上 下
552 / 646
エピローグ【凛と拓夢の話】

広がる雑音【凛】

しおりを挟む
慌ただしく時間だけが過ぎて行った。私の心の傷や悲しみは、置き去りに進んでいく。あれから、数日が過ぎ。私は、元に戻った気がしていた。でも、龍ちゃんはきっと私の危うさを感じていたのだと思う。

「おはよう」

「おはよう、龍ちゃん」

この日、朝から私は盛大に目玉焼きを焦がしていた。

「凛、真っ黒だなー」

シャワーから上がってきた龍ちゃんがニコニコ笑って言った。

「ごめんね。龍ちゃん」

「いいよ!全然」

そう言いながら、龍ちゃんはお皿を持って行く。何も変わらない日常。よかった。あのまま、どうにかならなくて…。

『いただきます』

「うわっ、ニガイ」

私の顔を見て、龍ちゃんは笑っていた。

「我慢して食べなよ」

龍ちゃんは、笑って食べてくれる。これがいい。これだけで充分。
私の手が当たって、テレビのリモコンがついてしまった。

【女優の葛城雅美さんが妊娠しました】

そのニュースが流れて、もう動揺しなくなった心が揺れた。

パリン…

「あっ」

私は、飲もうと思った珈琲のマグカップを床に落としてしまった。

「片付けるよ、俺が…」

「いい、後でやるから」

「でも、危ないだろ?」

「大丈夫だから。それとも染みになっちゃうのを心配してる?」

「そんなのは、心配してないよ」

龍ちゃんは、そう言って私を見つめる。龍ちゃんは、妊娠の話をするテレビをパチッと消した。

「さっきの女優さん、私達と結婚したの同じなんだよ!知ってた?」

「知らないよ」

龍ちゃんは、そう言って黙々とご飯を食べていた。まだ、メンタルが不安定なのを自分でも感じていた。あっ、違う。生理だからだ。

「生理痛酷いから、薬飲もうかな」

「きついなら、そうしたらいいんじゃないかな」

『ごちそうさまでした』

タイミングよくご飯を食べ終わった。私は、立ち上がろうとする。

「待って、凛。刺さったら大変だから」

龍ちゃんは、急いでキッチンからキッチンペーパーや小さな箒や袋を持ってきた。

「いいって」

「駄目だよ」

そう言って、龍ちゃんは私の足元で珈琲カップを片付けてくれていた。消えたい、悲しい、辛い。何故かその言葉だけが頭の中をループしていた。考えないようにすればする程、それはどんどん大きくなっていく。

「終わったよ」

「ありがとう」

私は、気にしないようにした。

「じゃあ、行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい。気をつけてね」

龍ちゃんは、そう言っていなくなった。龍ちゃんがいない時間は、その雑音が頭により大きく響いた。

それからの日々をどう過ごしたかは、ハッキリと思い出せないぐらいだった。
ただ、龍ちゃんがいる時間は雑音が止んで、龍ちゃんがいなくなると広がってくのと、あの日の龍ちゃんを思ってかろうじで踏みとどまっているような感覚に近かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

社長から逃げろっ

鳴宮鶉子
恋愛
社長から逃げろっ

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

処理中です...