リンゴの木の下で

小槻みしろ

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七話

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 私の村が、はやり病に侵されていると聞いたのは、そんな時だった。
 半死半生で仕事をこなしていた私の頭は、ばちんと冴えた。
 
「どうか治しに行かせてください」
 
 今までなら、この頼みは通らなかっただろう。けれど、ソニアに出会い、陛下は変わった。
 だから、私は村へと向かう馬車に、即日乗っていた。
 皆を治して……そして、すぐに、王宮へ戻らなければ。何をしに戻るかは、むなしくて、考えたくなかった。
 村が見えて目を見開く。リンゴの木が、枯れ果てていた。
 あんなに、嫌いだったリンゴの木……村の象徴……それが冬のように……
 ――私の心に、村に対する涙の泉はないと思っていた。けれど…… 
 村は死に体だった。倒れ伏すひとびとの、すえた臭いが、外でもこもっていた。
 私は、馬車を飛び降りると、皆のもとへ向かった。
 私は腕を広げ、力を放った。
 倒れ伏していた人々が、動く。リンゴの木が、よみがえる。
 まだ、足りない。もっともっと、力がいる……!
 私は目をとじて、力をふるい、村を走り抜けた。
 走って、走って、辿り着いたのは、わが家だった。村のはずれの、小さな家。リンゴの木が、ポツンと立っている――
 
「お母さん!」
「マリー!」
 
 声を上げたのは、ティムだった。ティムは、ぼろいベッドに横たわる母につきそっていた。か細い、枯れ木の様な手を、そっと包んでいる。目を見開いて、それから、悲し気に顔をゆがめた。
 
「お母さんは!」
「マリー……」
 
 ティムは、私の手を引き、そっと母に引き合わせた。
 母は、眠ったようにこと切れていた。
 
「ああ……!」
 
 私は床にへたり込んだ。
 癒しの力は、死者には効かない……ティムが、私の背に、そっと手をやる。
 
「今しがた眠るように逝ったよ」
 
 私は、あらん限りの声で叫んだ。同時に、涙があふれてきた。
 なんてことをしてしまったんだろう。 
 何でこんなことになったんだろう。
 
「お母さん……! お母さん……! ごめんなさい……!」
「ちゃんとお別れするんだ。マリー」
 
 ティムが、私を立たせた。そうして、そっと肩を抱き支える。
 
「おふくろさんは、いつだって、お前を誇りに思っていたよ」
「うそよ。私のせいで、ずっと苦労してきたんじゃない」
 
 父が、早くに死んで、ずっと一人で私を育ててきた。私がいなければ、もっと暮らしは楽だったはずだ。 
 
「マリーは、人をたくさん助けてるんだって嬉しそうだった」
 
 ティムは、母の言葉をそらんじる。ティムの声が、記憶の母の声と重なる。やさしい、あたたかい……
 
「でもね、ティム。私はねあの子が立派だからうれしいんじゃないのよ」
「あの子が生きて、笑ってくれてる、それが一番うれしいのよ」
 
 私は泣いた。泣いて、母にすがった。
 もう泣いても帰ってこない。でも、ならこの涙はどうすればいい?
 わからないから、泣くしかなかった。
 ずっと泣いて泣いて……
 晩に、母のなきがらを埋めた。ティムと一緒に……。
 私は、祈りの言葉をつぶやきながら、リンゴの挿し木を、そっと植えた。父の木のとなりだ。
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