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前世からの縁

断ち切る痛みと苦しみ

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「私ね。夢で何回もおうた人と結婚する言うて、縁談全部断ってたんよ。せやけど、その人にはもう相手がおったみたいやわ。諦めるわ。こんなに、苦しくて痛くて悲しくても、私が捨てんな。その人が、可哀想でしょ?そう思わへん?糸埜(いとの)君」

私は、ボロボロと泣き出す彼女を見つめていた。

僅かでも、能力のある者達は自分の気持ちを押さえて生きて行くのを知っている。

美百合(みゆり)もまた、それを知っていた。

「美百合(みゆり)って、今日だけでも呼んでくれへん?私も、糸埜って呼ばせてくれへん?」

「いいよ。」

髪を撫でてやりたかった。

「糸埜は、今の人と結婚したんは最近?」

「そうだね。3ヶ月になる。付き合ってからは、一年だった。」

「前世からの縁って、凄いんやね。私なんか、太刀打ちできへんわ」

「そんな事は…。」

本当は、美百合なのだ。

前世からの縁は、美百合なのだ。

スポットライトが、当たったように美百合だけが浮き上がった。

それから、ずっと千切れそうな程痛くて苦しくて、今だけでも、今だけでも、許して欲しかった。

「今だけでも、私を見て欲しいなんて、不倫女が思うことやね」

ニコって笑った目から涙が流れ落ちる。

「そんな事ないよ。美百合」

涙を拭ってやりたい手でビールを掴んで胃袋に流し込む。

私が引き寄せたせいで、美百合が苦しい想いをしたのだ。

まさか、会うとは思わなかった。

「でもね。私は、傷つけたくないから。苦しくても辛くても、頑張ってなくす。だから、ごめんね。今だけは、許して糸埜」

ボロボロと涙を流す美百合に頷いてあげる事しか出来なかった。

不倫は、悪だと罪だと思っていた。

でも、美百合に出会って知ったのだ。

前世からの濃くて太い縁の存在への気持ちに打ち勝つなど容易ではないのだ。

私一人が、頑張った所でどうにもならぬのだ。

「今日は、満月やね」

「本当だね。」

「糸埜、満月を見上げる日が、この先あったら、私の事思い出して欲しい。」

私が、口を開くよりも素早く美百合が言葉を発する。

「なーんや、冗談も伝わらんの?関西人やったら、せやな、思い出したろかしゃーなしやけどなってゆうてくれるで!それを、私がなんでやねんって突っ込むとこやんかぁー。何か、損したわ」

涙を堪えながら、饒舌に話す姿に心臓が痛くて苦しくて耐えられなかった。

「なんでやねん…」

私は、ポツリと言った。

「今ー?突っ込むとこあらへんかったし。それに、変な言い方やったよ。糸埜」

そう言って、笑った瞬間に涙がポタポタと流れ落ちた。

「美百合、ごめん。私と美百合は…。」

「やめてや。謝らんといて。何か私が、糸埜を困らせてるだけやないの。そんな風にゆわんといてよ。そんな風におもわんといてよ。」

「美百合」

立ち上がって、美百合は走って消えてしまった。

3ヶ月前なら、追いかけていただろう。

現世で、手繰り寄せた細すぎる縁。

前世からの縁に出会えば切れてしまう。

それでも、美百合は優しくて自分を押し殺したのがわかった。

能力がある美百合なら、惹かれた理由がわかっていたはずだ。

「糸埜、寝ようか?」

「二条」

二条は、私を抱き締めた。

「よく、頑張った。よく、頑張ったね。糸埜。誰も褒めてくれないなら、私が褒めてあげる。この先、何十年もこの痛みも苦しみも消えない。それでも、糸埜は今の妻をとったのだよ。辛かったら、私に話すんだよ。糸埜」

「二条」

私は、二条にしがみついて泣いた。もしもなどは、この世に存在しない。私は、初めから美百合ではない縁を引き寄せたのだ。

朝起きた瞬間から、泣いていた。

バレないように、気丈に振る舞った。

「ほな、また。三日月の皆さん」

「お気をつけて」

美百合は、二度と目を合わせなかった。

千切られる痛みを抱えながら帰宅した。

それから、半年は思うようにご飯を食べれなかった。

「三日月のもんが、そないガリガリに痩せてどないする!ふざけてるのか、糸埜」

私は、師匠に睨み付けられた。

「すみません。」

「能力のない能無しは、さっさっと子供を作れ。わかったか」

師匠に、蹴飛ばされた。

「わかっています。」

糸埜の痛みや苦しみが、身体中を駆け巡っていく。

【糸埜】

「はい」

【最後に、美百合のビジョンを見せてやろう】

あの方は、そう言って美百合さんのビジョンを見せる。

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