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前野友作

幸せなのかな?

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加奈枝を亡くした。

踠(もが)く日々の中で、俺は円香を求めていた。

成長して、大人になっていく円香。

幸せだと思いたかった。

だけど、ポッカリと寂しさが埋まらずにいる。

この冬休みが終われば、円香は俺の元を羽ばたいていくのだ。

「友作さん、何考えてるの?」

「料理、うまくなったなぁーって」

行かないでくれなんて、大人は簡単には言えないんだよ。

「よかった。すっごく、練習したんだよ」

「ありがとう。」

見えないプライドだけが、積もっていく。

「円香」

「何?」

「明日、俺がラザニア作るよ」

「うん、友作さんのラザニア大好き」

わざとらしく、する時は加奈枝の名前を呼んだ。

これは、俺のささやかな抵抗だった。

円香に何か、心を奪われていないんだって、そう刻む為の抵抗だった。

「勉強するね。受験あるから」

「うん、どうぞ」

俺は、冷蔵庫からビールを取り出して飲む。

キラキラ輝く10代の円香と、40代の俺じゃ、埋めようがないものがあるんだよ。

その空しさは、隣にいてもらっても埋まらないのを知った。

孤独だな。


俺は、隣にこんな若い女の子を座らせてビールを飲んで、やる事まですませているのに、孤独だった。

ビールを飲む。

ここにいるのが、加奈枝だったらこんな孤独は感じなかったのかな?

でも、俺は知っていた。

肌を重ねる時に、加奈枝が別の男の事を考えてるのを…。

それでも、今みたいに孤独は感じなかった。

円香が、勉強を必死でしてるのを見つめる。

受験だから、そういう円香と俺は何をしてるんだ?

先生としてのプライドまでなくしたか…

立ち上がって、またビールを取りに行く。

「友作さん、終わった」

「お疲れ様!偉いな。毎日円香は…」

「ありがとう、ココア飲んでいい?」

「お湯、自分で沸かして」

「わかった。」

優しくしてあげたかった。

でも、人間は埋められない寂しさを抱えてると優しく出来ないんだよ。

知らないだろ?

まだ、10代の円香にはわからないだろう?

時代に置いてかれて行く寂しさも、愛した人が死んだ悲しみも、手に入れたはずの幸せがこの手を羽ばたいていく痛みも…。

「できた!」

「また、激甘だろ?頭使ってるから」

「そうなの!甘々だよ」

「円香」

「何?」

「いい女になれよ。」

サヨウナラって意味を少しだけ込めながら、この言葉を毎日円香にあげようと思ったんだ。

「何それ?いい女って具体的には何?」

「さあな。俺が、放したくなくなるぐらいのいい女だよ。」

俺は、円香を引き寄せる。

「ココア飲んでからが、いい?」

「嫌だ」

「もっと、この時間がいい」

「いいだろ?」

知ってる。

円香は、このココアみたいに甘ったるい時間が好きだって

だって、肌を重ねたら円香の名前を呼ばないから…。

「わかった」

円香は、立ち上がってベッドに行く。

「顔、見せないで」

「わかってる」

嘘をついて、わざと顔を隠させる。

「加奈枝、加奈枝」

「んんっ」

泣いてるの知ってるよ。

「愛してるよ、加奈枝」

「友作さん、私も」

そう言って、消えそうな顔して笑うの気づいてる。

「ココア飲む」

円香は、泣きながら冷めたココアを飲んでる。

俺の心は、蝕まれてる。

円香を愛してるのに、円香が遠い。

その原因を作ったのが、自分だって事はわかってるんだ。

何で、加奈枝が死んだ日に加奈枝なんてなんで呼んだんだよ。

呼ばなければ、円香との時間をちゃんと幸せなものに出来ただろう?

パラパラと時間が、捲られていく。

孤独、悲しみ、痛み、苦しみ、幸せな気持ちよりも上回っている。

伊納円香(いのうまどか)への謝罪の気持ちに押し潰されそうになっている。

スライド写真のように、時間が流れる。

一日、一日を映す写真に黒い染みが広がってく。

ブワッーって、風が吹いたようにページが戻っていく。

早乙女加奈枝の笑顔が現れる。

ページは、そこでとまった。


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