王と王妃の恋物語

東院さち

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41 王と王妃の恋物語の終わり

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「後は知っての通りだ――。おれがアラーナをアルベルトの後宮に置いてきたことを知ったマリーナは、その時求婚していたエルシオンの元にいった。おれに愛想をつかしたのだと、いや、最初からマリーナはアルベルトのために頑張っていたのだと……空回りしていたのだと思った。マリーナは幸せになるだろうとわかっていたよ。エルシオンは、マリーナにしか身分を告げていなかったが、品があるだけじゃなく芯のしっかりした男だった。マリーナはいつも強くて、おれは怒られてばっかりだったけど、エルシオンは違った。マリーナを普通の女の子のようにあつかった。横から見ていてもマリーナがとても可愛らしかった……」

 身分ではなく、男としての格が違うのだとリシェール・バルサムは思った。

「けれど、お姉様はあなたのことが好きだったと言っていました。何故本当のことを言ってくれないのだと、悲しくて寂しくて、怒りが自分を覆ってしまわなければ、今もあなたの横にいたのではないかと」

 リシェール・バルサムは、ジッと自分の手を見つめていた。そこにどんな想いがあるのかアラーナにはわからなかったが、リシェール・バルサムは一度目をきつく瞑って開けたときには、穏やかな顔をしていた。

「マリーナは残酷な人だ――。でも彼女らしい――」

 これ以上、二人の想いに口をはさむことは出来ないし、してはいけないのだとアラーナは立ちあがった。

「私もあなたがお姉様の旦那様になって、本当のお兄様になるのだと思っていました」
「ああ、可愛いアラーナ。おれは沢山の嘘を吐いて、沢山君を傷つけたのに……。それでも君は優しいね。アルベルトを頼むよ。君の優しさは、アルベルトにとって最大の癒しだ」
「私は、あなたにも幸せになって欲しい――。あなたの気持ちが癒された時に、また戻ってきてくれますか?」

 跪いたリシェール・バルサムにアラーナは手を差し出した。

「もちろん、君とアルベルトのためにおれに出来る事があるのなら、いつなりと――」

 アラーナの手の甲に口付けを落としたリシェール・バルサムは、いっそ朗らかに微笑んだ。
 アラーナは、振り返らなかった。リシェール・バルサムは、一切の感情を微笑みで隠したけれど、アラーナにはわかってしまった。
 四年前、朽ちていくような心を掻き集めながら、逃げるように去ったあの時の自分と同じなのだと。

「アルベルト様――」

 アラーナは、隣の部屋で待っていてくれたアルベルトを酷く遠い存在のように感じた。そして、一歩ずつ近づいて来てくれたことで、やっとアルベルトを近くに感じることが出来た。温かい掌がアラーナの頬を包む。

「アラーナ? リシェが何かしたのか?」

 涙が止まらなかった。
 アラーナは、アルベルトに勘違いさせてはいけないと、必死に涙をとめようと思ったけれど、一度溢れてしまった寂しさや悲しさは止まることがなかった。

「いいえ、リシェール・バルサム様は、何も――。どうして、すれ違ってしまったのでしょう。私もあの人と同じ……。皆が助けてくれたから――、あなたが私を受け入れてくれたから今こうして、あなたの元であなたの体温を感じられる……」
「私が全て悪――」
「違う! 違うの、あなたのを責めているのではないのです。ただ、悲しい――……」

 リシェール・バルサムは、自身の恋がもうなくなってしまったことを知っている。それが切なかった。

「アラーナ――っ」

 アルベルトは、泣いて縋るアラーナをきつく抱いた。アラーナの悲しみや寂しさが、アルベルトにもやっと理解できたのだった。
 アラーナは、あまり自身の負の気持ちを出したりはしないから、アルベルトは知らなかった。
 こんなにアラーナは傷ついていたのだと。これほど自分を想っていてくれたのだと、やっと理解できたのだった。
 もう二度とアラーナを悲しませたりしない――。
 アルベルトは声には出さななったが、自分を戒めるように誓った。



 リシェール・バルサムには、「落ち着いたら、手紙を出すように」とアルベルトはシエラを通じて言付けた。
 国王であるアルベルトのものをかすめ取ろうとする男がいるとは思わなかったが、リシェール・バルサムのことを無罪放免すると、アラーナを軽んじていると思われかねないと、アルベルトは心配したのだ。勿論、リシェール・バルサムがアラーナにしたことは、演技も含めて、全て箝口令を敷いたのは当然のことではあったが、どこから漏れるかわからないからだ。

 リシェール・バルサムは国王の勘気に触れて、領地に戻ったというのが、周知となった。


 王と王妃の挙式が大神殿にて行われたのは、そのたった三か月後のことだった。お披露目は既に行われていたとはいえ、国を挙げての祭りである。

「もう、なんでこんな急ぐのよ。もっと挙式は素晴らしいものにしたかったのに」

 実はお祭りが大好きなシエラは、アラーナの挙式に夢を持っていたのである。

「鳩に色を塗って飛ばそうと集めていたのに! 糞が落ちたらどうするって却下されるし。大神殿に薔薇の絨毯を敷き詰めようと思っていたのに、花が足りないし! ドレスの裾を長く長くしようとしてたのに、こけたら危ないから禁止って!」

 シエラは怒っていた。悉く却下された内容に、アラーナは少しだけ却下してくれた面々に感謝した。

「でもシエラがヴェールを編んでくれたから、私はそれだけで嬉しいわ」

 長い長いヴェールは、シエラの提案だったが一人で編んだわけではない。細かすぎる糸で編んでいるため、三か月では無理だと悟ったシエラは、エレノラ達にも手伝ってもらったのである。その人数は三十人を超えていた。

「あれは、皆が手伝いたいと言ったのよ。アラーナの人徳ね」

 まるで自分のことのようにシエラは胸を張った。

「シエラがいなかったら、私は結婚なんて出来なかったわ。いつもありがとう。ずっと親友でいてね」

 アラーナが何一つ飾らずに全てを見せることが出来るのはシエラだけだった。アルベルトにだって、見せられないものをシエラには見せることが出来た。
 アルベルトに対する恋心も、嫉妬も、情けない泣き言だって。

「もちろんよ。アラーナが女でアルベルト様良かったわよね。私、あなたが異性だったら、絶対に譲らなかったわ」

 レイモンド・エンディスはどうするのだろうと思いながら、アラーナは笑った。

「私もよ」

 アラーナは後ろから抱き着いてきた慣れた香りに身体を預けて、頷いた。

「アラーナを誘惑するのは止めろ」
「あ、嫉妬深い男が来た」
「アルベルト様――」

 そっと抱きしめてくる腕にアラーナは抗わない。

「気分は悪くないか?」
「ええ、母も悪阻は軽かったと言ってましたから」
「そうか。式は短めにしてあるが、気分が悪くなったらいつでも言え。いや、もうここから抱いていこう」

 アラーナを横抱きにしてアルベルトは部屋を出そうになるので、アラーナは慌てて止めた。
 アラーナが子供を身ごもったのが分かったのは一月前だった。こうなると早めに式を予定していて良かったと思った関係者一同であった。
 道理でアルベルトが三か月後に挙式すると言ったのを宰相が止めなかったわけだと、皆が納得した。宰相の先を見通す力は健在である。

「アルベルト様、駄目です――。本当は式まで顔を合わせちゃ駄目なのに……」
「しきたりとかどうでもいい」
「アルベルト様……」

 困ったように見上げれば、アルベルトは少しだけ赤い顔をして、「そういう顔は狡いぞ」とどこか遠くを見ながらアラーナを下した。

「そういう顔ですか?」

 アラーナは、なにか顔についているのかと手で触れてみたが、特に変わった様子はなかった。

「そんな可愛い顔ってことだ――」

 アラーナの隙をついて、アルベルトが軽く触れるだけの口づけを落とした。

「はいはいはい。それは式でお願いしますね。アラーナのお願いなんですから、大人しく神殿でお待ちください」

 シッシッと、追い払うしぐさをシエラがするのでアルベルトは渋い顔で、「国王を犬並みにあつかうとか不敬罪だな」と言った。

「犬並みでしょうよ、発情期じゃあるまいし――」

 きゃああああとアラーナが声を上げてシエラを止めた。
 シエラには、アルベルトがどこでどうアラーナを抱いていたかばれているので、それ以上何かを言われることを恐れたのだった。

「シエラ、いい加減にしなさい――」
「はい、女官長様」

 シエラは母に窘められて、大人しくアラーナの身だしなみチェックに戻ったのだった。シエラは今は、アラーナの女官としてアラーナの側に控えている。

「王妃様、この度はおめでとうございます。城内のものは勿論、国中の者達がお祝いに詰めかけております。王妃様に祝福を――」

 女官長の言葉に、一同が「祝福を――」と唱和した。

「ありがとうございます。皆の祝福を嬉しく思います」

 アラーナは、父親であるアレント伯爵に手をとられ祝福を受け止めた。

「行ってきます」
「いってらっしゃいませ――」

 その日、レジエン王国に王妃が誕生した。

 歴代のレジエン王国国王の中でも有名な王(アルベルト)が片翼に選んだのは、愛らしくも優しい女性(アラーナ)であった。二人が国民にもたらしたのは各国との話しあいの上の平和と、誠実を旗幟とした民衆との絆であった。

 二人の婚礼は、国民の誰もに祝福されたという。


 馴れ初めは、国民誰もが知る『王と王妃の恋物語』という恋歌で知ることが出来る。

 王はまだ子供であった王妃に恋をした――。
 王妃は大好きな王の幸せのために城を去った――。

 本当ことだとは思っていない国民が、笑いながらお酒の席で歌うようなものだったが、それに真実が混ざっていることを知っているのは、彼らを知るものたちだけであった。

 王と王妃は、幸せに暮らしました――。

 夕暮れのレジエン王国で聞こえるいつもの歌の締めくくりは、そんなよくある一節であった。
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みんなの感想(2件)

塩パン
2021.07.10 塩パン

無事完結してよかった!
ずっと楽しみに読んでました

東院さち
2021.07.10 東院さち

ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです!!

解除
のあのあ
2021.07.03 のあのあ

すてきな物語でした。

東院さち
2021.07.03 東院さち

ありがとうございます😊 嬉しいです!

解除

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