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花びらの舞い散る夜に…

浜井凌平、冴草健斗

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僕は、今でも15年前のあの夜を、この季節になると思い出すんだ。

「迎えに来なくてよかったのに」

そう言いながら、上條陸かみじょうりくは、笑った。

「心配だったの」

「タクシーに乗ったから、大丈夫だよ。冷えちゃったろ?」

陸は、僕に自分の着てるコートをかけた。

「寒いから、早く帰ろ」

「うん」

エレベーターで、8階に上がった。

もう、同棲して10年目を迎える。

僕達は、最後までしてなかった。

「陸、我慢できるの?」

「我慢じゃない。忘れたくない人がいるんだ。」

陸は、頑なだった。

僕も同じだった。

キスをするのにも、8年かかった。

忘れたくない。

僕も陸も同じだった。

凌平りょうへい、飲みすぎた」

「酒臭い。結斗さんの話してたの?」

「うん」

スルスルとネクタイを外す、カッターシャツを脱ぐ。

陸にとって、結斗さんがどれだけ特別な人間かわかってる。

陸は、僕に出会うまで何度も何度も捨てられたと話した。

そりゃそうだ。

最後まで、出来ない相手など若い人間からしたらいらないのだ。

「はい、パジャマ」

「ありがとう」

僕は、最後までしない陸のお陰で立ち直れた。

「歯磨きして、寝なよ」

「わかってる」

陸は、洗面所に向かった。

僕は、陸のスーツをハンガーにかける。

陸は、僕の全てを理解していた。

出会った時から、ずっとわかってくれていた。

「寝ようか、凌平」

「うん」

「おいで、おやすみ」

陸は、僕を抱き枕のように抱き締めながら眠る。

不思議とそれは僕の眠りを誘ってくれる。

初めて、陸に抱き締められた日に全身を突き抜ける程の幸せを感じた。

それは、僕の心の中に落ちた一滴の温もりのせいだった。

それからは、恐ろしい程に陸を求めた。

体まで、奪われたくなくて、泣いて泣いて、拒んだ僕に、俺も無理だからごめんと言ってくれた。

その言葉に、ホッとして僕は陸と向き合った。

「おやすみ、陸」

この季節になると嫌でも思い出すんだ。

.
.
.

「凌平、明日から雨が続くから、最後のお花見に行こうよ。夜桜、見て帰らないか?」

「うん、そうだね」

僕は、初めて彼氏が出来た。

ずっと玉砕続きだった学生時代をえて、20歳の夏。
3つ歳上の、冴草健斗さえぐさけんと先輩から告白されたのだ。

高校を卒業して働きだした、今の職場で健斗先輩は、僕の教育係になった。

パートナーとして、一緒に過ごしていくうちに僕は、先輩を好きになってしまった。

でも、絶対に気持ちは言わないって決めていたのに、先輩から告白されたんだ。

あの日から、10年が経っていた。

「500の缶ビール6本は、買いすぎだったかな?」

「いいじゃないですか」

仕事を済ませて、コンビニで適当に買い物をして僕達は、会社近くの桜並木にやってきていた。

「もう、少しだけ葉桜に近いな」

「ですね」

「じゃあ、お疲れ」

「お疲れさま」

同棲して、5年目を今日迎えた。

「覚えてる?5年前に結婚できないけど、傍に居てって話したの」

「覚えてるよ」

「あれから、5年だな。この木は今もあるな」

「当たり前だよ」

「そうか?変わらないもんなんて、案外少ないだろ?俺と凌平の関係だってそうだろ?」

健斗さんは、そう言いながらチーズをつまんでいた。

「どうして、告白してくれたんですか?」

「どうしてかな?凌平を誰にもとられたくなかったんだよ。こんな可愛い顔を俺以外に見せて欲しくなかった。ハハハ」

タコみたいに、わざと膨らました顔を見て健斗さんは笑った。

「写真、写真」

カシャカシャ

「一緒にとりましょうよ」

「だな」

僕達は、浮かれてたんだ。

楽しくて、嬉しくて、幸せで…。

カシャカシャ

写真をお互いのスマホでとりあった。

「はい、あーん」

「あーん」

「うまい」

「僕も食べよう」

唐揚げを食べて、ビールを飲んで本当に凄い楽しかったんだよ。

「もう、そろそろ帰るか?」

「そうですね」

でもね、夜桜なんか、見にこなければよかったんだ。

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