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桜の木の桜木さん

初めてと…死

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その週末、私は上條の家に泊まると嘘をついた。

「円香、やってみようか」

「はい」

先生は、私と一緒に初めて湯船に入った。

優しく体を洗ってくれる。

優しく体にキスをした。

痛くて、うまく出来なくて…。

「ゆっくり、息をして円香」

「ハァー、イッ」

「力いれないで、ゆっくり」

涙がとまらなくて…

「やめようか?」

「いや、やめないで」

「今日は、痛くないとこまで」

そうやって、何度も肌を重ねて…

ちゃんと出来たのは、1ヶ月経った頃だった。

やっと私は先生と結ばれた。

「先生、嬉しい。愛してる」

「円香、嬉しいよ」

もう、何でもよかった。

このまま、いれるなら…。

どうなったって、よかった。

それから、1ヶ月と少しが経った。

10月13日、早乙女加奈枝先生が亡くなった。

お葬式には、早乙女先生のクラスの生徒全員が参列していた。

前野先生の世界は、完全に崩壊した。

暗闇の渦の中に、先生が引き込まれていくのが、私にはハッキリ見えた。

早乙女先生のお葬式には、早乙女先生のクラスと先生の声の入った合唱コンクール用の音楽が流れた。

異色だったけれど、生前、早乙女先生が、家族に死ぬときには、その音源を流して欲しいと話していたと言う。

「早乙女先生らしかったね」

生徒達は、帰り道に口々にそう言っていた。

「あんな、明るい曲変だろ?」

上條は、私に言った。

「そうだね」

「どしゃ降りの雨なのに、あの明るい歌は、絶対変だよ」

「うん、わかるよ。言いたい事。でもさ、お葬式で騒ぐ所もあるわけだよ。だから、早乙女先生があれを望んだなら…。そういう事だよ」

「まあ、そうかもな」

「確かに、五木君の時とは違ったけどさ」

「そうだな。あっ!!俺。先、帰るわ」

何かを見つめて、上條はそう言った。

先生が、びしょ濡れで立っていた。

「じゃあな、伊納」

上條は、いなくなった。

私は、先生に傘をかけた。

「最後まで、いなくていいんですか?」

「もう、みんなと同じだから」

早乙女先生のお骨を拾い終わったみんなは、帰宅していた。

これも、早乙女先生の願いだった。

最後に受け持った生徒に骨を拾ってもらいたい。

「でも、先生は恋人なわけですよね」

「送るよ」

黙ってと言われたみたいだった。

憔悴しきってボロボロなのに、先生は私を車に乗せた。

いつからか、送るは【抱かせろ】って合言葉になっていた。

やっぱりだった。

先生は、私を家に連れてきた。

玄関に入ってすぐに、びしょ濡れの喪服姿で、私に抱きついた。

「加奈枝、加奈枝」

そう言って、制服を捲りあげられた。

玄関では、嫌だった。

だけど、緩めてくれなくて…。

後ろから、抱き締められた。

あの時みたいな幸せな交わりは、この日を境になくなった。

「加奈枝、加奈枝」

する度に、私はその名を呼ばれた。

「加奈枝、愛してる。」

望んだ事は、現実になった。

「愛してるよ、加奈枝」

私の涙なんか、先生には関係なかった。

「友作さん」

望んだ世界は、本当にこれだった?

「加奈枝、ずっと一緒にいて」

欲しかったのは、この場所だった?

身体も心も、擦りきれていく。

私なんて、いなかった。

あんなに、幸せだった日々は、この指からスルスル抜け落ちた。

最初から、早乙女先生の代わりだって嫌というほど思い知った。

一つに重なり合う度に、ズレは酷くなっていった。

この頃には、先生だけが幸せだったんだと思う。

嫌、先生も不幸だったんだと思う。

そんな日々が、卒業と同時に終わりを迎えそうになった。

「私、やめたくない」

「俺もだよ。円香」

卒業式の日に、私は先生にそう話した。

「続けて、友作さん」

「続けよう、円香」

そう言って、何度も求めてくれた。

伊納円香を、求めてくれた。

そう、信じていたかった。

そう、思っていたかった。

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