三日月宝珠と愛しき幽体

ぬいぐるみ師

モカ君

「ハーブ、おいで」

私が、庭にいるとモカ君が現れた。

「あぁ、すみません。」

「いえ、よしよし」

「ワンちゃんなんです。ハーブと言いまして！高齢のご夫婦からの依頼なんですよ。」

「そうなんですね」

「すみません。泣いてる所、邪魔しましたね」

「あぁ、いえ大丈夫です」

モカ君は、お腹を撫でてとめていた。

「好きな人に意地悪しちゃったんですか？」

「えっ？いや」

「手が出ちゃいましたか？」

「何で」

「私の父がそうでしたから…。父は、とても不器用な人で！愛を上手に伝えられなかった。だから、私に、この仕事を教えました。」

「お父さんは、お母さんに手をあげていたのですか？」

モカ君は、私を見つめる。

「母は、父の何も言えない所が大嫌いでした。だから、いつも言いました。何を考えてるの？あなたといても、楽しくないわ！いい加減、私と別れてよ！父は、母のキンキンと怒鳴る声に、だんだん苛立ち手をあげるようになりました。でも、最初に父をけしかけたのは母だと私は知っています。光珠さんも、彼女に傷つけられたのですか？」

「そこまで、酷く傷つけられたわけじゃなかった。」

「光珠さんが、言われたくない言葉を言われたのではないですか？さよならとか…。」

「モカ君は、凄いね。見えてるみたいだね。」

「少しは、わかりますよ。ぬいぐるみから、動物を産み出しているので、本能は研ぎ澄まさないといけませんから！！」

「そうですね」

私は、笑った。

「光珠さんは、すごく優しい方ですね。宝珠さんと、とても雰囲気も似ています。だから、光珠さんが怒るのはよっぽどの事がないとあり得ません。酷く、傷ついた。あるいは、嫌われるように向こうに仕向けたかのどちらかですね？」

「モカ君には、敵わないね。」

「それだけ、愛していたのですね。宮部さんの前の人ですよね？」

「そうなんだ。宮部さんの前の人なんだ。私は、20年。その人を思っていたんだ。」

「それを、師匠は一日でさよならをしなさいと言ったんではないですか？」

私は、モカ君を見た。

「一日で、別れるには嫌われるしかありませんよね。私にも、わかります。師匠は、酷な選択をよく依頼者に迫ります。」

「同じような人がいましたか？」

「はい！25年人形と住んでいた人が、歳をとり寂しくなり恋をしてしまった。返品しに来ました。師匠は、数時間で別れるように言いました。」

「それで、その人は？」

「ここで、大喧嘩していましたよ。彼を罵って罵倒して殴り合いになりました。そして、お互いを嫌いになって終わりました。」

「女の人が、連れてきたのですね？」

「そうです。25年、一緒にいたのですがね。50歳を目前に、人肌が恋しくなったようです。でも、ここにきて彼女は彼を離したくなくなった。でも、師匠は許しませんでした。事件が起きるからです。だから、師匠はお別れをさせた。だから、傷つけ合うしか方法がなかったのです。光珠さんも、同じだったのでしょ？」

「モカ君」

モカ君は、私を見つめる。

「20年も想い続けた気持ちを僅か一日で失くすなど不可能ですよ。」

「私が、酷い事をした事実は変わらないですよ」

「手を上げたから、宮部さんともお別れしようと思ってますか？」

「どうかな？」

「宮部さんは、悲しんでしまいますよ。あんなに、楽しそうにしていたのですから…。」

「それでも、一度した人間は駄目だろう」

モカ君は、私の髪を撫でてくれる。

「一度したら、駄目なのでしょうか？一度失敗した人間は、駄目なのでしょうか？」

「そうだよ、モカ君」

「光珠さんは、悲しい世界に住んでいますね。」

「そうかな？」

「そうですよ。一度で、許されないなんて辛すぎますよ。」

「それでも、女性に手をあげるなんて許されないよ」

「悲しすぎますよ」

モカ君は、私のかわりに泣いてくれている。