上 下
37 / 58

胸の内(2)*アラン視点*

しおりを挟む
アランは1羽の孔雀の前に立っている。
場所は王宮にある衛兵の待機所で、孔雀の広げた羽からはギリアンの声が聞こえている。

―――そうですか。何かとご面倒をお掛けしたようで。

「こちらこそ、怪我をさせてしまって本当に申し訳ない」

―――いえ。本人も気にしていないでしょう。協議の場に参加させるとのことですが、ダンテ王も出席されますか。

「ああ、その予定だ」

――――――わかりました。もし、王から私の所在を問われた際はお伝えください。明日王宮に参る予定と。

「了解した」

シュレーターの件とライラの近況、これから行う話し合いについてのみ淡々と伝え、会話が終わると孔雀は羽を畳んだ。

緊張した。

しかしアランが一息をつく間もなく待機所の扉が開いてナインハルトが入ってきた。

「アラン様、二人の男の報告書です」

「あ、ああ」

書類を受け取る際、ナインハルトの両の袖口が赤黒く変色していることに目を留めてアランは眉根を寄せてナインハルトを見る。 

「殺してないだろうな」

「ええ、生かしています」

いつも柔和で貴族然とした男だが、今や欠片も笑顔がなかった。
吐き捨てるように彼は言った。

「あの男達は他にも同様の手口で女性を攫っていたようです。聞きながら反吐が出るかと思うほどの下賤の輩です。死が妥当でしょう」

碧い双眸には強く冷たい怒りが滲む。

「...絶対に軽い罰にはならない。安心しろ」

「わかりました。極刑の執行は私に任をお与えください」

そう言うとナインハルトは憤然とした足取りで退室して行った。

待機所に一人になり、ようやく一息ついてアランは思う。
先ほどライラにあのような真似をしてしまったが、彼女はナインハルトについてはどう思っているのだろうか。
彼女の言葉を聞く限りは少なからず自分に心を寄せてくれていると思っているのだが、落ち着いて考えてみれば思い上がりの可能性も―――。

ライラとナインハルトがそれなりに親しく、特にナインハルトの方がライラを気にかけているのは見て知っていた。
もし彼女がナインハルトの方に惹かれている場合、その心を自身へと向けさせる自信は正直なかった。
身近で見ている分、彼の優しさや魅力はよく知っていたから。

アランはふっと双眸を細める。

こんな気持ちになるのは生まれて初めてかもしれない。
自分と他者とを比べて弱気になるなんて。


協議の時間が近づいた頃、アランはライラがいる離宮までやってきていた。
話し声が聞こえる部屋の前に立ち、ノックをしようと腕を上げた瞬間、


『―――アランのこと、ちょっと好きになってるでしょ』


はっきりとしたギルバードの声が聞こえてきて思わず手を止める。
脳内でセーブルが「またノゾキですか?」と声をかけてくる気がするが、覗いてはいないのでセーフと思うことにする。

少ししてライラの怒っているような声が聞こえてくる。

「もともと嫌いとかではないわ」

『嫌いじゃないのは知ってるよ。ただ、異性として好きになってるように見えるというか』

沈黙。 

そして。

「そうね、その通りよ。自分でもごまかしてきたけれど。でもアラン様には言わないわ」

『いつから?』

「あなたを召喚した時、周囲があなたを侮辱するのを彼が黙らせてくれたでしょう」

アランは耳を疑う。
全然気が付かなかったし、まさかあんなことで?
意外と惚れっぽい性質なのだろうかとちょっと心配になるが、好かれているということがわかり安堵に続いて嬉しい気持ちが湧き上がる。

ふたりのやりとりは続く。

『どうして言わないのさ。アランもライラのこと気に入ってるっぽいのに』

「相手は王子よ。それに、きっとマリー...マリアンナはアラン様を狙っている。仲が良かった頃、お姫様になりたいとよく聞かされていたから。私、彼女とは争いたくないの」

マリアンナ。春の乙女のことか。
親の代の話が子どもの代にまで悪影響を与えるというのはままある話だと思って聞いていたが、

『それが原因でいじめに発展したと』


いじめ。 


何故彼女がひきこもり令嬢になっていたのか。
アランはようやく合点がいった。

発信装置の確認役をリリアナではなく自分にしたのもまさかこのため?

以降の言葉はまるで泣いているかのように聞こえた。

「私はマリーからアラン様を奪うような真似はしたくないの。家柄も容姿も私なんかよりアラン様とお似合いだとも思っているわ。だからもう好きになりたくないし、なったとしても言わない。なのに人の気も知らないであんな......」

鉄面皮の下のものすごい葛藤を垣間見た気がする。
ただ、聞いている中で争うやら奪うやらといった言葉が出てきたことがアランには少々引っかかった。

暫しの沈黙。
アランは気合を入れるように息をはいた。
少なくとも今、彼女の気持ちは自分に向いているらしい。
それがわかれば十分だと思った。

『ライラ。アランが来る』

ギルバードがそう言うのが聞こえたので少ししてからノックをして入室する。 

「まだ食事中だったか」

「いえ、今日はもうこれ以上は」

そういって顔を逸らすライラはさておきギルバードを見れば、茶目っ気ある目が向けられるので小さく笑って礼を伝える。
意識していつもと変わらぬ調子で言った。

「あと少ししたら、王宮の広間で協議を始める予定だ。迷子になっても困るから案内しよう」

「...ありがとうございます」

「あと、協議の後少し時間を貰えないか。少し時間は遅くなってしまうが、俺の使い魔を見せようと思って」

ライラは伏せていた顔を上げる。
以前使い魔の話をした時にライラが瞳を輝かせていたことをアランはしっかり覚えていた。

あの時と同様に目をキラキラとさせるライラは愛らしく、アランは思わず微笑んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

<番外編>政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
ファンタジー
< 嫁ぎ先の王国を崩壊させたヒロインと仲間たちの始まりとその後の物語 > 前作のヒロイン、レベッカは大暴れして嫁ぎ先の国を崩壊させた後、結婚相手のクズ皇子に別れを告げた。そして生き別れとなった母を探す為の旅に出ることを決意する。そんな彼女のお供をするのが侍女でドラゴンのミラージュ。皇子でありながら国を捨ててレベッカたちについてきたサミュエル皇子。これはそんな3人の始まりと、その後の物語―。

勇者パーティーを追い出された大魔法導士、辺境の地でスローライフを満喫します ~特Aランクの最強魔法使い~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
クロード・ディスタンスは最強の魔法使い。しかしある日勇者パーティーを追放されてしまう。 勇者パーティーの一員として魔王退治をしてくると大口叩いて故郷を出てきた手前帰ることも出来ない俺は自分のことを誰も知らない辺境の地でひっそりと生きていくことを決めたのだった。

【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜

櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。 和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。 命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。 さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。 腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。 料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!! おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

最強の英雄は幼馴染を守りたい

なつめ猫
ファンタジー
 異世界に魔王を倒す勇者として間違えて召喚されてしまった桂木(かつらぎ)優斗(ゆうと)は、女神から力を渡される事もなく一般人として異世界アストリアに降り立つが、勇者召喚に失敗したリメイラール王国は、世界中からの糾弾に恐れ優斗を勇者として扱う事する。  そして勇者として戦うことを強要された優斗は、戦いの最中、自分と同じように巻き込まれて召喚されてきた幼馴染であり思い人の神楽坂(かぐらざか)都(みやこ)を目の前で、魔王軍四天王に殺されてしまい仇を取る為に、復讐を誓い長い年月をかけて戦う術を手に入れ魔王と黒幕である女神を倒す事に成功するが、その直後、次元の狭間へと呑み込まれてしまい意識を取り戻した先は、自身が異世界に召喚される前の現代日本であった。

ディメオ~首切り魔術師は返り咲く~

わらべ
ファンタジー
ここは魔導大国・リザーナ帝国。 上級貴族の嫡男として生まれたジャック・グレースは、魔力が庶民程度しかなく、一族の者から『疫病神』と呼ばれていた。 誰からも存在を認められず、誰からも愛されない……。ずっと孤独と向き合いながら生きてきた。 そんなある日、ジャックが街を散歩していると、ある魔導具店のおっさんが声をかけてきた。すると、おっさんは『ディメオ』という魔石をジャックに紹介する。この出会いによって、ジャックの運命は大きく変わっていく。

処理中です...