真昼の月は燃え上がる

小槻みしろ

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一章

十一話 水面下◆

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 その日も、あさきは学校に集まって、皆で劇の準備や稽古をしていた。
 演者の生徒達は、本読みと物語の把握を終え、シーンごとの稽古に入った。実際の舞台を想定した動きもつけながら、演じていく。台詞のなかった生徒達は、前もってリアクションを練習したり、アイデアを出し合ったりしていたので、彼らは生き生きと皆を導いた。演出係の生徒達はその動きを見て、演者の生徒達と、色々と案を出し合う。

「さっきのは、もっと、こう、くるっと回るとかした方がはえるんじゃない?」

 台本を片手に、演出係の岡田が、松野の登場シーンに意見する。

「だめ、だめ。彼女は、そういうイメージじゃない。彼女は、本来自分を誇示するタイプじゃないの。最初の登場での誇示は、いろんな気持ちがあってしてるの。そこを目立たせたいの」

 松野が首を振る。普段話しているときから、松野の声や動作は演劇のようになっており、真剣さが窺えた。松野は、「参加する」と決めてから、積極的に意見するようになった。あさきはそれが嬉しかった。松野の意見は頼もしかった。

「うーん。抑えつつ目立つ動きかあ」
「じゃあ、こういうのは?」

 あさきが考え込むと、岡田が、わずかに体をターンさせた。そして腕を組み、あごをついとあげて、意味ありげな視線を王と王妃の役である、坂本と北によこした。岡田の熱演に、周囲から「おお」と賛同の色をした声があがる。

「うーん悪くないけど。でも、少し違う。彼女は、国王や王妃をただ自分の都合で、恨んでいるとか、腹いせのように呪うことを楽しんでいるんでもないの。だから、あまりこう、悪役ですとわかるような身振りをつけたくないのね」
「でも、舞台映えとかもあるし」

 同じく演出係の沢が、困ったように言う。

「動かない分、衣装で工夫してもらう? マントとかあれば、それだけで目立つし」
「マントはイメージが先に出来ているから、少し。私、自分でこの役を作り上げたいの」

 松野は、何か納得がいかないようだった。譲らない松野に、岡田たちが困り顔をした。その時、あさきの手の中のスマホが震えた。設定していた時間が過ぎてしまった。前に歩み出た。

「ごめん。時間がきたから、ちょっと一回、次のシーンに行っていいかな? また話し合おう」

 あさきの言葉に、松野は眉をひそめた。申し訳なかったが、時間が押していた。

「いいわ。他に進んでちょうだい」

 台本を柏手を打つように閉じ、松野は教室の隅に行った。岡田と沢らは顔を見合わせた。あさきは、二人の肩を励ますように叩くと、声をあげた。

「じゃあ、次のシーンの役者さん。入ってください」

 早愛や坂本、北が入ってくるのを見ながら、あさきは松野の方へ歩み寄った。松野は椎名に肩を抱かれていた。

「松野。演出のこと、ちゃんとまた後で話すから」
「ほっといてよ」

 畑があさきをにらんだ。あさきはしゃがんで、自分の台本を見せた。そこには松野の意見がびっしりと書き込まれていた。

「ちゃんと考えるから。皆も、松野の気持ちわかってるよ。大事なんだよね」

 松野だけじゃない。皆、自分の役や係に対して、愛着を持っていた。松野の否定に対して以前のようにうんざりするだけでなく、共感する声もたくさんあがってきていた。 松野の言葉ひとつひとつには、松野の役への深い思い入れを感じさせた。松野はきっとこの舞台で、一人の人生を作り出したいのだろう。それなら、それが出来るように頑張りたかった。
 松野は、ゆっくりと顔を上げ、あさきを見返した。初めてのことだった。松野の不安や疑いの目をしっかり見つめ返し、頷いた。松野はまたすぐ視線を伏せてしまったが、あさきは十分だった。
 稽古の合間をぬって、あさきは他の係の活動にも顔を出した。彼らは一心に机に向かいデザインを書いたり、材料の調達の算段をつけたりしていた。

「これが、出来たところ」
「糸車、かっこいいね!」

 デザイン画を見て、あさきが感嘆の声を上げた。まず四角の線であたりをつけてから、その中に円を書いてあり、緻密で立体的だった。デザインを書いた秋田が照れくさそうに笑った。

「やっぱ、これが一番大事だから」
「あとは色だけど」
「不思議な色がいい。こういう感じ」

 谷がデザインをのぞき込んで、うーんと唸る。久岡が色鉛筆を数本持ち出し、違う紙に色を重ねて見せた。

「おー! きれい」
「いいけど。それペンキでできるか?」
「そこは、塗り方と、紙はったりして工夫すればできるんじゃない?」

 図工の得意な谷が、久岡の案をはきはきと後押しする。説得力のある様子に、皆が勢いづいた。

「早く作りたいなあ」

 秋田が言いながら大きくのびをした。あさきはノートを片手に頷く。

「すごい出来上がるの楽しみ。材料の方はどうかな。段ボールとか足りそう?」
「ああ、どうだろ。谷がいるし、大事なものはいけるとは思うんだけど」
「でも、ちょっと心配かも。大道具から、もう少しもらえるといいけど」
「わかった。聞いてみるね。ありがとう」

 あさきは礼を言ってその場を後にした。「材料」の横に「相談」と書いて、ぐるぐると丸で囲った。段ボールなどの材料は、出し物が劇になると決まってから、クラスの皆で集めている。劇のクオリティを求めるほど、集めるものも量も増える。家庭だけではなく図工の清水先生や他の学年などにも掛け合うなど、色々手を尽くしているが、目下の不安の種だった。

「太田、お疲れ。調子どう?」
「おう」

 大道具のリーダーの太田に声をかける。太田は肩越しに振り返ると、あごをしゃくった。壁一面に、段ボールやベニヤ板が並べられている。床には紙や布、デザイン案がところ狭しと広げられていた。段ボールはガムテープでつなぎ合わされ、木々や建物の形にカットされている。今田や本木が、緑の布を段ボールに貼り付けている。木原が大きな紙に書かれた絵の、線をマジックでなぞっている。

「すごい進んでるね」
「うん。あと貼って塗ったら、森は完成」
「すごいなあ」

 あさきが感心して、それらを眺める。太田は腰に手を当てて、少し得意そうに笑っている。あさきは太田に笑い返した。それから、真剣な顔になり尋ねた。

「材料の方はどう?」
「まあまあかな」
「段ボール何枚か、余ったりはしない?」

 あさきがやや遠慮がちに尋ねた。作業の様子を見れば、大体のことはわかったからだ。太田はうーんと顔をしかめて唸った。

「まだちょっとわからん。でも、きついと思う」
「そっか」
「確かに段ボール、俺らかなり食っちゃうけど。俺らも頑張ってるんだよ。あさきならわかるだろ」
「うん。わかるよ」

 太田の訴えはよくわかった。
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