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花びらの舞い散る夜に…

ジャケット

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ICUから出ると、何故かさっきの先生がまたいた。

「すみません。こちら、渡すのを忘れていました。」

そう言って、ジャケットを渡された。

「ありがとうございます。」

さっきので、僕は目眩がした。

「大丈夫ですか?」

「すみません。大丈夫です」

「こちらに、座って下さい」

先生は、僕を椅子に座らせた。

「あの…いえ、何も」

今、この瞬間、僕はこの人に暴言を吐こうとした。

あの日、父がそうしたみたいに…

「人殺し、悪魔、罵りたかったですか?」

「えっ?」

「どうぞ。私には、貴方の気持ちが痛い程よくわかる。言って下さって結構ですよ」

「何で、そんなに優しくするんですか?」

「優しいのは、医者だからでしょ?ほら、どうぞ。溜め込むのは、よくないですよ」

そう言って、先生は笑った。

「どうして?健斗さんを元に戻せよ。あんた、医者だろ?医者なら、助けてくれよ」

「そんな優しい言い方してどうするんですか?もっと、言わなきゃ。スッキリしませんよ」

「先生、変ですよ」

「そうでしょうか?私は、いつもこういう事があれば言っていますよ」

自分だけ特別みたいに一瞬思ったのは、馬鹿げていた。

「そうですか」

「はい。先ほども言いましたが、痛い程よくわかります。医者なら助けろ、その気持ちも…。かつて私も感じた事がありますから」

「先生、健斗さんを殺さないで下さい。」

「出来る限りの事は、させていただきます。」

「先生、よろしくお願いいたします」

僕は、深々と頭を下げた。

「ご連絡先をいただいても?」

「あっ、失礼しました。」

僕は、先生に名刺を渡した。

「何かありましたら、ご連絡差し上げます。ゆっくり休んで下さい」

「はい、失礼します」

項垂れながら、僕は、病院を出た。

脳に損傷…

僕を庇ったせいで、何度も殴られた。

犯人は、死刑になるのだろうか?

ならなければ、この手で…

僕は、タクシーに乗って健斗さんと住む家に帰った。

「ただいま」

小さい声で、呟いた。

誰もいない部屋。

「犬や猫でも飼わないか?」

「いいよ、好きだから」

「じゃあ、今度の休みに見に行こうか」

見に行くんじゃなかったのかよ

僕は、ソファーに座った。

健斗さんのジャケットをあさった。

スマホ…

あっ!!

僕は、誰かにかけていたのを思い出した。

やっぱり、そうだった。

いつの間にか、電源が切れていた。

充電器をさして、立ち上げる。

履歴を見ると、手探りでかけたのは、やっぱりあの人だった。

プルル

『まだ、生きてるか?』

「野上先輩。すみません」

『ビックリしたけど、暫くしてすぐに通報した』

「ありがとうございます」

『冴草は、まだ生きてるか?』

「はい、機械に繋がれて。でも、脳に損傷が酷くて、どうなるかわかりません」

『浜井は、大丈夫か?』

「はい、大丈夫です」

『無理するなよ。明日は、休め。会社には、言っとく。冴草の事も』

「先輩」

『何だ?』

「健斗さんが、いなくなったら僕生きていけませんよ」

『バァーカ、そんな事考えんなよ。今は、冴草が元気になる事だけ考えろ!生きてるんだからよ。わかったか?浜井』

「はい、わかりました。」

『心配すんなよ。冴草は、まだまだ生きるよ。浜井は、浜井に出来る事やれよ。さっきの電話の一部は、録音してるから…。俺は、明日会社行く前に警察に渡してくるから。な?』

「はい、ありがとうございます」

『たくさん泣いて、ゆっくり休めよ。おやすみ』

「おやすみなさい」

プー、プー

野上先輩だけが、唯一、僕と健斗さんの事を知っていた。

僕は、毎日一度は野上先輩にかけるから…

だから、掛けれたんだと思う

野上先輩は、常に冷静だった。

僕達が、付き合った事を話しても、「そっかぁ!おめでとう」と何も驚かずに言った。

何の偏見もない。

そんな野上先輩は、来月結婚する。

「二人で、スピーチやってくんない?」

そう笑って、お願いされていたんだ。

僕は、健斗先輩のスマホを見つめていた。

血だらけのジャケット。

健斗先輩の匂いがする。

「しよう?凌平」

いつだって、帰宅すればそう言った。

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