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胸の内(2)*アラン視点*
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アランは1羽の孔雀の前に立っている。
場所は王宮にある衛兵の待機所で、孔雀の広げた羽からはギリアンの声が聞こえている。
―――そうですか。何かとご面倒をお掛けしたようで。
「こちらこそ、怪我をさせてしまって本当に申し訳ない」
―――いえ。本人も気にしていないでしょう。協議の場に参加させるとのことですが、ダンテ王も出席されますか。
「ああ、その予定だ」
――――――わかりました。もし、王から私の所在を問われた際はお伝えください。明日王宮に参る予定と。
「了解した」
シュレーターの件とライラの近況、これから行う話し合いについてのみ淡々と伝え、会話が終わると孔雀は羽を畳んだ。
緊張した。
しかしアランが一息をつく間もなく待機所の扉が開いてナインハルトが入ってきた。
「アラン様、二人の男の報告書です」
「あ、ああ」
書類を受け取る際、ナインハルトの両の袖口が赤黒く変色していることに目を留めてアランは眉根を寄せてナインハルトを見る。
「殺してないだろうな」
「ええ、生かしています」
いつも柔和で貴族然とした男だが、今や欠片も笑顔がなかった。
吐き捨てるように彼は言った。
「あの男達は他にも同様の手口で女性を攫っていたようです。聞きながら反吐が出るかと思うほどの下賤の輩です。死が妥当でしょう」
碧い双眸には強く冷たい怒りが滲む。
「...絶対に軽い罰にはならない。安心しろ」
「わかりました。極刑の執行は私に任をお与えください」
そう言うとナインハルトは憤然とした足取りで退室して行った。
待機所に一人になり、ようやく一息ついてアランは思う。
先ほどライラにあのような真似をしてしまったが、彼女はナインハルトについてはどう思っているのだろうか。
彼女の言葉を聞く限りは少なからず自分に心を寄せてくれていると思っているのだが、落ち着いて考えてみれば思い上がりの可能性も―――。
ライラとナインハルトがそれなりに親しく、特にナインハルトの方がライラを気にかけているのは見て知っていた。
もし彼女がナインハルトの方に惹かれている場合、その心を自身へと向けさせる自信は正直なかった。
身近で見ている分、彼の優しさや魅力はよく知っていたから。
アランはふっと双眸を細める。
こんな気持ちになるのは生まれて初めてかもしれない。
自分と他者とを比べて弱気になるなんて。
協議の時間が近づいた頃、アランはライラがいる離宮までやってきていた。
話し声が聞こえる部屋の前に立ち、ノックをしようと腕を上げた瞬間、
『―――アランのこと、ちょっと好きになってるでしょ』
はっきりとしたギルバードの声が聞こえてきて思わず手を止める。
脳内でセーブルが「またノゾキですか?」と声をかけてくる気がするが、覗いてはいないのでセーフと思うことにする。
少ししてライラの怒っているような声が聞こえてくる。
「もともと嫌いとかではないわ」
『嫌いじゃないのは知ってるよ。ただ、異性として好きになってるように見えるというか』
沈黙。
そして。
「そうね、その通りよ。自分でもごまかしてきたけれど。でもアラン様には言わないわ」
『いつから?』
「あなたを召喚した時、周囲があなたを侮辱するのを彼が黙らせてくれたでしょう」
アランは耳を疑う。
全然気が付かなかったし、まさかあんなことで?
意外と惚れっぽい性質なのだろうかとちょっと心配になるが、好かれているということがわかり安堵に続いて嬉しい気持ちが湧き上がる。
ふたりのやりとりは続く。
『どうして言わないのさ。アランもライラのこと気に入ってるっぽいのに』
「相手は王子よ。それに、きっとマリー...マリアンナはアラン様を狙っている。仲が良かった頃、お姫様になりたいとよく聞かされていたから。私、彼女とは争いたくないの」
マリアンナ。春の乙女のことか。
親の代の話が子どもの代にまで悪影響を与えるというのはままある話だと思って聞いていたが、
『それが原因でいじめに発展したと』
いじめ。
何故彼女がひきこもり令嬢になっていたのか。
アランはようやく合点がいった。
発信装置の確認役をリリアナではなく自分にしたのもまさかこのため?
以降の言葉はまるで泣いているかのように聞こえた。
「私はマリーからアラン様を奪うような真似はしたくないの。家柄も容姿も私なんかよりアラン様とお似合いだとも思っているわ。だからもう好きになりたくないし、なったとしても言わない。なのに人の気も知らないであんな......」
鉄面皮の下のものすごい葛藤を垣間見た気がする。
ただ、聞いている中で争うやら奪うやらといった言葉が出てきたことがアランには少々引っかかった。
暫しの沈黙。
アランは気合を入れるように息をはいた。
少なくとも今、彼女の気持ちは自分に向いているらしい。
それがわかれば十分だと思った。
『ライラ。アランが来る』
ギルバードがそう言うのが聞こえたので少ししてからノックをして入室する。
「まだ食事中だったか」
「いえ、今日はもうこれ以上は」
そういって顔を逸らすライラはさておきギルバードを見れば、茶目っ気ある目が向けられるので小さく笑って礼を伝える。
意識していつもと変わらぬ調子で言った。
「あと少ししたら、王宮の広間で協議を始める予定だ。迷子になっても困るから案内しよう」
「...ありがとうございます」
「あと、協議の後少し時間を貰えないか。少し時間は遅くなってしまうが、俺の使い魔を見せようと思って」
ライラは伏せていた顔を上げる。
以前使い魔の話をした時にライラが瞳を輝かせていたことをアランはしっかり覚えていた。
あの時と同様に目をキラキラとさせるライラは愛らしく、アランは思わず微笑んでいた。
場所は王宮にある衛兵の待機所で、孔雀の広げた羽からはギリアンの声が聞こえている。
―――そうですか。何かとご面倒をお掛けしたようで。
「こちらこそ、怪我をさせてしまって本当に申し訳ない」
―――いえ。本人も気にしていないでしょう。協議の場に参加させるとのことですが、ダンテ王も出席されますか。
「ああ、その予定だ」
――――――わかりました。もし、王から私の所在を問われた際はお伝えください。明日王宮に参る予定と。
「了解した」
シュレーターの件とライラの近況、これから行う話し合いについてのみ淡々と伝え、会話が終わると孔雀は羽を畳んだ。
緊張した。
しかしアランが一息をつく間もなく待機所の扉が開いてナインハルトが入ってきた。
「アラン様、二人の男の報告書です」
「あ、ああ」
書類を受け取る際、ナインハルトの両の袖口が赤黒く変色していることに目を留めてアランは眉根を寄せてナインハルトを見る。
「殺してないだろうな」
「ええ、生かしています」
いつも柔和で貴族然とした男だが、今や欠片も笑顔がなかった。
吐き捨てるように彼は言った。
「あの男達は他にも同様の手口で女性を攫っていたようです。聞きながら反吐が出るかと思うほどの下賤の輩です。死が妥当でしょう」
碧い双眸には強く冷たい怒りが滲む。
「...絶対に軽い罰にはならない。安心しろ」
「わかりました。極刑の執行は私に任をお与えください」
そう言うとナインハルトは憤然とした足取りで退室して行った。
待機所に一人になり、ようやく一息ついてアランは思う。
先ほどライラにあのような真似をしてしまったが、彼女はナインハルトについてはどう思っているのだろうか。
彼女の言葉を聞く限りは少なからず自分に心を寄せてくれていると思っているのだが、落ち着いて考えてみれば思い上がりの可能性も―――。
ライラとナインハルトがそれなりに親しく、特にナインハルトの方がライラを気にかけているのは見て知っていた。
もし彼女がナインハルトの方に惹かれている場合、その心を自身へと向けさせる自信は正直なかった。
身近で見ている分、彼の優しさや魅力はよく知っていたから。
アランはふっと双眸を細める。
こんな気持ちになるのは生まれて初めてかもしれない。
自分と他者とを比べて弱気になるなんて。
協議の時間が近づいた頃、アランはライラがいる離宮までやってきていた。
話し声が聞こえる部屋の前に立ち、ノックをしようと腕を上げた瞬間、
『―――アランのこと、ちょっと好きになってるでしょ』
はっきりとしたギルバードの声が聞こえてきて思わず手を止める。
脳内でセーブルが「またノゾキですか?」と声をかけてくる気がするが、覗いてはいないのでセーフと思うことにする。
少ししてライラの怒っているような声が聞こえてくる。
「もともと嫌いとかではないわ」
『嫌いじゃないのは知ってるよ。ただ、異性として好きになってるように見えるというか』
沈黙。
そして。
「そうね、その通りよ。自分でもごまかしてきたけれど。でもアラン様には言わないわ」
『いつから?』
「あなたを召喚した時、周囲があなたを侮辱するのを彼が黙らせてくれたでしょう」
アランは耳を疑う。
全然気が付かなかったし、まさかあんなことで?
意外と惚れっぽい性質なのだろうかとちょっと心配になるが、好かれているということがわかり安堵に続いて嬉しい気持ちが湧き上がる。
ふたりのやりとりは続く。
『どうして言わないのさ。アランもライラのこと気に入ってるっぽいのに』
「相手は王子よ。それに、きっとマリー...マリアンナはアラン様を狙っている。仲が良かった頃、お姫様になりたいとよく聞かされていたから。私、彼女とは争いたくないの」
マリアンナ。春の乙女のことか。
親の代の話が子どもの代にまで悪影響を与えるというのはままある話だと思って聞いていたが、
『それが原因でいじめに発展したと』
いじめ。
何故彼女がひきこもり令嬢になっていたのか。
アランはようやく合点がいった。
発信装置の確認役をリリアナではなく自分にしたのもまさかこのため?
以降の言葉はまるで泣いているかのように聞こえた。
「私はマリーからアラン様を奪うような真似はしたくないの。家柄も容姿も私なんかよりアラン様とお似合いだとも思っているわ。だからもう好きになりたくないし、なったとしても言わない。なのに人の気も知らないであんな......」
鉄面皮の下のものすごい葛藤を垣間見た気がする。
ただ、聞いている中で争うやら奪うやらといった言葉が出てきたことがアランには少々引っかかった。
暫しの沈黙。
アランは気合を入れるように息をはいた。
少なくとも今、彼女の気持ちは自分に向いているらしい。
それがわかれば十分だと思った。
『ライラ。アランが来る』
ギルバードがそう言うのが聞こえたので少ししてからノックをして入室する。
「まだ食事中だったか」
「いえ、今日はもうこれ以上は」
そういって顔を逸らすライラはさておきギルバードを見れば、茶目っ気ある目が向けられるので小さく笑って礼を伝える。
意識していつもと変わらぬ調子で言った。
「あと少ししたら、王宮の広間で協議を始める予定だ。迷子になっても困るから案内しよう」
「...ありがとうございます」
「あと、協議の後少し時間を貰えないか。少し時間は遅くなってしまうが、俺の使い魔を見せようと思って」
ライラは伏せていた顔を上げる。
以前使い魔の話をした時にライラが瞳を輝かせていたことをアランはしっかり覚えていた。
あの時と同様に目をキラキラとさせるライラは愛らしく、アランは思わず微笑んでいた。
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