上 下
29 / 94
ゐ空の視点

悲しまないで

しおりを挟む
「もう、悲しまないであげて下さい。彼女のご両親が、これを依頼してきたのは…。お婆さんが、もうすぐ亡くなるからです。」

「そうなのですね。」

「はい。麗奈さんを亡くして認知症になられたのは知っていますよね?」

「はい」

「不思議なもので、お婆さんは麗奈さんがお腹が大きいのだけを覚えてるそうなんです。麗奈のお腹の赤ちゃんの音を聞かせて欲しいとここ最近言われているようなのです。それで、私の事を知人に聞いて直接やってきました。後、生きれても二年ぐらいだと言われたそうです。」

「知りませんでした。」

光珠君は、泣いている。

「もう、お会いするのはやめようとご両親から言われたのですよね!麗奈さんの7回忌が終わった後で…。まだ、若いから前を向いてくれと縛られないでくれと言われたのですよね。」

「はい、言われました。麗奈のものも全て引き取られました。私には、写真しか残っていません。」

「ご両親は、申し訳ない事をしたと話していましたよ。光珠君のペースで進むべき事なのに、無理矢理二人を引き裂いてしまったと…。」

「彼女のビジョンを見たからですよね。私ではなく、別のものが見せたと聞きました。麗奈が、私に前を向いて生きて欲しいと言ったと聞いています。それでも、怖くて私は進めなかった。誰かを好きになるのに、20年もかかりました。」

「宮部さんに、出会った時。雷に打たれたような衝撃だった。宮部さんだけが、キラキラと輝いていた。一瞬で恋に落ちた。そして、二度目に会った瞬間(とき)に、宮部さんを驚く程、深く愛している自分に気づいてしまった。失いたくないから、ゆっくりと進んで行こうと思った。なのに、宝珠君が全て思い出した。そして、二人が再会した日に、宮部さんと宝珠君に、別の縁が出来ているのに気づいてしまった。それからは、不安で、不安で…。あの日の麗奈さんの気持ちがようやくわかったのですね」

「はい、その通りです。」

光珠君は、麗奈さんの人形に抱きついて泣いている。

「亡くなる三ヶ月前、光珠君のお客さんが勘違いして、麗奈さんに詰め寄ったんですよね。」

「はい」

「親身に話を聞いてくれる光珠君を好きになったんですよね。」

「はい」

「光珠は、私を愛しているのよって伝えに言ったようですね。麗奈さんに、言われたのですよね?本当なのか、どうなのか…。面倒だったわけじゃなかったけれど、結婚して子供もいる。愛してるのは、麗奈さんに決まっているからとちゃんと向き合えなかった。いや、向き合ったつもりだった。」

「はい」

「麗奈さんの中に落ちた僅か一滴の不安がゆっくりと広がっていった。そして、喧嘩もよくするようになった。疲れてるから、明日にしようか、大丈夫、話す言葉と態度は同じでしたか?」

「わかりません。覚えていない」

「まだ、若かったから仕方ないですよね。三津木を継いで、五年だったから忙しかったのですよね。だから、仕方ない事。だけど、永遠にお別れになるなら優しくするべきだったと後悔してるのですよね。」

「はい」

私は、光珠君に指輪のケースを差し出した。

「これは?」

「君が来たら、はめてもらいたいと言われました。お別れしてあげて下さい。」

「お別れですか?」

「はい、いい加減。麗奈さんを解放してあげて下さいよ。ウダウダと後悔をし続け、自分は幸せになってはいけないと呪い。あの時やこの時など人生にはないのです。命は一度きりで、人生も一度きりで、君があの日々で選んだ選択が間違いでも成功でも、どれを選んでも麗奈さんは死んでいます。」

バチン……

「グーで殴ってくれてよかったですよ?」

「ゐ空さん、わざとですよね?麗奈は、どれを選んだって死んでる。わかってますよ。私だって。それでも、悔やむんですよ」

「それは、誰の為にですか?」

光珠君は、涙でいっぱいの目で私を睨み付ける。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。

あとさん♪
恋愛
大恋愛での結婚後、まるまる七年経った某日。 夫は愛人を連れて帰宅した。(その愛人は妊娠中) 笑顔で愛人をわたしに紹介する夫。 え。この人、こんな人だったの(愕然) やだやだ、気持ち悪い。離婚一択! ※全15話。完結保証。 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第四弾。 今回の夫婦は子無し。騎士爵(ほぼ平民)。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 第三弾『妻の死で思い知らされました。』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。 ※2024.03.28 15話冒頭部分を加筆修正しました。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

クラスで馬鹿にされてた俺、実は最強の暗殺者、異世界で見事に無双してしまう~今更命乞いしても遅い、虐められてたのはただのフリだったんだからな~

空地大乃
ファンタジー
「殺すと決めたら殺す。容赦なく殺す」 クラスで酷いいじめを受けていた猟牙はある日クラスメート共々異世界に召喚されてしまう。異世界の姫に助けを求められクラスメート達に特別なスキルが与えられる中、猟牙にはスキルが一切なく、無能として召喚した姫や王からも蔑まされクラスメートから馬鹿にされる。 しかし実は猟牙には暗殺者としての力が隠されており次々とクラスメートをその手にかけていく。猟牙の強さを知り命乞いすらしてくる生徒にも一切耳を傾けることなく首を刎ね、心臓を握り潰し、頭を砕きついには召喚した姫や王も含め殺し尽くし全てが終わり血の海が広がる中で猟牙は考える。 「そうだ普通に生きていこう」と――だが猟牙がやってきた異世界は過酷な世界でもあった。Fランク冒険者が行う薬草採取ですら命がけな程であり冒険者として10年生きられる物が一割もいないほど、な筈なのだが猟牙の暗殺者の力は凄まじく周りと驚かせることになり猟牙の望む普通の暮らしは別な意味で輝かしいものになっていく――

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

大嫌いな聖女候補があまりにも無能なせいで、闇属性の私が聖女と呼ばれるようになりました。

井藤 美樹
ファンタジー
 たぶん、私は異世界転生をしたんだと思う。  うっすらと覚えているのは、魔法の代わりに科学が支配する平和な世界で生きていたこと。あとは、オタクじゃないけど陰キャで、性別は女だったことぐらいかな。確か……アキって呼ばれていたのも覚えている。特に役立ちそうなことは覚えてないわね。  そんな私が転生したのは、科学の代わりに魔法が主流の世界。魔力の有無と量で一生が決まる無慈悲な世界だった。  そして、魔物や野盗、人攫いや奴隷が普通にいる世界だったの。この世界は、常に危険に満ちている。死と隣り合わせの世界なのだから。  そんな世界に、私は生まれたの。  ゲンジュール聖王国、ゲンジュ公爵家の長女アルキアとしてね。  ただ……私は公爵令嬢としては生きていない。  魔族と同じ赤い瞳をしているからと、生まれた瞬間両親にポイッと捨てられたから。でも、全然平気。私には親代わりの乳母と兄代わりの息子が一緒だから。  この理不尽な世界、生き抜いてみせる。  そう決意した瞬間、捨てられた少女の下剋上が始まった!!  それはやがて、ゲンジュール聖王国を大きく巻き込んでいくことになる――

拾ったものは大切にしましょう~子狼に気に入られた男の転移物語~

ぽん
ファンタジー
⭐︎コミカライズ化決定⭐︎    2024年8月6日より配信開始  コミカライズならではを是非お楽しみ下さい。 ⭐︎書籍化決定⭐︎  第1巻:2023年12月〜  第2巻:2024年5月〜  番外編を新たに投稿しております。  そちらの方でも書籍化の情報をお伝えしています。  書籍化に伴い[106話]まで引き下げ、レンタル版と差し替えさせて頂きます。ご了承下さい。    改稿を入れて読みやすくなっております。  可愛い表紙と挿絵はTAPI岡先生が担当して下さいました。  書籍版『拾ったものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜』を是非ご覧下さい♪ ================== 1人ぼっちだった相沢庵は住んでいた村の為に猟師として生きていた。 いつもと同じ山、いつもと同じ仕事。それなのにこの日は違った。 山で出会った真っ白な狼を助けて命を落とした男が、神に愛され転移先の世界で狼と自由に生きるお話。 初めての投稿です。書きたい事がまとまりません。よく見る異世界ものを書きたいと始めました。異世界に行くまでが長いです。 気長なお付き合いを願います。 よろしくお願いします。 ※念の為R15をつけました ※本作品は2020年12月3日に完結しておりますが、2021年4月14日より誤字脱字の直し作業をしております。  作品としての変更はございませんが、修正がございます。  ご了承ください。 ※修正作業をしておりましたが2021年5月13日に終了致しました。  依然として誤字脱字が存在する場合がございますが、ご愛嬌とお許しいただければ幸いです。

処理中です...