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桜の木の桜木さん

前野先生と私

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わたしは、前野先生の家に連れてきてもらった。

「先生、服、着替えていい?」

「あ、あぁ。どうぞ」

人間は、弱い生き物だ。

私は、スルスルと制服を着替えた。

孤独に向き合い乗り越えられる人間は、ごく僅かだと私は思う。

愛するものが弱っていく姿、目が覚めない姿を見つめながら一人で乗りこえていける人間などこの世界にどれだけいるのだろうか?

その弱さを人は、おかしいと叩くけれど…。

私には、どこもおかしい所はないと思うのだ。

そして、大人は、強いと信じこんでその弱さを見せないようにする。

「先生、ありがとう」

私は、お気に入りのピンクのルームウェアに着替えた。

「あぁ。ごめん、伊納」

「なぜ、そんな悲しい顔をするの?」

「ごめん。私は、伊納を利用しているのだ。寂しさと悲しさで、伊納を…。」

私は、先生の両頬に手を当てる。

頬は、痩けている。

「どうして、謝るの?私は、先生といれるだけで、こんなにも幸せなのよ。それに、伊納はやめてよ。円香にして」

「わかった。円香」

先生の目から、涙が流れてくる。

「私は、先生なのに酷い事をしている。」

「気にしないで、先生。」

「円香」

「先生」

先生は、私を抱き締めてくれた。

グゥーって、お腹が鳴った。

「何か、頼もうか?」

「先生、私が何か作るよ」

「出来るのか?」

「さあ?わからないけど。やってみたい」

「冷蔵庫に何かあるかな」

先生は、冷蔵庫を開ける。

「オムライスぐらいなら、出来るかな」

「じゃあ、作ってみるね」

「うん」

ガチャン、ガチャン、と騒がしい音をたてながら調理を終えた。

「先生、ごめんなさい」

「どれどれ」

「卵、焦げた」

「ハハハ、いいよ、いいよ」

先生は、頭を撫でてくれる。

「食べようか」

「うん」

オムライスを持っていく。

半分焦げた卵に、焦げたご飯

「ニガイ、先生食べなくていいよ」

「どうしてだ?上手いよ、美味しい。上手に出来てるよ」

「嘘、嘘、嘘。お腹壊しちゃうよ」

「別にいいよ。」

「先生」

優しい先生は、焦げたオムライスを全部食べてくれた。

「ケチャップ、ついてるよ」

先生は、私の唇の端についてるケチャップを拭ってくれた。

暗がりにいた人間に、温もりを与えるとこうも容易く自分のものになるのだ。

あの日の私がそうだったように…

「先生」

「円香」

「俺は、ただ寂しいだけだと思うんだよ」

「そんなのどうだっていいよ。」

先生は、私にキスをしてくれた。

先生の想いなど、どうでもよかった。

早乙女先生の代わりだってよかった。

私は、ここに居たかった。

先生の傍にいたかった。

それだけで、幸せだった。

先生は、私の唇から唇を離した。

「円香、ありがとう」

先生の顔をここまで近くで見た事はなかったけれど、目の下は酷いクマが出来ていた。

「よく、寝れてないの?」

私は、目の下をさわって尋ねた。

「あぁ、あれから、あまり寝ていない。彼女が、あんな場所で自殺した理由がわからなくて」

そう言って、先生は涙を流す。

「先生、ご飯も食べていないでしょう?」

先生のお腹は、オムライスを食べたのにペタンコで、服の上からでもあばらがさわれた。

「食欲もなくてね、ハハハ」

その笑顔は、今にも消えてしまいそうで、私はまたキスをした。

「もっと、先に進んで先生。私の全部をあげるから…。受け取って、先生」

私は、そう言ってキスをした。

「円香」

先生は、そう言って私を床に寝かせた。

「イッ」

「あっ、足が痛かったよね」

「いいの、続けて」

「駄目だよ、治ってからにしよう」

そう言って、起こされてしまった。

つまらなかった。

もっと、もっと、きてくれてよかった。

なのに、先生はキス以上をしてくれなかった。

足の痛みが、酷くてお風呂には入れそうになかった。

先生の匂いのするベッドで眠る。

「先生」

「なに?」

「早乙女先生と、したんですよね?この場所で」

「それは…。」

真っ暗闇で表情は見えないけれど黙った先生の感じからしてそうなのがわかった。

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