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序章
王宮にて2
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果ては、先の跡目争いの火種のことまで引き合いに出しての論争になり、王宮にて重臣たちは日夜議論を繰り広げ、ろうそくの火が消えることはなく、側仕えのものたちはろうそくの油を足す動きを繰り返したのである。
しかし結局、結論が「本当の子かも知れぬ」という推論に傾いたのは、逼迫する財政の問題もあり、また王が
「何人と関係を持ったなど知れぬ。お前たちがすべて差配したのではないか」
と、関係を探られ続けることに根を上げたことも多分にあろう。しかしもっともは、結局は国体の維持の為である。国の維持の為には、どうしてもフロルの加護を受けし王の血を引いた世継ぎがほしいのである。巫の国にとって。
ということで、会議が連夜の労苦を
「ひとまず今一度使いを送り、話を聞き、そうして真あるならば会ってみよう」
と雑なまとめ方をしたのも、ある種、仕方のないことでもあった。
しかし、帰ってきた使いの者がもたらしたのは、全く予想外の情報であった。
カルデニェーバ王国の辺境には、ネヴァエスタと呼ばれる森がある。この森を越えれば海へとつながる、まさしく辺境であり、またこの森自体が、ひとたび入れば出られぬという曰くつきの森である為に誰も寄りつかず、兵士も森の入り口の付近の村につけておくくらいの、とにかく人の寄りつかぬ場所であった。
「あの森に入って生きているものは、魔の生くらいである」
と言われるその森に、件のご落胤がいるという情報を聞いた時は、一同、呆れかえってしまった。カルデニェーバ王国はフロル神の加護を受ける国故に、神通力など、人智を越えた力の存在に対して疑問を抱かない。時に手厚く保護し、王宮の神官に引き立てる時すらある。一方で激しい弾圧も行う。信じているとはそういう事である。そうして、あの森に対しては、まったく後者の方であった。
「いったい使いの者は何をしていたのか」
大臣の怒りの声に再度、調査へ向かった使者と、また供に連れてこられた辺境の村の長は震え上がった。はじめの報せから森の近くのその村に、ご落胤がおわすのであろうばかりと皆、思っていたのである。此度の話の起こりが己の村である以外に何の咎のない村長は、しかし初めて受ける雲上人らの重圧に、今にも倒れんばかりであった。
とんだがせであった。あんなところにいるはずがあるまい、ともはや眉唾の話にこだわってもいられぬが、しかし、村長がほんのわずかにでも己達に期待を持たせたことは許し難い。なんぞ八つ当たりでもしよう、とそう思うのもいたしかたないという広間の空気が溢れたおりに、
「それでも一度、使いをやり、会ってみては如何か」
と言ったのは、若き宰相である。王と長らく苦楽を共にした前宰相は、流行病にて世を去った。失意の内に、王は宰相の息子に「面影あり」として、傍らにおいているのである。
何を馬鹿なという老臣、重臣たちに対し、宰相は居丈高に言い切った。
「国において、大切なのは王です。国の為に今すべき事は王の為に今すべき事は何です」
顎をついとあげて言い放つ様は、まったく異論を許さぬ気配。王の傍に控えているとなれば尚更である。王の威を借りる風情に、ぐっと重臣達は黙り込む。王は宰相に頷いた。
「うむ。余もひとまず、顔だけでも、その存在が「確か」であるかだけでも確かめたく思う」
王の意見が自分に寄ったとみても、気にせぬという風にツと目を伏せるその様。しかし王が頷いたからには、王の意である。
(憎らしいことよ)
元より名門貴族とはいえ、庶子上がりの前宰相である。他の名門貴族の重臣達は、面白からず、思うところがあった。ここにきて、子にまで大きな顔をされるとは。
まして、長年宰相の地位を預かっていたもうひとつの血筋であるレヴ家の当主、ギルムットは、あの傍らの小僧が忌々しくてならなかった。世が世なら、このギルムットが、あの地位にいたのだ。
レヴ家は、ギルムットの兄以降、貶遷された身で、しかし此度の凶報続き故に、一人でも多くの知恵役として、この度復権し、呼ばれ立てしたのである。王の側近は次々と倒れた故、いたしかたなしということであった。
しかし、尊敬する我が兄はもう死んでしまった。おしもおされぬ一族であったというのに、くだらぬ謀略に陥れられ、自分は名誉の回復もままならず。どんな名君も、周囲の人間で変わると言うが、そもそも仕えるべき「王」も、仕えるべきはずの「人々」ももはやいないのである。
しかしレヴ家を復権し、王都に戻ってきたギルムットは、王家に忠誠を捧ぎ仕えるものとして、この問いをどうにかせねばならない。その姿亡びるときまで。
此度の騒動の大元であるご落胤と聞こえし者、
「レヴ家のものが迎えよ」
との詔は、ギルムットにとって吉兆であるか、はたして神のみぞ知るところなり。
しかし結局、結論が「本当の子かも知れぬ」という推論に傾いたのは、逼迫する財政の問題もあり、また王が
「何人と関係を持ったなど知れぬ。お前たちがすべて差配したのではないか」
と、関係を探られ続けることに根を上げたことも多分にあろう。しかしもっともは、結局は国体の維持の為である。国の維持の為には、どうしてもフロルの加護を受けし王の血を引いた世継ぎがほしいのである。巫の国にとって。
ということで、会議が連夜の労苦を
「ひとまず今一度使いを送り、話を聞き、そうして真あるならば会ってみよう」
と雑なまとめ方をしたのも、ある種、仕方のないことでもあった。
しかし、帰ってきた使いの者がもたらしたのは、全く予想外の情報であった。
カルデニェーバ王国の辺境には、ネヴァエスタと呼ばれる森がある。この森を越えれば海へとつながる、まさしく辺境であり、またこの森自体が、ひとたび入れば出られぬという曰くつきの森である為に誰も寄りつかず、兵士も森の入り口の付近の村につけておくくらいの、とにかく人の寄りつかぬ場所であった。
「あの森に入って生きているものは、魔の生くらいである」
と言われるその森に、件のご落胤がいるという情報を聞いた時は、一同、呆れかえってしまった。カルデニェーバ王国はフロル神の加護を受ける国故に、神通力など、人智を越えた力の存在に対して疑問を抱かない。時に手厚く保護し、王宮の神官に引き立てる時すらある。一方で激しい弾圧も行う。信じているとはそういう事である。そうして、あの森に対しては、まったく後者の方であった。
「いったい使いの者は何をしていたのか」
大臣の怒りの声に再度、調査へ向かった使者と、また供に連れてこられた辺境の村の長は震え上がった。はじめの報せから森の近くのその村に、ご落胤がおわすのであろうばかりと皆、思っていたのである。此度の話の起こりが己の村である以外に何の咎のない村長は、しかし初めて受ける雲上人らの重圧に、今にも倒れんばかりであった。
とんだがせであった。あんなところにいるはずがあるまい、ともはや眉唾の話にこだわってもいられぬが、しかし、村長がほんのわずかにでも己達に期待を持たせたことは許し難い。なんぞ八つ当たりでもしよう、とそう思うのもいたしかたないという広間の空気が溢れたおりに、
「それでも一度、使いをやり、会ってみては如何か」
と言ったのは、若き宰相である。王と長らく苦楽を共にした前宰相は、流行病にて世を去った。失意の内に、王は宰相の息子に「面影あり」として、傍らにおいているのである。
何を馬鹿なという老臣、重臣たちに対し、宰相は居丈高に言い切った。
「国において、大切なのは王です。国の為に今すべき事は王の為に今すべき事は何です」
顎をついとあげて言い放つ様は、まったく異論を許さぬ気配。王の傍に控えているとなれば尚更である。王の威を借りる風情に、ぐっと重臣達は黙り込む。王は宰相に頷いた。
「うむ。余もひとまず、顔だけでも、その存在が「確か」であるかだけでも確かめたく思う」
王の意見が自分に寄ったとみても、気にせぬという風にツと目を伏せるその様。しかし王が頷いたからには、王の意である。
(憎らしいことよ)
元より名門貴族とはいえ、庶子上がりの前宰相である。他の名門貴族の重臣達は、面白からず、思うところがあった。ここにきて、子にまで大きな顔をされるとは。
まして、長年宰相の地位を預かっていたもうひとつの血筋であるレヴ家の当主、ギルムットは、あの傍らの小僧が忌々しくてならなかった。世が世なら、このギルムットが、あの地位にいたのだ。
レヴ家は、ギルムットの兄以降、貶遷された身で、しかし此度の凶報続き故に、一人でも多くの知恵役として、この度復権し、呼ばれ立てしたのである。王の側近は次々と倒れた故、いたしかたなしということであった。
しかし、尊敬する我が兄はもう死んでしまった。おしもおされぬ一族であったというのに、くだらぬ謀略に陥れられ、自分は名誉の回復もままならず。どんな名君も、周囲の人間で変わると言うが、そもそも仕えるべき「王」も、仕えるべきはずの「人々」ももはやいないのである。
しかしレヴ家を復権し、王都に戻ってきたギルムットは、王家に忠誠を捧ぎ仕えるものとして、この問いをどうにかせねばならない。その姿亡びるときまで。
此度の騒動の大元であるご落胤と聞こえし者、
「レヴ家のものが迎えよ」
との詔は、ギルムットにとって吉兆であるか、はたして神のみぞ知るところなり。
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