不思議な桜が繋いだ縁【仮】

前野友作

赦して

包丁をシュッシュッと研ぎ続けている。

「亡くなった人は、愛を贈っているんです。何故？受け取ろうとしないのですか？受け取れば、謝罪や怒りなど無意味な事を知るのですよ。」

村井美鶴(むらいみつる)は、糸埜(いとの)に包丁を向けた。

「私を殺すのは、私が村井さんにビジョンを見せた後にしてもらえますか？」

糸埜は、村井美鶴の手を取る。

「難しくないですよ。ここを切りつければ終わりますから」

糸埜は、何も恐れていない。

村井美鶴の手が震えだす。

「包丁は、少しだけ下ろしてください。」

そう言われて、おろした。

「では、失礼します。」

私は、あの日の荻野美花(おぎのみか)を流した。

赦しをこうている彼女を…。

村井美鶴の両目から、涙がボタボタと落ちた。

「すみません。では、殺していいですよ」

糸埜は、ニコリと微笑んだ。

「出来ません。美花が、あんなに赦してと言ってるのに俺は…」

村井さんの怒りが、少しだけ静まったのを感じた。

「ゆっくりでいいですから、赦してあげて下さい。そして、いつかまた私の元に来てもらえませんか？」

糸埜は、そう言って笑った。

「彼女が、私達の事を記事にしてくれますから、その時にでも」

宮部さんが、名刺を渡す。

「私の雑誌です。名前は載せませんが、私が見た事を記事にします。村井さん、伊納さん、是非読んでください。」

「これ、オカルト雑誌ですよね？」

「はい、そうです。」

伊納さんは、病院の看護士仲間がよく読んでると笑って言った。

「では、失礼します。村井さん、殺意はなくして下さいね」

糸埜の言葉に村井さんは、糸埜を見つめる。

「亡くなった人は、幸せだけを願っています。今の幸せを壊してまで復讐をされる事を望んでいませんよ。荻野さんは、村井さんを愛していました。ただ、少しだけ不本意な出来事が起きたのです。それでも、村井さんを愛していたからあの日貴方がくれたキーホルダーを取りにいったのです。」

糸埜は、ポケットからキーホルダーを取り出した。

「それは？」

「これは、貴方には触(ふ)れる事が出来ないものです。私は、荻野さんから貸してもらいました。」

村井さんが、触(ふ)れようとしても手に取れない。

「最後は、村井さんを思いながら死んでいった。それが、全てですよね？誰かに感じていようがどうだっていい。そんな肉体の戯れ言(ざれごと)を真に受けてどうするのですか？亡くなる瞬間に村井美鶴を思って死んでいった。村井美鶴だけを愛していた。それが、全てなのです。」

珍しく糸埜の、心の奥底で怒りを感じているのを感じる。

「そうですよね」

村井美鶴は、項垂れていた。

「肉体と幽体は、別の生き物です。嫌でも受け入れられる肉体と全力で拒否をする魂は違います。村井さんが信じるべきものは、荻野美花の幽体です。荻野さんは、今でも村井さんを愛し、幸せを願っている。それが、全てです。私が見せてもらったビジョンも、村井さんの元に帰らなければいけないと思う荻野さんの気持ちで溢(あふ)れていました。ただ、少しだけすれ違ったにすぎません。」

糸埜の言葉に、その場にいる全員が泣いていた。

「すれ違った代償は、大きかったのですね」

伊納さんの言葉に、糸埜は頷いた。

「だからこそ、大切にしなければならないのです。1秒にも満たない時間を大切にしなければいけないのですよ。私は、数多の幽体に話を聞いてそれを知りました。僅か、5秒で死を選んだ幽体も知っています。」

「5秒ですか？」

宮部さんが、驚いて糸埜を見つめていた。

「はい、7歳の女の子でした。母親がお前なんか消えてしまえと言った5秒後に窓から飛び降りて死にました。何も考えられなかったそうです。消える以外何も…。だからこそ、人は言葉を選ばないといけないのです。何の為に口があり言葉が話せるのですか？」

糸埜は、そう言って涙を拭った。