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シュレーターとの遭遇(2) 怪しすぎる男達
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「ねえ、キミ。いい話があるんだ」
「離してください」
俯いてライラは言う。
目の前には男が一人。
背後にも一人いて左肩を掴んで引き止めている。
進路と退路を塞ぐだけでは飽き足らず、見知らぬ女性に気安く触るとは。
相手が侯爵令嬢とわかれば絶対にこのような対応はしないのだろうが、一部貴族に見られる平民への無礼さを痛感することになり、ライラはひどく不愉快に思った。
まあまあ、となだめるように目の前の男は言った。
「キミ、貴族になりたくはないか?」
「...は?」
急に突拍子もないことを話し出す。
「いやあ。運試しをしていてね。キミの運さえよければ、平民から貴族へと生まれ変われる、と言ったら興味が沸かないかな?貴族になればいい家に住めるし、好きな食べ物も服も、何でも買えるようになる」
運試し?
くじ引きでもして爵位を授けるのだろうか。
女だけれど。
そう思いつくも即座にそれは絶対にあり得ないと思い直す。
そんな歴史上前例のない催しがあるならば、どこかしらでその話や貴族の反発などの声を耳にした筈だった。
「ええと......貴族男性との結婚を斡旋するとか、養子にするとか、そういうことを仰ってます?」
「いやいやいや。望まない結婚や養子縁組などはさせない。運がよければ一発逆転でいきなり貴族だ。今から新しい人生を送れると思うとなかなか気になる話だろう」
「ええまあ」
気にはなる。
話が見えなさすぎて。
平民の娘が結婚せず貴族になるには、実は貴族の隠し子で認知してもらうとか、養子になるといった段階を踏まなければならない。
運が良ければいきなり貴族に、というのはあり得ない話。
あり得た場合、それはアンダーグラウンドな案件になる。
ふと、思いつく。
平民から貴族に"生まれ変わる"。
もし文字通りの意味であるならば、それは即ち。
しかし、こんな真昼間に活動するものなのだろうか。
この時、ほんの微かにギルバードが威嚇する噴気音が聞こえた。それは警告に聞こえ、男の話に何か思うところがある響きを含んでいた。
ライラは思う。
もしも、ギルバードの解釈と私の解釈とが一致しているならば。危険も伴うけれど、これは逃してはならない千載一遇の機会なのではないかしら。
ポシェットの口をぎゅっと掴み、「出てこないで」と合図をしてから目の前の男に問う。
「何をしたらいいのでしょう?」
待ってましたとばかりに男は、
「簡単な試練を受けてもらう」
そう言って何かを取り出した。
手のひらの上に乗るそれは、黒光りする丸い玉だった。
ライラは一瞬だけ視線を斜め上に外し、再び男の手のひらを見る。
「石かガラスに見えますけれど、これはなんです?」
「神力で作った幸運の詰まった玉だ。これを飲んで祭壇で三分だけ瞑想してもらう」
「は、はあ。これを飲んで瞑想すれば、運がよければ貴族になれるんですね」
「そうだ」
「運が悪かった場合は?」
「残念ながら、幸運のチャンスは1度きりだ。まあ、仮に貴族になれなかったとしてもキミの人生に転機は訪れることは間違いない」
「ちなみに、何故私に声をかけたんですか?」
「運気の強そうな人を見定めて渡している。つまり、選ばれし人だと思ってもらって構わない」
「わかりました」
胡散臭い。
男の手のひらにある黒い玉には、どう見ても幸運が詰まっているようには見えなかった。
むしろ、何かよくないものがぎゅうぎゅうに圧縮されて詰められているかのような、一切の光のない漆黒。
「......運試し、と先程から仰いますけれど」
俯きながら、しかしはっきりした声で、
「実情はシュレーターの儀式、ではありませんか?リスクを伴うお話をする以上、最低限言葉は正しく使ってくださらないと」
男の顔から笑顔がゆっくりと消えていく。
「夜闇に紛れてこそこそ暗躍されてらっしゃるかと思えば。白昼堂々外を出歩かれるなんて知りませんでした。新しい生贄でもお探しですか」
暫しの沈黙ののち、くっく、とまるで噛みしめるような声で男は笑い始めた。
「いや、失礼。思ったほどバカではなかったか」
男は笑いながらナイフを取り出した。
「離してください」
俯いてライラは言う。
目の前には男が一人。
背後にも一人いて左肩を掴んで引き止めている。
進路と退路を塞ぐだけでは飽き足らず、見知らぬ女性に気安く触るとは。
相手が侯爵令嬢とわかれば絶対にこのような対応はしないのだろうが、一部貴族に見られる平民への無礼さを痛感することになり、ライラはひどく不愉快に思った。
まあまあ、となだめるように目の前の男は言った。
「キミ、貴族になりたくはないか?」
「...は?」
急に突拍子もないことを話し出す。
「いやあ。運試しをしていてね。キミの運さえよければ、平民から貴族へと生まれ変われる、と言ったら興味が沸かないかな?貴族になればいい家に住めるし、好きな食べ物も服も、何でも買えるようになる」
運試し?
くじ引きでもして爵位を授けるのだろうか。
女だけれど。
そう思いつくも即座にそれは絶対にあり得ないと思い直す。
そんな歴史上前例のない催しがあるならば、どこかしらでその話や貴族の反発などの声を耳にした筈だった。
「ええと......貴族男性との結婚を斡旋するとか、養子にするとか、そういうことを仰ってます?」
「いやいやいや。望まない結婚や養子縁組などはさせない。運がよければ一発逆転でいきなり貴族だ。今から新しい人生を送れると思うとなかなか気になる話だろう」
「ええまあ」
気にはなる。
話が見えなさすぎて。
平民の娘が結婚せず貴族になるには、実は貴族の隠し子で認知してもらうとか、養子になるといった段階を踏まなければならない。
運が良ければいきなり貴族に、というのはあり得ない話。
あり得た場合、それはアンダーグラウンドな案件になる。
ふと、思いつく。
平民から貴族に"生まれ変わる"。
もし文字通りの意味であるならば、それは即ち。
しかし、こんな真昼間に活動するものなのだろうか。
この時、ほんの微かにギルバードが威嚇する噴気音が聞こえた。それは警告に聞こえ、男の話に何か思うところがある響きを含んでいた。
ライラは思う。
もしも、ギルバードの解釈と私の解釈とが一致しているならば。危険も伴うけれど、これは逃してはならない千載一遇の機会なのではないかしら。
ポシェットの口をぎゅっと掴み、「出てこないで」と合図をしてから目の前の男に問う。
「何をしたらいいのでしょう?」
待ってましたとばかりに男は、
「簡単な試練を受けてもらう」
そう言って何かを取り出した。
手のひらの上に乗るそれは、黒光りする丸い玉だった。
ライラは一瞬だけ視線を斜め上に外し、再び男の手のひらを見る。
「石かガラスに見えますけれど、これはなんです?」
「神力で作った幸運の詰まった玉だ。これを飲んで祭壇で三分だけ瞑想してもらう」
「は、はあ。これを飲んで瞑想すれば、運がよければ貴族になれるんですね」
「そうだ」
「運が悪かった場合は?」
「残念ながら、幸運のチャンスは1度きりだ。まあ、仮に貴族になれなかったとしてもキミの人生に転機は訪れることは間違いない」
「ちなみに、何故私に声をかけたんですか?」
「運気の強そうな人を見定めて渡している。つまり、選ばれし人だと思ってもらって構わない」
「わかりました」
胡散臭い。
男の手のひらにある黒い玉には、どう見ても幸運が詰まっているようには見えなかった。
むしろ、何かよくないものがぎゅうぎゅうに圧縮されて詰められているかのような、一切の光のない漆黒。
「......運試し、と先程から仰いますけれど」
俯きながら、しかしはっきりした声で、
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暫しの沈黙ののち、くっく、とまるで噛みしめるような声で男は笑い始めた。
「いや、失礼。思ったほどバカではなかったか」
男は笑いながらナイフを取り出した。
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