上 下
23 / 65
桜の木の桜木さん

初めてと…死

しおりを挟む
その週末、私は上條の家に泊まると嘘をついた。

「円香、やってみようか」

「はい」

先生は、私と一緒に初めて湯船に入った。

優しく体を洗ってくれる。

優しく体にキスをした。

痛くて、うまく出来なくて…。

「ゆっくり、息をして円香」

「ハァー、イッ」

「力いれないで、ゆっくり」

涙がとまらなくて…

「やめようか?」

「いや、やめないで」

「今日は、痛くないとこまで」

そうやって、何度も肌を重ねて…

ちゃんと出来たのは、1ヶ月経った頃だった。

やっと私は先生と結ばれた。

「先生、嬉しい。愛してる」

「円香、嬉しいよ」

もう、何でもよかった。

このまま、いれるなら…。

どうなったって、よかった。

それから、1ヶ月と少しが経った。

10月13日、早乙女加奈枝先生が亡くなった。

お葬式には、早乙女先生のクラスの生徒全員が参列していた。

前野先生の世界は、完全に崩壊した。

暗闇の渦の中に、先生が引き込まれていくのが、私にはハッキリ見えた。

早乙女先生のお葬式には、早乙女先生のクラスと先生の声の入った合唱コンクール用の音楽が流れた。

異色だったけれど、生前、早乙女先生が、家族に死ぬときには、その音源を流して欲しいと話していたと言う。

「早乙女先生らしかったね」

生徒達は、帰り道に口々にそう言っていた。

「あんな、明るい曲変だろ?」

上條は、私に言った。

「そうだね」

「どしゃ降りの雨なのに、あの明るい歌は、絶対変だよ」

「うん、わかるよ。言いたい事。でもさ、お葬式で騒ぐ所もあるわけだよ。だから、早乙女先生があれを望んだなら…。そういう事だよ」

「まあ、そうかもな」

「確かに、五木君の時とは違ったけどさ」

「そうだな。あっ!!俺。先、帰るわ」

何かを見つめて、上條はそう言った。

先生が、びしょ濡れで立っていた。

「じゃあな、伊納」

上條は、いなくなった。

私は、先生に傘をかけた。

「最後まで、いなくていいんですか?」

「もう、みんなと同じだから」

早乙女先生のお骨を拾い終わったみんなは、帰宅していた。

これも、早乙女先生の願いだった。

最後に受け持った生徒に骨を拾ってもらいたい。

「でも、先生は恋人なわけですよね」

「送るよ」

黙ってと言われたみたいだった。

憔悴しきってボロボロなのに、先生は私を車に乗せた。

いつからか、送るは【抱かせろ】って合言葉になっていた。

やっぱりだった。

先生は、私を家に連れてきた。

玄関に入ってすぐに、びしょ濡れの喪服姿で、私に抱きついた。

「加奈枝、加奈枝」

そう言って、制服を捲りあげられた。

玄関では、嫌だった。

だけど、緩めてくれなくて…。

後ろから、抱き締められた。

あの時みたいな幸せな交わりは、この日を境になくなった。

「加奈枝、加奈枝」

する度に、私はその名を呼ばれた。

「加奈枝、愛してる。」

望んだ事は、現実になった。

「愛してるよ、加奈枝」

私の涙なんか、先生には関係なかった。

「友作さん」

望んだ世界は、本当にこれだった?

「加奈枝、ずっと一緒にいて」

欲しかったのは、この場所だった?

身体も心も、擦りきれていく。

私なんて、いなかった。

あんなに、幸せだった日々は、この指からスルスル抜け落ちた。

最初から、早乙女先生の代わりだって嫌というほど思い知った。

一つに重なり合う度に、ズレは酷くなっていった。

この頃には、先生だけが幸せだったんだと思う。

嫌、先生も不幸だったんだと思う。

そんな日々が、卒業と同時に終わりを迎えそうになった。

「私、やめたくない」

「俺もだよ。円香」

卒業式の日に、私は先生にそう話した。

「続けて、友作さん」

「続けよう、円香」

そう言って、何度も求めてくれた。

伊納円香を、求めてくれた。

そう、信じていたかった。

そう、思っていたかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

処理中です...