令嬢戦士と召喚獣〈1〉 〜 ワケあり侯爵令嬢ですがうっかり蛇の使い魔を召喚したところ王子に求婚される羽目になりました 〜

成人の儀(1) 英雄ギリアンと憧憬の王子

アルゴン王都はずれに建つ白亜の神殿。建築されて千年経つ石造りの建物は今もなお現役で祭祀に使われている。
その太い白柱に寄り掛かって空を眺める、フード付きの外套を羽織る青年が一人。また、彼の方を目掛けて息をきらせ一目散に走り来たる青年が一人。


「ああ、こんなとこに！！」


走ってきた青年は安堵と呆れが入り混じった掠れ声をしぼり出した。

「アラン様！！こんなところでなにをしてらっしゃるんですか！！」

「しっ、声がでかい。まったく、鷹イーゴには敵わないな」

空を鷹が悠々と滑空しているのを見ながらアランは柱に預けた身を起こして苦笑する。フードの下から覗く金の眼光に加えて腰に無造作に携帯した三本の剣がなかなかに物騒な空気を醸しているが、そんな雰囲気をものともせず彼の従者セーブルは小さな声で唸るように畳み掛ける。

「お言葉ですが！護衛なしで外歩きはおやめくださいと私はあれほど」

「わかってるって」

「わかってらっしゃいます？本当に？」

言葉は弾丸の如く止まらない。

「ご自身の立場を今一度、よおおおおく！お考えください！たとえ貴方が剣士で百戦錬磨の御仁でも王族である以上護衛は必要ですッ！そもそもなぜこちらにいらしたのですか？西の森で危険生物が出たとの報告はありますがここは警戒区域に入っておりませんし」

「今朝のはミカ達の方で対処しただろう」

詰め寄るセーブルの肩をぽんぽんと叩いて宥め、無理くり言葉を止めさせる。

「その件に俺の出る幕はない。それに急ぎの仕事だってない」

「急ぎの仕事がなくたって処理すべき業務はあります。なのに何故わざわざこちらに？」

「......それは」

「それは？」

「まあ、ほら、あれだ............................」

暫し沈黙したのち、誤魔化せそうにないと観念してアランは言った。

「今日あ・の・人・の娘が成人の儀に出席する。娘が来るとなればかの侯爵も同行するんじゃないかと思って朝から張ってたんだ」　

「......................はい？」　

強い憧憬の念を交えて語るアランを前にセーブルは目を白黒させる。アランが言う " かの侯爵 " が誰を指すのかは明白だった。


ギリアン=ブラッドリー侯爵。

十代前半で頭角を現し国外にまでその名を轟かせた人物。アランの幼少期からの憧れでもあり、彼が剣士を志すきっかけとなった人だった。

謂わば、推・し・。

巷の噂では彼の娘は父に似て剛腕だとか人前に出られないような醜女だとか散々耳にすることはあれど、彼自身の近況は全くと言っていいほど出回っていなかった。

「えーと.........つまり、アルゴンの英雄とも言われるあなたが、かつての英雄のノゾキをすべくここに来たと」

「俺は英雄じゃない」

アルゴンの英雄。
民がつけたアランの二つ名。

「それにノゾキってわけでも」

「事実そうでしょう」

「成人の儀自体はオープンなんだしいいだろう。一目でいいから見たいんだ。伝説の人を」

「は、はあ........」


従者にこっぴどく諭されるというやや間の抜けた登場ではあるが、アランはアルゴン王国の第二王子として生を受けた青年である。ただその経歴は異色なもので、王族教育を受けながらも幼少期から戦士養成学校《ヴァルギュンター》で貴族や平民に混じって鍛錬を積み重ね、18歳の卒業と合わせて《アルゴンの戦士》の肩書を取得するに至っていた。
王族兼剣士というだけであれば歴代にもおり、アランの父である現王も元は名うての剣士だった。しかしその王ですらもわざわざ学校に通ってまでアルゴンの戦士の肩書を得ることまではしていなかった。

すべての努力は英雄と共にいつか戦地を駆けるため。憧れの人物との共闘を果たすために必死に鍛錬を行ってきた。


だが―――。


かの英雄はなんとアランが学校を卒業する前の時点で戦士の肩書を返上し、た・だ・の・一・侯・爵・と・し・て・領地での隠遁生活を始めてしまった。年月は経ちアランが職務をこなし始めて早四年経過していたが、英雄との共闘どころか姿を見ることすら未だに果たせていなかった。

セーブルは鼻をこすって辺りを見回し、アランと同じく石柱へと寄り掛かる。

「まあ...........じゃあ、私もここで一緒に待ちます」

アランの並々でない努力の日々は側で見てきて知っていた。味わった数々の苦悩も、落胆でさえも。

仮に丸一日仕事をサボる羽目になったとしたって、今日くらい神も大目に見てくれるだろう。こんなにも一途に憧れてきたのだから。

アランは横目でセーブルを見、笑って快晴の空を見る。秋晴れに太陽は高く昇り、時刻はもうじき正午となる頃合いだった。

「................遅いな」

普通ならとっくに到着していていい時刻。

「交通規制は外してるよな」

「はい、今は全部。早朝に出立したなら迂回路で来られているかもしれませんよ。それだと少し遅れて............」

この時一台の馬車が神殿の前で停止したためセーブルは黙りこくって身を乗り出した。馬車というだけなら珍しくも何ともない。しかし飴色に輝く重厚な扉に刻まれた見・慣・れ・ぬ・模・様・に自然と目が吸い寄せられた。


業火を纏う剣の紋章。


アランは柱から完全に身を離して馬車がより見える位置に立った。固唾を飲んで見守る中、男が一人地に降り立つ。

「彼か......？」

「ど、どうなんでしょ..............？」

アランもセーブルも互いに顔を見合わせる。それは感動故ではなく、男の見た目がおよそ豪腕な剣士には見えない優男だったからだった。茶色の髪に茶色の瞳。中肉中背で筋肉質にも見えず、雑踏に紛れてしまえば目立ちもしない。はっきり言って伝説と称されるにはあまりにも若く普通すぎる容姿だった。

本当に英雄なのか。

アランの心に混乱と疑念が湧く。目の前の男は神殿を見上げ、思うところがあるようなどこか忌々しい眼差しをして立っている。


腰に二・本・の・剣・を携えて。


「..........木刀」

そう、一本は普通の剣。もう一本はどう見ても玩具の木刀だった。ますます怪しく思いながらも目を凝らし、ふと袖から覗く彼の手を見た。

目立たない容姿と冗談めいた得物を裏切り、その手は古い傷痕で見るも無残に埋め尽くされていた。とは言え、手のみ。顔や首に目立った傷はなく、しかしたったその一部分を観測しただけでアランは霹靂に打たれたかの如き心持ちになり小さな呟きを漏らしていた。

「彼だ」

幼き日に幾度となく読んだ英雄伝にこのような記載があった。


" 度重なる戦闘に両腕の傷は癒ゆることなく、包帯に巻かれて眠る黒き獣は見る者総てを咬み殺す。"


現役の頃、彼は常に手を怪我しており包帯を巻いていたと言う。伝記との符号に俄に興奮が湧き起こり、セーブルを柱の陰に引き込んで腕を掴み揺さぶった。

「セブ！間違いない、英雄ギリアンだ！」

「え、ええ......」

「本当にいたんだ、彼は」

憧れの剣士は実在している。しかも声の届く位置で同じ空気を吸い同じ光景を目にしている。

話し掛けに行こうか。いや、不用意に近づいて怪しまれてしまっては困る。第一印象は重要、あの人にだけは無礼者と思われたくない。

それに、今日は―――。



「疲れただろう」

「.........ええ、少し」



続いてアランは馬車を降りる娘の姿を目撃する。瞬間、それまでの興奮は一時に鳴りを潜め、気がつけば柱の陰を出て呼吸すら忘れて魅入っていた。

父親の腕に掛ける華奢で優美な白い指先。
日差しに揺蕩たゆたう銀の髪。
不安気に狭そばめられながらも鮮やかに輝く赤紫色の瞳。

王子という身分もあり王宮や社交の場で数多の令嬢を目にしてきた。浅からぬ付き合いとなった女性もそれなりにいたが、これほどの美貌の持ち主は未だかつて見たことがない。


「気分は悪くないか」

「ええ。緊張はしてますけれど、大丈夫です」


父娘の会話が聞こえる。娘の声は抑揚こそないが高くもなく低くもなく、澄みきった声音をしていた。ただ見るからに緊張して忙しなく付近を見渡し、アランとセーブルの方にもその視線は向けられたが秒速を以て逸らされた。
神殿の中へと入っていく二人の姿を見送ったのち、セーブルは両の手でぱちんと頬を挟んで吐息をつく。

「あれがブラッドリー侯爵..........意外と言いますか..........ご令嬢の方も、醜女とか森ゴリラだとか、とんでもない..............」

「...........なんだそれは」

アランは失っていた呼吸を取り戻して眉を顰め、セーブルは慌てて顔の前で手を広げぶんぶんとやる。

「う、噂です噂！ブラッドリー侯爵家の令嬢が人前に出ないのは容姿のせいだと聞いたことがあって」

「誰だ、そんな噂を流したのは」

「知りません！でも稽古場にいたご令嬢達もそんな話をしていましたから、てっきり見て言っているのかと」

「まったく............くだらない」

根拠のない話で盛り上がり尾ひれをつけて楽しむのは巷で良くある話であって、多くのアルゴン国民が持つ性質の一つといっても過言ではなかった。だが耳にした本人が傷つきそうな出鱈目までを吹聴するのは単なる冗談や噂好きでは片付けられず、純然たる悪癖だろうとアランは閉口し忌み嫌っていた。

「噂を流した奴の面はさぞかし綺麗なんだろうな」

鼻で笑い飛ばすと神殿入口に向かって歩き出す。

「せっかく待ったんだ。儀式を観ていこう」

あわよくば折を見て話し掛けよう。
英雄と彼の娘に。

「ええっ！お待ちください」

セーブルは首に提げた小笛を取ると、空を舞う使い魔の鷹に「近くで待て」の合図を送った。神殿に入りアランの前に立ち塞がって必死に歩みを止めさせる。

「アラン様剣は持ち込み不可です。受付に預けて参りますっ.........え？席？いや大丈夫まだ空いてますって、だから一旦お待ちくださいってば！！」