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拓夢の話6
可愛い人
しおりを挟む~ナーヴ視点~
「……に…ちゃん」
聖女が泣いている。
熱で顔を真っ赤にして、ポロポロと泣いている。
うなされながら、ふうふうと息苦しそうに。
熱のツラさは嫌になるくらい知っている。
傍らにある桶の冷水でタオルを濡らして、汗を拭ってやれば一瞬笑った気がした。
何で笑ったのかわからないのと、誰かと勘違いして笑ったのかが気になった。
コイツは聖女として、どこかの世界から召喚された。
捧げられる女の王族に連なる子どもがなかなか選ばれず、予定していた時期より遅くて。
「早いとこ元気になって瘴気をどうにかしてくれよ」
強く願うように、聞こえていないだろうコイツに呟く。
呼吸がさらに浅く速くなって、涙は止まらなくて。
泣くのを我慢しているようなその顔に、なんだか俺が呟いた言葉を責めているのかと思ってしまう。
「お前に俺の気持ちなんかわからないだろうな」
このまま瘴気が満ちていけば、普通に過ごせなくなる体の俺。
「お前なんか、さっさと」
と言いかけて、言葉の続きを飲み込む。
なかなか進まない聖女の勉強。魔力の感知と操作。
次の生け贄さえいて、召喚士たちの魔力が回復しきれば次を望んでもいいのではという話もあがっている。
誰もかれもどうなったっていいから、俺を生かしてくれよ。
“同じ世界に、聖女は複数存在できない”
その縛りも、次の召喚が出来ない理由になっている。
(お前なんか、さっさと死ねばいい。こんなに病気になってばかりの聖女もどきが、俺を救ってくれるなんて思えるかよ)
なのに、目の前で真っ赤な顔をして泣きながらうなされている姿に、タオルを手にしてしまった。
「……くそっ」
来るんじゃなかった。
来なきゃよかった。
チラッと横目で見たカルナークが俺を冷たい目で見ていたのが頭から離れなくたって、気にしなきゃよかったのに。
汗と涙が混ざり合って、聖女の目尻からこぼれていく。
トントンとタオルで拭い、ため息をひとつ。
(何やってんだろ、俺)
自分で自分がわからない。
どうしたい?
どうなりたい?
どうありたい?
タオルを濡らしなおし、額にのせてやると俺の手に聖女の手が重なる。
(ヤバイ。起きて、俺が来たってことを知られたくない)
手を引こうとした瞬間、薄く開いた目で涙を流しながら俺を見上げて。
「柊也兄ちゃん…、ありがと」
苦しそうなのに、嬉しそうに笑ってそう言った。
「シューヤ?」
聞いたことがない発音だ。というか、兄ちゃんってことは人の名前なんだろう?
「誰呼んでんだよ、お前」
よくわからない感情が一瞬で頭を熱くしていく。
「帰り…た……ぃ、よ」
今にも消えそうな声で、泣きながら震える声で。
悲しげに、切なげに。何度も繰り返し、帰りたいと泣いた。
うなされて寝ぼけているんだろうと思っていても、なんとなく腹が立って。
「俺はシューヤじゃない」
重ねられていた聖女の手を反対の手で握って、ベッドに軽く放る。
ポスンと鈍い音がして、ゆるく握られた形のまま投げ出された手。
「ちっせぇな、お前」
いくつなんだろう、コイツ。
カルナークやジークがコイツについていろいろ情報共有だって話していったけど、耳に入れないようにしていた。
初日に倒れて、コイツはあてにならないと決めたからだ。
無駄な情報は、いらない。
ううん…と唸って、顔を左へ向けた聖女。ふと見れば、髪の色に違和感があって。
(てっぺんだけ、黒……混じってる?)
召喚された日にベッドで会話をした時には、もっと全体的に金髪だったよな。
俺の黒髪より、すこしだけ薄く見えるけど黒に見えなくもない。
「どういうことだ? これ」
起こさないようにと、そっと黒い部分に触れてみる。
すこし汗ばんで、しっとりと水分を含んだその髪は、間違いなく黒髪が含まれている。
「このこと、他のやつらは気づいてるのか?」
黒髪に触れた指先に、一瞬痛みが走り。
「……ゴホッ」
前触れもなく、押し出すように咳が出た。
いつもの発作じゃないけれど、胸の中がザワザワして気持ちが悪い。
みんながこの部屋から出たをの確かめてから、入った俺。
もしかしたら、誰かが戻ってくるかもしれない。
(今のうちに部屋に戻ろう)
静かにドアの前に立って、ふと振り返ってベッドで眠る聖女を眺める。
「死ぬなら早く。生きるなら、早く終わらせてくれ」
息苦しさが増してきて、心の底から願うように呟いた。
そっと廊下に出て、あたりを警戒しつつ部屋へと戻る。
いつもの薬を飲み、あいつと同じように体を起こすようにして横になる。
さっきあいつに投げかけた言葉を思い出して、ため息と一緒に吐き出した言葉。
「俺の方が先に死ぬか生きるか、どっちなんだろうな。……ったく」
まるで自分が自分に投げかけた言葉みたいで、胸が痛くなる。
ああ、バカだ。バカ。俺はバカなんだ。
「キツイいのは一緒なのにな」
そう呟いて、目を閉じた。
眠れるとも眠れないとも思えず、天井を見上げていた。
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