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32 宰相は王妃のドレスを用意する
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目まぐるしく自分の未来が変わっていくのをアラーナは感じた。
「アラーナ様、申し訳ございません。お部屋を移動して頂いてもよろしいですか?」
アルベルトは、未練の残った目でアラーナを見つめ、何度も口づけを繰り返した後、ヴァレリー・マルクスに連れていかれてしまった。今日の祝賀には国民への挨拶もあるし(城の上のバルコニーから手を振るだけだが、沢山の人々が詰めかけている)、各国の有力な代表との会談もあるということで、忙しさはいつもの比ではないようだ。
アルベルトの去った後、女官長がアラーナに挨拶をしに来てくれた。やはりシエラと似てはいたが、シエラは少し身長が低めで胸などが張っているいる体型に対して、女官長はアラーナよりも少し背の高い細い人だった。パッとみただけだとこの二人を親子だと思う人はいないだろう。同じ緩やかなウェーブを描いたブルネットの髪に濃いサファイアの色の瞳だというのに、表情だけでこれほど変わるのかと思うほど、二人は個々を確立している。シエラの背の低さと胸の大きさは、父親の家系の遺伝のようだった。
「女官長様。こちらではいけないのでしょうか?」
宰相カシュー・ソダイの好意から部屋を借りているので、アラーナはそう尋ねた。
「アラーナ様、私のことは、リーザとお呼びくださいませ」
女官長であるリーザがアラーナにそう告げる意味は、一目瞭然であった。妾妃候補として過ごしていた時でもアラーナは、リーザのことを『女官長様』と呼んでいたのだから。
アルベルトの妃となることが正式に決まったのだろう――。しかし、何故こんな速くにと思わないでもない。まだアルベルトがアラーナに愛を告げてから一日も経っていないのだから。
「リーザ……。私が妃になるというのは決まっているのでしょうか?」
不安な気持ちを必死に押し殺しているのは、リーザの目からもシエラの目からもみてとれた。
「アラーナ、アルベルト様は知らないことだけど、皆あなたがアルベルト様の妃になるのを待っていたのよ。アラーナが王城に来ると先生が告げた時の皆の顔を見たかったわ」
シエラは、母親から話は聞いていたが、実際に見たわけではない。けれど、前の王の頃から仕えていた者たちは、皆アルベルトの幸せを祈っていたのだ。
アラーナが去って四年の間に貴族たちがこぞって娘を城に送り込んだのは、自身の欲のためだけではない。王に妃がいないことは、貴族たちにとっても不安材料でしかなかったのだ。幼い娘たちを送り込んできた親たちを怒りで呼び出した宰相に、「私の娘で王の子供を産めるのなら……」と涙を零したものもいたそうだ。
それだけ国王の伴侶がいない、後継が生まれていないということは、あってはならないことなのだ。
ミリアムが妾妃となったとき、本当のことを知らない者たちは本当に喜んだという。例え、それが年端のいかない少女だったとしても。
カシュー・ソダイは、アラーナが王に会いに来るということをアルベルトのいないところで告げた後、アラーナと王が気持ちを通じ合わせた時には、直ぐにでも王妃にするということを既に議会も通していた。
書類は、カシュー・ソダイの机にアルベルトが知らないまま大事にしまわれていた。後は、国王の御璽を押すだけになっていた紙を、先程執務室にヴァレリー・マルクスに連行されたアルベルトに渡され、『アラーナを王妃にする』ということは決定事項となったのだった。
妾妃となった娘が男子を産んだ時に王妃の位を授けるという決まり事も、先代の国王の異例(身体が弱い王に何人も妃は無理だった)、今回のアルベルトの異例と続いたため、妾妃を置くということ自体がなくなるだろうとカシュー・ソダイはシエラに教えていた。
アラーナの悩みは杞憂に終わるはずだと知っていながら、シエラはアラーナに何も知らない振りをして、今回の旅に着いてきたのだった。
「アルベルト様のこと好きなんでしょう?」
何も言わないままアラーナが動揺していることは、シエラにはよくわかった。
「……好きよ」
ただ自分の未来が思っていないかった方向へ急速に進んでいくので、不安になってしまうのだった。
「ねぇ、アラーナ。あなたが不安なのは、アルベルトの様のこと? それとも王妃になるということ?」
シエラはいつものように、アラーナの手を握って尋ねた。
「……アルベルト様のことは信頼していいと思っているわ。でも私じゃ王妃なんて務まらないと思うの」
けれど、それをアルベルトに言えば、アルベルトが王を辞めてしまうというだろう。
「何故?」
「私はお姉様のようなカリスマ的なものを持っていないし、強くもないわ……。きっと迷って迷って、皆をイライラさせると思うの」
グラスエイト伯爵として、沢山のことをやってきたけれど、いつも誰かが助けてくれないと出来なかった。『何故そんなこともわからないのですか』と言われたこともある。『女のくせに』と吐き捨てるように言われたこともある。きっと姉(マリーナ)ならば、皆が笑顔で計画も行き詰まることもなく、やっていけたのではないだろうか。
「アラーナ、人と比べても仕方ないってわかっているでしょう? あなたにはあなたのいいところが沢山あるわ。強くなくてもいいじゃない。迷っても大丈夫よ。イライラなんてしないわ。だって、あなたは辛抱強くて、強引に人を動かすんじゃなくて、納得してくれるまで丁寧に説明できる忍耐力もあるじゃない。私も、グラスエイトの皆だって、あなたのその姿勢に何度感動したかわからないわ。だから、今のグラスエイトは、あなたが来た当初の何倍も素敵な土地になったじゃないの。私はずっと見てたわ。だから、自信をもって、あなたが王妃になってくれたら嬉しいと言えるわ」
にっこりと微笑むシエラの顔に嘘は欠片も見つからなかった。握られた手を握り返して、アラーナは、緩々と息を吐いた。詰めていたものがそれによってほぐれていくようだった。
「シエラの言うことなら、信じられるわ」
いつも握っていてくれるこの手を信じないわけがなかった。自分のことを信じられなくてもシエラのことなら信じられる。
アラーナは、シエラの目にも鮮やかに微笑むのだった。
アラーナが通されたのは朝逃げ出してきた王と王妃の寝室の横にある王妃の部屋だった。何故だかとっても落ち着くのは、大好きなローズマリーの匂いがするからだろうか。瀟洒な部屋というよりは大人向けの可愛らしさというような雰囲気だった。花瓶には、アルベルトから贈られた花が生けられていた。
あの時、お風呂に似つかわしくなかった正装は、アルベルトが求婚のためにわざわざ着替えてきたのだと、今更気付いてクスッとアラーナは思い出し笑いをしてしまった。
「アラーナ? 気に入ってくれた?」
「ええ。シエラが用意してくれたの?」
シエラが大きな胸を張って、そうだと頷く。
「ありがとう。なんだか自分の部屋にいるみたいだわ」
シエラは、アラーナを椅子に座らせて髪を梳いた。
「そう言ってもらえると頑張ったかいがあるわ。何を笑っていたの?」
幾人かの侍女がアラーナの夜の準備をしているので、アラーナはシエラにだけ聞こえるような声で「アルベルト様が求婚してくださったのが、お風呂場だったの。あの花をみたら思い出してしまって。私は裸なのに、ご自分だけ正装なんだもの。侮辱しているのかと思ったわ」と告げた。
「まぁ……」
驚きと呆れの籠った声で、シエラはなんとかそれだけを返した。
「アルベルト様って……いつでも冷静だと思っていたのだけれど」
「それは間違いよ。アルベルト様は、どちらかというと熱血というか感情の起伏が激しい方よ。為政者としてそれはどうかと思っているから、冷静であれと諫めてらっしゃるけど」
アルベルトは閨の中では優しいけれど、とても積極的だったように思う。けれど、アラーナも他がどうだとか知らないので、ああいうものであると思っていたが、そうではないのかもしれないと思いなおした。
「あっ。アラーナ……」
シエラが慌てて部屋を出ていくのを見ながら、シエラが直前に見ていた首筋に視線を移し、鬱血の後をいくつも見つけてしまってアラーナは絶句した。
「アルベルト様……」
思わず恨めし気に名を呼んでしまう。
「陛下は……まぁ……」
やってきたリーザも思わず声を失ってしまうほどで、アラーナは真っ赤になりながら項垂れた。
「いっそ、これが寵愛の証だということで……」
「無理無理無理! アラーナは、そんな見せつけるとか出来ないから。強情なところだってあるんだから、部屋から出ないわよ」
リーザの無茶ぶりをシエラが止めてくれて、アラーナはホッとした。
「ドレスを変更いたしましょう」
侍女の一人がいくつかドレスを持ってきてくれて、アラーナはその数の多さと煌びやかさに驚いた。
「これは、私のために?」
「ええ。先生が、お祝いにって」
シエラがニッコリと笑う。
「宰相閣下に足を向けて眠れないわ」
アラーナは、そのうちの一枚に目を奪われた。
「これ……」
真っ白なドレスは、総刺繍にキラキラと光る小さな宝石や真珠のついた豪華なものだった。そのドレスの刺繍を見て、アラーナは思わず声を上げた。
丁寧な刺繍は、複雑な円と花柄を描いている。家庭円満になぞって結婚のときに着るものだ。柄は違っているが、アラーナが切り裂いたドレスに似ていた。
震える手で、アラーナはその光沢をなぞる。
「アラーナのためにもう一度作りたいって、あの時のクチュリエ達が先生に言ったそうなの。アラーナが結婚するときにもう一度作らせてほしいって――」
アラーナが国王であるアルベルトと結婚するとは思っていなかっただろうに。
声を詰まらせて、「怒っていても不思議じゃないのに……、ありがとうございます」と長い間会っていないクチュリエ達にお礼を言った。
アラーナの気持ちを知るもの達ばかりだったこともあり、クスンッと鼻をすするような声が部屋に満ちた。
シエラは、パンパンと手を叩き、「しんみりしている場合じゃないわよ。ドレスを選んで、エステして、アラーナをピカピカの王妃に仕上げてちょうだい」と自身も泣いているくせに皆を鼓舞し、真っ白なドレスの横にあった若草色のドレスを手に取った。
これならば胸元も鎖骨あたりまで隠れているし、腕も肘下まで出ない。背中もドレスと一体化した同じ生地のマントがついていて背中が隠れている。金のラインと濃い緑がアクセントとなり、豪華で優雅である。何よりアラーナの新緑の瞳と気品のある金の髪(と侍女は認識している)に合っている。アラーナのために用意してあった首飾りにもぴったりだった。
こんな身体を可能な限り隠すドレスを作っていた宰相カシュー・ソダイの慧眼にシエラもリーザも思わずため息を吐いた。
アルベルトに見初められたというより、カシュー・ソダイに目をつけられた時点でアラーナの未来は決まっていたのだろうと二人は思うのだった。
「アラーナ様、申し訳ございません。お部屋を移動して頂いてもよろしいですか?」
アルベルトは、未練の残った目でアラーナを見つめ、何度も口づけを繰り返した後、ヴァレリー・マルクスに連れていかれてしまった。今日の祝賀には国民への挨拶もあるし(城の上のバルコニーから手を振るだけだが、沢山の人々が詰めかけている)、各国の有力な代表との会談もあるということで、忙しさはいつもの比ではないようだ。
アルベルトの去った後、女官長がアラーナに挨拶をしに来てくれた。やはりシエラと似てはいたが、シエラは少し身長が低めで胸などが張っているいる体型に対して、女官長はアラーナよりも少し背の高い細い人だった。パッとみただけだとこの二人を親子だと思う人はいないだろう。同じ緩やかなウェーブを描いたブルネットの髪に濃いサファイアの色の瞳だというのに、表情だけでこれほど変わるのかと思うほど、二人は個々を確立している。シエラの背の低さと胸の大きさは、父親の家系の遺伝のようだった。
「女官長様。こちらではいけないのでしょうか?」
宰相カシュー・ソダイの好意から部屋を借りているので、アラーナはそう尋ねた。
「アラーナ様、私のことは、リーザとお呼びくださいませ」
女官長であるリーザがアラーナにそう告げる意味は、一目瞭然であった。妾妃候補として過ごしていた時でもアラーナは、リーザのことを『女官長様』と呼んでいたのだから。
アルベルトの妃となることが正式に決まったのだろう――。しかし、何故こんな速くにと思わないでもない。まだアルベルトがアラーナに愛を告げてから一日も経っていないのだから。
「リーザ……。私が妃になるというのは決まっているのでしょうか?」
不安な気持ちを必死に押し殺しているのは、リーザの目からもシエラの目からもみてとれた。
「アラーナ、アルベルト様は知らないことだけど、皆あなたがアルベルト様の妃になるのを待っていたのよ。アラーナが王城に来ると先生が告げた時の皆の顔を見たかったわ」
シエラは、母親から話は聞いていたが、実際に見たわけではない。けれど、前の王の頃から仕えていた者たちは、皆アルベルトの幸せを祈っていたのだ。
アラーナが去って四年の間に貴族たちがこぞって娘を城に送り込んだのは、自身の欲のためだけではない。王に妃がいないことは、貴族たちにとっても不安材料でしかなかったのだ。幼い娘たちを送り込んできた親たちを怒りで呼び出した宰相に、「私の娘で王の子供を産めるのなら……」と涙を零したものもいたそうだ。
それだけ国王の伴侶がいない、後継が生まれていないということは、あってはならないことなのだ。
ミリアムが妾妃となったとき、本当のことを知らない者たちは本当に喜んだという。例え、それが年端のいかない少女だったとしても。
カシュー・ソダイは、アラーナが王に会いに来るということをアルベルトのいないところで告げた後、アラーナと王が気持ちを通じ合わせた時には、直ぐにでも王妃にするということを既に議会も通していた。
書類は、カシュー・ソダイの机にアルベルトが知らないまま大事にしまわれていた。後は、国王の御璽を押すだけになっていた紙を、先程執務室にヴァレリー・マルクスに連行されたアルベルトに渡され、『アラーナを王妃にする』ということは決定事項となったのだった。
妾妃となった娘が男子を産んだ時に王妃の位を授けるという決まり事も、先代の国王の異例(身体が弱い王に何人も妃は無理だった)、今回のアルベルトの異例と続いたため、妾妃を置くということ自体がなくなるだろうとカシュー・ソダイはシエラに教えていた。
アラーナの悩みは杞憂に終わるはずだと知っていながら、シエラはアラーナに何も知らない振りをして、今回の旅に着いてきたのだった。
「アルベルト様のこと好きなんでしょう?」
何も言わないままアラーナが動揺していることは、シエラにはよくわかった。
「……好きよ」
ただ自分の未来が思っていないかった方向へ急速に進んでいくので、不安になってしまうのだった。
「ねぇ、アラーナ。あなたが不安なのは、アルベルトの様のこと? それとも王妃になるということ?」
シエラはいつものように、アラーナの手を握って尋ねた。
「……アルベルト様のことは信頼していいと思っているわ。でも私じゃ王妃なんて務まらないと思うの」
けれど、それをアルベルトに言えば、アルベルトが王を辞めてしまうというだろう。
「何故?」
「私はお姉様のようなカリスマ的なものを持っていないし、強くもないわ……。きっと迷って迷って、皆をイライラさせると思うの」
グラスエイト伯爵として、沢山のことをやってきたけれど、いつも誰かが助けてくれないと出来なかった。『何故そんなこともわからないのですか』と言われたこともある。『女のくせに』と吐き捨てるように言われたこともある。きっと姉(マリーナ)ならば、皆が笑顔で計画も行き詰まることもなく、やっていけたのではないだろうか。
「アラーナ、人と比べても仕方ないってわかっているでしょう? あなたにはあなたのいいところが沢山あるわ。強くなくてもいいじゃない。迷っても大丈夫よ。イライラなんてしないわ。だって、あなたは辛抱強くて、強引に人を動かすんじゃなくて、納得してくれるまで丁寧に説明できる忍耐力もあるじゃない。私も、グラスエイトの皆だって、あなたのその姿勢に何度感動したかわからないわ。だから、今のグラスエイトは、あなたが来た当初の何倍も素敵な土地になったじゃないの。私はずっと見てたわ。だから、自信をもって、あなたが王妃になってくれたら嬉しいと言えるわ」
にっこりと微笑むシエラの顔に嘘は欠片も見つからなかった。握られた手を握り返して、アラーナは、緩々と息を吐いた。詰めていたものがそれによってほぐれていくようだった。
「シエラの言うことなら、信じられるわ」
いつも握っていてくれるこの手を信じないわけがなかった。自分のことを信じられなくてもシエラのことなら信じられる。
アラーナは、シエラの目にも鮮やかに微笑むのだった。
アラーナが通されたのは朝逃げ出してきた王と王妃の寝室の横にある王妃の部屋だった。何故だかとっても落ち着くのは、大好きなローズマリーの匂いがするからだろうか。瀟洒な部屋というよりは大人向けの可愛らしさというような雰囲気だった。花瓶には、アルベルトから贈られた花が生けられていた。
あの時、お風呂に似つかわしくなかった正装は、アルベルトが求婚のためにわざわざ着替えてきたのだと、今更気付いてクスッとアラーナは思い出し笑いをしてしまった。
「アラーナ? 気に入ってくれた?」
「ええ。シエラが用意してくれたの?」
シエラが大きな胸を張って、そうだと頷く。
「ありがとう。なんだか自分の部屋にいるみたいだわ」
シエラは、アラーナを椅子に座らせて髪を梳いた。
「そう言ってもらえると頑張ったかいがあるわ。何を笑っていたの?」
幾人かの侍女がアラーナの夜の準備をしているので、アラーナはシエラにだけ聞こえるような声で「アルベルト様が求婚してくださったのが、お風呂場だったの。あの花をみたら思い出してしまって。私は裸なのに、ご自分だけ正装なんだもの。侮辱しているのかと思ったわ」と告げた。
「まぁ……」
驚きと呆れの籠った声で、シエラはなんとかそれだけを返した。
「アルベルト様って……いつでも冷静だと思っていたのだけれど」
「それは間違いよ。アルベルト様は、どちらかというと熱血というか感情の起伏が激しい方よ。為政者としてそれはどうかと思っているから、冷静であれと諫めてらっしゃるけど」
アルベルトは閨の中では優しいけれど、とても積極的だったように思う。けれど、アラーナも他がどうだとか知らないので、ああいうものであると思っていたが、そうではないのかもしれないと思いなおした。
「あっ。アラーナ……」
シエラが慌てて部屋を出ていくのを見ながら、シエラが直前に見ていた首筋に視線を移し、鬱血の後をいくつも見つけてしまってアラーナは絶句した。
「アルベルト様……」
思わず恨めし気に名を呼んでしまう。
「陛下は……まぁ……」
やってきたリーザも思わず声を失ってしまうほどで、アラーナは真っ赤になりながら項垂れた。
「いっそ、これが寵愛の証だということで……」
「無理無理無理! アラーナは、そんな見せつけるとか出来ないから。強情なところだってあるんだから、部屋から出ないわよ」
リーザの無茶ぶりをシエラが止めてくれて、アラーナはホッとした。
「ドレスを変更いたしましょう」
侍女の一人がいくつかドレスを持ってきてくれて、アラーナはその数の多さと煌びやかさに驚いた。
「これは、私のために?」
「ええ。先生が、お祝いにって」
シエラがニッコリと笑う。
「宰相閣下に足を向けて眠れないわ」
アラーナは、そのうちの一枚に目を奪われた。
「これ……」
真っ白なドレスは、総刺繍にキラキラと光る小さな宝石や真珠のついた豪華なものだった。そのドレスの刺繍を見て、アラーナは思わず声を上げた。
丁寧な刺繍は、複雑な円と花柄を描いている。家庭円満になぞって結婚のときに着るものだ。柄は違っているが、アラーナが切り裂いたドレスに似ていた。
震える手で、アラーナはその光沢をなぞる。
「アラーナのためにもう一度作りたいって、あの時のクチュリエ達が先生に言ったそうなの。アラーナが結婚するときにもう一度作らせてほしいって――」
アラーナが国王であるアルベルトと結婚するとは思っていなかっただろうに。
声を詰まらせて、「怒っていても不思議じゃないのに……、ありがとうございます」と長い間会っていないクチュリエ達にお礼を言った。
アラーナの気持ちを知るもの達ばかりだったこともあり、クスンッと鼻をすするような声が部屋に満ちた。
シエラは、パンパンと手を叩き、「しんみりしている場合じゃないわよ。ドレスを選んで、エステして、アラーナをピカピカの王妃に仕上げてちょうだい」と自身も泣いているくせに皆を鼓舞し、真っ白なドレスの横にあった若草色のドレスを手に取った。
これならば胸元も鎖骨あたりまで隠れているし、腕も肘下まで出ない。背中もドレスと一体化した同じ生地のマントがついていて背中が隠れている。金のラインと濃い緑がアクセントとなり、豪華で優雅である。何よりアラーナの新緑の瞳と気品のある金の髪(と侍女は認識している)に合っている。アラーナのために用意してあった首飾りにもぴったりだった。
こんな身体を可能な限り隠すドレスを作っていた宰相カシュー・ソダイの慧眼にシエラもリーザも思わずため息を吐いた。
アルベルトに見初められたというより、カシュー・ソダイに目をつけられた時点でアラーナの未来は決まっていたのだろうと二人は思うのだった。
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