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蛇とキメラの戦い

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アラン達の来訪から半年程経った、ある晴れた日の朝。
ライラは馬車で王都西部に向かっていた。

とある喫茶店の前で降り立ち、御者に近くで待つように言って店内に入る。
今のライラは、銀の髪をポニーテールにまとめ、ドレスではなくシャツとズボンを着用し、腰には猛獣避けの銃を提げている。
道行く人も店員もまさか侯爵家の令嬢だとは思わないだろう。

指定された窓側隅のテーブルに着く。
店内は暖かいがコートは脱がずに待つことにする。

数分して一人のお下げ髪の少女が来店し、ライラが着くテーブルの方に寄ってきた。
ライラの服装とその美貌とにたじたじとしながら少女は話しかける。


「あの、《L&G探偵社》の方だったり...?」


「ええ。お待ちしてました」

ライラはあの日のギルバードの提案を受け、本当に探偵の仕事を始めていた。
探偵社といっても、実質なんでも屋ではあるが。
社名は見たまま、ライラとギルバードの名前の頭文字をとって付けている。

ちなみにまだ王家の監視は解けておらず、社交界にも出ていないのだが、そのことでむやみに悩むことがないくらいには、日々楽しく忙しく過ごしていた。

「迷い猫の名前は?」

「ブッチャーです」

今日の依頼は黒猫探し。
少女は手提げから首輪を取り出す。

「ブッチャーが前につけていたものです。洗っていないので匂いはしっかりついていると思います」

わかりました、とライラはそれを受け取った。

「ご依頼の通り今日から3日間17:00まで探します。見つかりましたら自宅までお連れしますので、ご帰宅いただいて構いません」

「私も探します」

「......でしたら市街地をお願いします。西の森近辺は最近人食い熊が出るようですので、私共で探します。あなたは近寄らないように」

「わかりました。...あの、気をつけてくださいね」

会計はこちらで済ますと伝え、少女には先に店を出てもらう。
ライラはおもむろにコートのボタンをはずし、少女から預かった首輪を内ポケットに近づけた。

「いけるかしら」

『濃厚な猫の匂い。いける』

「よし、早速行きましょう」

人目もあるが、春とは言ってもまだ肌寒いためギルバードは基本内ポケットだ。

これまで、猫と犬の捜索と盗品探しを数件行っていた。
盗品の多くは盗んですぐに売り払われており、一部しか見つけられなかったり、空箱しか見つけられなかったりといったことが多いが、ギルバードの嗅覚や判断力によって、それなりの成果をあげていた。

ギリアンはライラの仕事に反対するかと思いきや、夕方までに依頼を切り上げて帰館することと、最初から戦闘が見込まれるような依頼は受けないこと、必ずギルバードを連れて行くことの三点を条件に了承していた。
また移動が増えることからアランにも仕事を始めたことは端的にだが連絡していた。場合によっては危険生物がいる森に入るということも伝えており、ギルバードはアランは反対か苦言を呈するだろうと踏んでいたものの彼も二つ返事で了承。
訝しむギルバードをよそにとんとん拍子に話は進み、現在へと至っていた。

フンフンフンとギルバードが匂いを辿り、方向を言うのでそちらに向かって歩く。
市街地から離れ、気づけば森の入り口まで来ていた。

「やっぱり森なのね」

餌を求めてか、これまで探してきた動物の多くも近くの森にいた。

『ライラ、どうする?入る?』

「行きましょうか。あまり奥には行きたくないけれど」

内ポケットからギルバードを出して岩に乗せれば、細長い体が光り、白い装束を着たスラリとした体躯の青年がそこに座っていた。
岩からひょいと降り、赤い瞳で辺りを見渡す。

『危険生物の気配はないな。行こう』

ふたりで森の中をざくざくと進む。

変化へんげしている間は寒さも平気らしく、このように並んで歩くことができる。
普段それをしないのは、ギルバードの変化について王家に話していないのと、変化後の姿があまりに目立ち、およそ探偵稼業に向かないからだ。
赤い双眸に白い装束。ライラと同じ銀の髪。
服を着替えることは可能だが、着替えを持参するのは手間だった。

『ちょっと待った』

10分ほど歩いた頃、ギルバードは腕でライラの歩みを制した。

鳥達が一斉に飛び立ち、次の瞬間。
衝撃音と恐ろしい唸り声が辺りに轟く。
獣の臭いが立ち込めるのと同時に前方の大岩の上半分が粉砕され、それを跳び越えて黒く大きな塊が弾丸のごとく二人目掛けて襲い掛かる。
ギルバードはライラをかかえて横に跳んで攻撃を躱しつつ身をひねり、襲ってきた黒い塊が勢い余って木にぶつかり転げる様子を視認した。

真っ黒で大きな体躯。
血走った目。
見た目は熊のようだが、その咆哮は人のような猫のような、様々な声が混じり合ったものに聞こえた。
ギルバードの赤い双眸は不快気に細められる。
かかえられた格好のままライラは、

「ぎ、ギル、あれは熊?」

『違う』

ライラを離し、ギルバードは忌々しげに呟く。



「......なんですって」 

"あれ"が?
ブッチャーは小さな黒猫なのに?

『人食い熊の正体はきっとあいつだ。あの時のムカデと同じ変なにおいがする』

言ったそばから獣、もといブッチャーが再度襲い掛かってくる。
ギルバードはライラをかかえてまた攻撃を躱し、ブッチャーは先ほどまで二人がいた地点の木をバキバキと折り倒す。

『ここにいて』

そう言ってギルバードはライラを残し、折れた木に頭を突っ込んで暴れるブッチャーのすぐ背後に立った。

『ブッチャー、聞こえる?』

話しかけてみる。
ぴくり、と獣の動きが止まった気がした。

もしかして、心が残っている?
そう思われたのも束の間で、ブッチャーは頭を木々から抜いて振り向き襲いかかってきた。
その瞳には強い殺意が在った。
殺意以外の意思はもう、残っていないようにすら見えた。

ギルバードは体を後ろに引いて爪を躱しつつ、ブッチャーの目を見つめる。
双眸を伏せ、諦めの息を吐く。
手もとでは光がゆらぎ、煌めく大弓が形成されていく。

ブッチャーがよろめいた体勢を立て直して咆哮をあげた瞬間、ギルバードは光の矢を3本同時に放った。
光る矢は対象の口の中に命中し、衝撃で後方にとばされたブッチャーはもんどり打って倒れる。
木々がバキバキと音を立てる中、ギルバードは間髪入れずもう一度矢を放つ。
刺さった弓矢はキラキラと光り消えてしまうが、その衝撃は相当のもののようで、恐ろしい咆哮を上げてブッチャーは逃げていった。
気配が消えたのを確認した後、ギルバードはライラの手を引っ張って立ちあがらせた。

『ライラ、重くなった気がする』

「そんなこと―――」

ない、と言いたかったが、動き回っているせいかごはんが美味しくて仕方がなく、よく食べるようになったのは事実なので返す言葉がない。

『これまでが軽すぎたんだって』

一応フォローが入ったので、良しとしておく。

ライラは腰に差していた猛獣避けの銃を構え、獣がいた地面と倒木に撃ち込んだ。
ギルバードが対処したとは言えないため、ライラが戦闘して退散させたというカモフラージュのためだった。

一通り工作をした後、ライラはギルバードの方を振り返る。
少女から預かった首輪を見ながら、やるせない気持ちを覚えつつ、

「行きましょうか。王宮への通報と......あの子への報告をしなくては」
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