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それぞれの結末

一ノ瀬と上條

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「ちょっと話せる?」

美鶴さんが、いなくなって一ノ瀬がやってきた。

「うん」

「あのさ、上條に会ったら聞きたい事があって」

「桂木さんは?」

「あっち手伝いに行った」

「ああ、ほんとだ。」

桂木さんは、伊納と凌平と美鶴さんと一緒にいた。

「あのさ、これなんだけど」

頬を赤らめながら、一ノ瀬にとんでもないものを渡された。

「これ、ボーイズ漫画?」

「そう、それだよ」

「これ、R18版だよな。凄いリアルだし」

「だよなー。」

「で、これが聞きたいの?」

「うん、ジョー。あっ、桂木さんはさ。」

「別に、名前で呼んでいいよ」

「そっか。ジョーはね。ゆっくりでいいって言うんだよ。でもさ」

「一ノ瀬がしたいのか?これとかこれとか…」

「上條、やめてよ」

一ノ瀬は、恥ずかしそうに漫画を閉じる。

「あのさ、こんなの見て勉強してるのはいいけどさ。一ノ瀬が、こっち側になるの?」

漫画を広げて指差した俺の顔を、一ノ瀬はパチクリと目を見開いて見つめてくる。

「それは、考えていなかった」

「いやいや、考えなきゃ駄目だろ?まあ、一ノ瀬がこっちかな?」

「上條、勝手に決めるな。上條は、どうなんだ?」

「俺、俺は、する方だよ。あっちは、抱かれる方だよ。」

「もう、そうなってるのか?」

「なってないよ」

「じゃあ、わからないじゃないか」

「そんな話しは、したことあるから。でも俺は、どっちでもいいと思うけど?」

一ノ瀬は、顎に手を当てて考えている。

「どっちでもって、上條が抱かれてもいいって事か?」

「そりゃあ、怖いけどさ。好きな人が望むならどっちでもいいんじゃないかな。嫌がる人も多いみたいなんだよね。でも、日替わりで替える人も知ってるよ。疲れてるけどしたいから、そっちとかね。酔ったら、そっちとかね。で、一ノ瀬はどっちがいいんだ?」

「考えてなかった。抱き締められるだけで幸せだったから」

「多幸感ってやつか」

「そう、それをジョーも言っていた。抱き締めるだけで、多幸感だって」

「じゃあ、こんなのいらないだろ」

俺は、一ノ瀬に漫画本を返した。

「上條は、したくならないのか?」

「ならないって言ったら嘘になる。でも、それがなくちゃいられないってわけじゃないかな」

「私も同じだ」

「だったら、無理にしなくてもいいんじゃない?俺なんか、キスするまで8年かかったよ」

「私もほっぺにチューまでだ」

「固い、固い。もっと柔らかく生きようぜ。一ノ瀬」

「上條にまたこうやって会えて嬉しいよ。彼の元気な姿も見れてよかった。」

「一ノ瀬は、もう医者には戻らないんだろ?」

「ああ、戻るつもりはないよ」

「一ノ瀬は、俺とは違って天才なのに…。勿体無いよ」

一ノ瀬は、俺の肩に手を置いた。

「上條は、凡人じゃないよ。それに俺は、天才なんかじゃない。上條みたいに誰かを救いたい気持ちも、もう持ち合わせてない。医者として生きるより弁当屋さんが向いてる」

「そんな細い綺麗な指して、何言ってんだよ」

俺は、肩にある一ノ瀬の手をどかした。

「上條が、俺に興味を持っていたの知ってたよ。」

「あっ、あれな」

「バレてないつもりだったか?」

「忘れろよ」

「あの時の綺麗な上條に、【好きだ】って言われてたらなびいたかもな」

「綺麗なは、よけいだろ。」

俺は、確かに一ノ瀬が好きだった。この、堅苦しい感じ。

綺麗な指先。

まるで、ピアノを奏でるように診察や治療をする。

その姿が、好きだった。

「ハハハ、懐かしいな。」

「一ノ瀬は、30歳だったよな。最初は、医者になるつもりなかったんだよな?」

「ああ、なかった。でも、途中から医者になろうって決めた。父親が亡くなったからかもな」

一ノ瀬は、寂しそうに目を伏せていた。

「一ノ瀬が、今、幸せならよかったよ。旭川さんの事あったから」

「ああ、そうだな」

「あの犯人って、20年近く前にほら、時々現れてたやつを模倣してたんだろ?」

「そうだな。あいつより酷かった」

「あの事件は、隣の県だったから悲しくて泣いたのを覚えてる。それが、こっちで起こるなんて考えもしなかった。」

一ノ瀬は、財布から写真を取り出した。

「愛梨が巻き込まれるって、想像してなかったよ。私の病院に運ばれてくるとも思わなかった。」

「やっぱり、綺麗な人だな。凄く」

「ありがとう、上條」

「いや、いいんだよ」

「なあ、上條。」

「なんだ?」

「上條は、医者を目指した通りの自分になってるか?」

「どうだろな?結局、救えなくて泣いちゃうのも相変わらずだよ。患者さん家族には、見せないようにしてるけどさ」

一ノ瀬は、優しく微笑んでくれる。

「私は、上條のその人間臭い所が好きだ。神様みたいに勘違いしてる奴もいただろ?かと思えば、私のように自分を責めて。私は、上條みたいになりたかったよ。自分を責めながらも、救いたくて必死で、上條がほら、延命の説明で患者さん家族に怒鳴られてる姿もよく見た。それでも、私は上條の目指す医者は間違ってないと思うよ」

「一ノ瀬、ありがとう」

「上條が、悩んでる気がした。エゴイズムって思ってたんじゃないか?目を見ればわかるさ」

一ノ瀬は、そう言って笑った。

俺は、この一年悩んでいた。

延命治療をする事も、少しでも生かしたいって思う自分にも…。

「こっちで、食べようよ」

向こうから、愛する人が叫んで手を振ってる。

「行こうか」

「ああ」

一ノ瀬は、漫画をなおしにいった。

俺は、その間に、みんなの所に行く。

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