気になるところだが、マリアンナが過去にライラをいじめていた人間というのを知っている以上、正義感の強い彼がマリアンナを選ぶことはないだろうとギルバードは踏んでいた。
ライラとアランがこのまま上手くいけばいいし、上手くいかなくても主人が平穏に過ごせるなら使い魔としてはなにも問題なかった。

ライラの選ぶ男がたとえ変人でも、優しければ構わない。
非力だとしても自分が守れるから大丈夫。
ただ一点、ライラを害する男であれば、どんなことがあっても接近を阻止するつもりだった。

ギルバードはごしごしと目を擦る。

「ごみでも入った?」

普段見られない動作をライラは訝しむ。

『いや、別に』

よくやる生返事をする。
しかし、その時ギルバードの視界は薄っすら白く濁り始めていた。
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