7 / 10
七話
しおりを挟む
私の村が、はやり病に侵されていると聞いたのは、そんな時だった。
半死半生で仕事をこなしていた私の頭は、ばちんと冴えた。
「どうか治しに行かせてください」
今までなら、この頼みは通らなかっただろう。けれど、ソニアに出会い、陛下は変わった。
だから、私は村へと向かう馬車に、即日乗っていた。
皆を治して……そして、すぐに、王宮へ戻らなければ。何をしに戻るかは、むなしくて、考えたくなかった。
村が見えて目を見開く。リンゴの木が、枯れ果てていた。
あんなに、嫌いだったリンゴの木……村の象徴……それが冬のように……
――私の心に、村に対する涙の泉はないと思っていた。けれど……
村は死に体だった。倒れ伏すひとびとの、すえた臭いが、外でもこもっていた。
私は、馬車を飛び降りると、皆のもとへ向かった。
私は腕を広げ、力を放った。
倒れ伏していた人々が、動く。リンゴの木が、よみがえる。
まだ、足りない。もっともっと、力がいる……!
私は目をとじて、力をふるい、村を走り抜けた。
走って、走って、辿り着いたのは、わが家だった。村のはずれの、小さな家。リンゴの木が、ポツンと立っている――
「お母さん!」
「マリー!」
声を上げたのは、ティムだった。ティムは、ぼろいベッドに横たわる母につきそっていた。か細い、枯れ木の様な手を、そっと包んでいる。目を見開いて、それから、悲し気に顔をゆがめた。
「お母さんは!」
「マリー……」
ティムは、私の手を引き、そっと母に引き合わせた。
母は、眠ったようにこと切れていた。
「ああ……!」
私は床にへたり込んだ。
癒しの力は、死者には効かない……ティムが、私の背に、そっと手をやる。
「今しがた眠るように逝ったよ」
私は、あらん限りの声で叫んだ。同時に、涙があふれてきた。
なんてことをしてしまったんだろう。
何でこんなことになったんだろう。
「お母さん……! お母さん……! ごめんなさい……!」
「ちゃんとお別れするんだ。マリー」
ティムが、私を立たせた。そうして、そっと肩を抱き支える。
「おふくろさんは、いつだって、お前を誇りに思っていたよ」
「うそよ。私のせいで、ずっと苦労してきたんじゃない」
父が、早くに死んで、ずっと一人で私を育ててきた。私がいなければ、もっと暮らしは楽だったはずだ。
「マリーは、人をたくさん助けてるんだって嬉しそうだった」
ティムは、母の言葉をそらんじる。ティムの声が、記憶の母の声と重なる。やさしい、あたたかい……
「でもね、ティム。私はねあの子が立派だからうれしいんじゃないのよ」
「あの子が生きて、笑ってくれてる、それが一番うれしいのよ」
私は泣いた。泣いて、母にすがった。
もう泣いても帰ってこない。でも、ならこの涙はどうすればいい?
わからないから、泣くしかなかった。
ずっと泣いて泣いて……
晩に、母のなきがらを埋めた。ティムと一緒に……。
私は、祈りの言葉をつぶやきながら、リンゴの挿し木を、そっと植えた。父の木のとなりだ。
半死半生で仕事をこなしていた私の頭は、ばちんと冴えた。
「どうか治しに行かせてください」
今までなら、この頼みは通らなかっただろう。けれど、ソニアに出会い、陛下は変わった。
だから、私は村へと向かう馬車に、即日乗っていた。
皆を治して……そして、すぐに、王宮へ戻らなければ。何をしに戻るかは、むなしくて、考えたくなかった。
村が見えて目を見開く。リンゴの木が、枯れ果てていた。
あんなに、嫌いだったリンゴの木……村の象徴……それが冬のように……
――私の心に、村に対する涙の泉はないと思っていた。けれど……
村は死に体だった。倒れ伏すひとびとの、すえた臭いが、外でもこもっていた。
私は、馬車を飛び降りると、皆のもとへ向かった。
私は腕を広げ、力を放った。
倒れ伏していた人々が、動く。リンゴの木が、よみがえる。
まだ、足りない。もっともっと、力がいる……!
私は目をとじて、力をふるい、村を走り抜けた。
走って、走って、辿り着いたのは、わが家だった。村のはずれの、小さな家。リンゴの木が、ポツンと立っている――
「お母さん!」
「マリー!」
声を上げたのは、ティムだった。ティムは、ぼろいベッドに横たわる母につきそっていた。か細い、枯れ木の様な手を、そっと包んでいる。目を見開いて、それから、悲し気に顔をゆがめた。
「お母さんは!」
「マリー……」
ティムは、私の手を引き、そっと母に引き合わせた。
母は、眠ったようにこと切れていた。
「ああ……!」
私は床にへたり込んだ。
癒しの力は、死者には効かない……ティムが、私の背に、そっと手をやる。
「今しがた眠るように逝ったよ」
私は、あらん限りの声で叫んだ。同時に、涙があふれてきた。
なんてことをしてしまったんだろう。
何でこんなことになったんだろう。
「お母さん……! お母さん……! ごめんなさい……!」
「ちゃんとお別れするんだ。マリー」
ティムが、私を立たせた。そうして、そっと肩を抱き支える。
「おふくろさんは、いつだって、お前を誇りに思っていたよ」
「うそよ。私のせいで、ずっと苦労してきたんじゃない」
父が、早くに死んで、ずっと一人で私を育ててきた。私がいなければ、もっと暮らしは楽だったはずだ。
「マリーは、人をたくさん助けてるんだって嬉しそうだった」
ティムは、母の言葉をそらんじる。ティムの声が、記憶の母の声と重なる。やさしい、あたたかい……
「でもね、ティム。私はねあの子が立派だからうれしいんじゃないのよ」
「あの子が生きて、笑ってくれてる、それが一番うれしいのよ」
私は泣いた。泣いて、母にすがった。
もう泣いても帰ってこない。でも、ならこの涙はどうすればいい?
わからないから、泣くしかなかった。
ずっと泣いて泣いて……
晩に、母のなきがらを埋めた。ティムと一緒に……。
私は、祈りの言葉をつぶやきながら、リンゴの挿し木を、そっと植えた。父の木のとなりだ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説


愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
黎
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる