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早乙女加奈枝

辛いですね

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私は、宮部さんの手をずっと握りしめていた。

宮部さんの鞄から、失礼してボイスレコーダーを取り出した。

幽体は、便利です。

念じたら、出てきてくれる。

私は、スイッチを押す。

『いつか、宮部さんがこれを見つけたら記事にしてくれませんか?どうして、私が?どうして、俺が?そんな想いを抱える人間の一人でも、救えたなら私は、嬉しく思います。』

私は、宮部さんの頭を左手で優しく撫でる。

『宮部さんと私は、現世で生まれた縁でした。それは、何と脆いことでしょうね。まだ、出来たばかりの新しい縁でした。五木結斗が、私を導き。私が自ら引き寄せた縁。それが、貴女と私です。』

私は、宮部さんを見ながら涙を流す。

『貴女の新しい縁が、見つかりましたよ。それも、前世からの縁です。私とは、違いました。その方との縁の方がとても濃いです。化け物になり知りました。新しい縁は、切れやすく脆い事を…。私と貴女のように、ただ辛く痛く苦しい想いをするだけなのですね。縁がなかった。私は、その言葉がずっと大嫌いでした。』

そう言って、宮部さんの頬を撫でる。

『私が出会ったある占い師は、不妊に悩む夫婦に縁がなかったと言い切った。私は、彼と言い合いになりました。縁がないなら、手繰りよせればいいじゃないか、ずっと私はそう思っていました。ですが、化け物になり知りました。縁がないものを手繰りよせ、現世で繋いだとしても、すぐに切られてしまう。いつか、彼の話を聞いていただけますか?宮部さん』

私は、宮部さんの手を軽く握りしめる。

『手繰りよせたい縁は、皆さんそれぞれ違います。私は、それは悪い事だと思っていません。でも、その事で苦しめられる皆さんにも会いました。これは、三日月の書物で見つけた話です。苦しい人程、前世の縁がより濃いらしいです。』

私は、涙がとめられなくなる。

『宮部さん、私は苦しむ為に貴女との縁を手繰りよせてしまったのでしょうか?そのせいで、宮部さんまで、苦しめてしまった。本当なら、宮部さんは苦しまなくてよかったのです。私と知り合って協力しても、何も感じなかったのです。なのに、私が宮部さんの縁を手繰りよせた。』

私は、宮部さんの髪を優しく撫でる。
宮部さんは、私の手を優しく握り返してくる。

『宮部さんは、察しがいい人ですね。私が、見つけて引き寄せた細い縁を見つけてくれた。自分の元にも引き寄せてくれた。だから、苦しんだのです。私は、嫌だった。宮部さんとの縁が、前世との濃い縁と出会い断ち切られる。それを恐れた私は、自ら断ち切りました。苦しませて、すみませんでした。でも、いつかきっと宮部さんにもわかってもらえる。宮部さんは、察しがいい人ですから』

私は、宮部さんの手を自分の頬に当ててしまう。

『貴女が思うより、私はいい人ではありません。私も貴女と同じ。いえ、貴女より卑しい人間。化け物ですね。』

手の甲にキスしようと思ってやめた。

『縁がないと嘆いてる誰かに届けてあげて欲しいです。現世でのこの苦しみは、前世との縁が濃いせいだと…。それを、断ち切るのは容易な事ではありません。だから、少しでも自分が欲しい形を見失わずに生きていて欲しい。伴侶がいなくとも、子を授かれなくても、友達がいなくても、同性しか愛せなくても、骨しか愛せなくても、それでも生きている事は、素晴らしい事を宮部さんが伝えてくれませんか?人との違いに嘆き苦しむ必要はないのです。』

私は、宮部さんの寝顔を見つめていた。

『叶わなくとも、愛しいと思えるものに出会えただけで、産まれてきた価値があるのですよ。叶わない事は不幸せではありません。手に入らない事は、不幸せではありません。愛してると心を揺さぶられる何かに出会えない事が不幸せなのです。私は、そうだと思っています。人でも、動物でも、幽体でも、物でも、漫画の主人公でも、小説の主人公でも、愛してると心を揺さぶられる何かに出会える事こそが幸せなのです。』

私は、宮部さんの頬を優しく撫でる。

『宮部さんは、オカルト記事を愛していましたね。素敵な人生です。誰にも遠慮などせずに生きて行ってください。そして、いつか必ず私の取材に来てくださいね。お待ちしていますから…。』

私は、そう言って笑って宮部さんを見つめた。

『愛していました。宮部さん』

ボイスレコーダーを触(ふ)れずに止めて、鞄の中に閉まった。


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