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ユーリとダンスを
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「パーティって初めてです。ダンスの練習しましたけど、足踏まないかな……」
ユーリアスに与えられた離宮はリカルドサイドからエカテおばさん、ウィスランドサイドからは母のブリギットが合同で整えてくれた。どちらも城の規則や調度品などに精通しているので安心して任せられる。ユーリアスの部屋を真ん中にして二人の部屋を配置しているが、ほとんど使うことがないので適当にといっておいたが、二人の意気込みは侍女も巻き込み、美しく整えられた部屋ができあがっていた。
そのユーリアスの部屋でウィスランドは部屋の主の心細げな呟きを聞いた。
「ユーリは上手に踊っていましたよ。昨日の練習でも私の足は無事ですし。もしかして緊張していますか?」
ユーリアスはペロっと舌を出して笑った。
「緊張しています。でも二人が側にいてくれるのでなんとか。本番でも足を踏まれないように祈っててください」
「いくら踏んでも大丈夫だ。なんなら足の上に乗せたまま踊ろうか」
「ダンスを教えてくれたブリギット様がガッカリしますよ」
リカルドが提案すると、目を瞠ったユーリアスはプッと笑ってそう言った。緊張がほどけたようで良かったとウィスランドはユーリアスにヴェールをかぶせた。
「さっきのヴェールと違うんですね」
お披露目では白のヴェールだったが、今度のものは薄い青色である。銀糸で縫い付けられた魔法と魔法陣は護りのためにウィスランドが夜なべして刺したものである。ウィスランドの趣味は装飾品の加工と魔法を縫い付けるための刺繍である。
「パーティでは私の色の服を着てもらいますからね。張り切って作りました」
「ウィスが作ったんですか?」
「縫製はプロの方ですよ」
リカルドの目の色が青でウィスランドの目の色が青紫なので、ユーリアスのカラーも青になった。着ているものは男性が着ることの多い夜会服を貴実仕様にしたものでレースが多く使われた柔らかな素材のものだ。膝の下まで上着があるので一見ドレスに見えないこともない。
「ヴェール、視界が全然変わりませんね」
不思議そうにユーリアスは目の前のヴェールを触る。
「そういう魔法が掛けられていますからね。ちなみに勝手にヴェールをとろうとしたら……バチッと火花が散ります」
「俺が驚きますよ」
「あなたには一ミリも傷などつけませんから安心してください。普通、ヴェールをとろうなんて人はいないので大丈夫でしょう」
そうですねとユーリアスは頷く。火花が散るだけではないけれど、それは内緒にしておこうとウィスランドは思った。
「そろそろ時間だな」
「エスコートはどっちがいいですか?」
リカルドとウィスランドの視線が交差して火花が散った。
首を傾げて、ユーリアスは左手をウィスランドへ向け、右手をリカルドへ向けた。
「選ばないと駄目ですか?」
そう言われれば、二人は目尻を下げて「「これでいい」」と言う他はなかった。もちろん異論などあるわけがない。
元々今日はウィスランドがユーリアスの伴侶としてエスコートする予定だったので、リカルドと話した時はウィスランドがエスコートすることになっていた。まさか三人一緒に誓いをたてることになるとは思わなかったからだ。
ユーリアスの度胸というか土壇場での決断力を見誤っていたとウィスランドも認めざるをえない。
お披露目を終えた貴実は、その後で伴侶を選ぶか選定候が選んだものを伴侶とするため、貴族の大半は城にやってきて希少な貴実に認識されるように振る舞う。話しかけたり、ダンスの相手に名乗り出たり。
お披露目の後のパーティで、貴実は引く手数多の状態になるのだ。
ところがユーリアスは既に伴侶を二人も選んでいる。ウィスランドを左に、リカルドを右に連れてあらわれ、ダンスが始まると一度ずつ踊った後は主賓のための席でパーティを眺めているだけだった。少しでも近づきたいと願う貴族はガッカリと肩を落とした。
「お腹空きませんか?」
「王宮のお菓子が食べたい!」
意欲に漲ったユーリアスの願いを叶えるために、ウィスランドは席を外した。
「リカルド、私の弟に紹介してくれないか」
ウィスランドを苦手としている国王の息子、フレッドだ。ウィスランドが席を外した瞬間を狙って来たのが丸わかりである。無謀にもリカルドをライバル視している勘違い野郎で、ウィスランドの嫌いな馬鹿の一人だった。お菓子を吟味しながらウィスランドは早く戻ろうと急いだ。
ウィスランドが戻ればそそくさと消えることがわかっている。リカルドは無敵なせいか鷹揚というか、穏やかというか、あまり張り合ったり喧嘩を売ったり買ったりすることがないから王子としてフレッドを認めていると思っているのだ。
「弟? ああ、そう言えばお前は国王の息子だったな」
リカルドは本当に忘れていたのだろう。それもそのはずで、フレッドは竜種としても政を行う王族としても未熟でお粗末。それなのに態度と自己評価だけは人一倍高い。
「リカルド、父上が許してるとはいえ、その態度はいかがなものか」
「リド、この人はどなた?」
ユーリアスも知っているはずだ。ブリギットから王族の説明を簡単にだが受けている。何も知らない無垢な貴実を演じるユーリアスにフレッドは笑みを浮かべて近寄る。
「そなたも今日がお披露目だということをわかっていないのか? 例え不細工だったとしても、もったいぶってヴェールなど……」
フレッドはユーリアスのヴェールに手を伸ばした。掴んだかと思った瞬間、火花が散った。
リカルドが剣を抜いて切りつけたのと同時だったこともあり、リカルドの剣が火を放ったように見えたかもしれない。
「きゃあ!」
悲鳴が上がって、ユーリアスの側にいた男女が幾人か倒れた。竜種は男だけがもつわけではない。倒れたのは弱い竜種の血を持つものだろう。竜種は上位の竜種の気配に聡い。リカルドの放った気迫に飲まれて倒れたのだ。
フレッドはその場から消えていた。フレッドの金の髪だけが散らばってそこに落ちていた。
「ええっ! 消えたよ。リドが破壊しちゃった?」
ヴェールをしていても、ユーリアスの驚愕は伝わった。これには本当に驚いている。火花が散るとしか教えていなかったからだろう。
「私は髪を切っただけだ」
国王の息子の髪を切るのはいいのだろうかと悩んでいるユーリアスの前に、ウィスランドはお菓子を載せた皿を置いた。
「わぁ! 美味しそう! じゃない。あの人どこへいったの? リドじゃないならウィスでしょう?」
無垢で無害な貴実を演じるとユーリアスは決めたのだろう。ユーリアスは愚鈍ではない。孤児院で子供達に兄として接していたせいもあるだろうが、人付き合いは面倒がらないし、人となりを把握することにも慣れている。ユーリアスを殺しかけた下級使用人の総轄長達のような小狡い悪党はユーリアスの側にいなかったようで、その対応は難しかったようだが。今はそういう人間もいると知った上で、王族や貴族の反応を確かめているのだろう。
「私が何かをしたわけじゃありませんよ。ヴェールに縫い込んだ魔法が発動しただけです」
「ウィスランド、フレッド様をどこへやったの」
ブリギットは息子を疑っているようだ。側の貴賓席にいた王族が何人か血相をかえてやってきた。周りは倒れた人達を運ぶものと近衛騎士達が騒然としている。
「まさかヴェールを勝手にとろうとするなんて……、そんな野蛮な王子がいるとおもっていなかったので」
「どこへやったの?」
「ウィスランド様、いくらあなたでも――」
フレッドの護衛に睨まれても痛くも痒くもない。悪いのは礼儀を護らなかった馬鹿王子だ。
「王族となられたユーリアス様のヴェールをとろうとした無礼は謝らず、こちらを非難されても困りますね」
「もしかして、クラーケンの巣に移動する魔法陣?」
ユーリアスはレイフに使った魔法陣をえていたようだ。
「「クラーケン?」」
フレッドの母である王妃が悲鳴を上げた。
「大丈夫だ、クラーケンは我々白鷲騎士団が数を減らした。それほど苦戦しないはずだ」
クラーケンを全て排除すると他の幻獣が寄ってくるので、殲滅することはない。
リカルドはフレッドがどこへ行ったかわかっているのに、平気な顔で嘯く。
「リカルド、フレッドは泳げません。助けてください」
王妃は祈るようにリカルドを見つめた。ウィスランドに言っても無駄だとわかっているからだろう。
「……クラーケンではありませんよ。姫のヴェールを取ろうとする人物がいるとは思いませんでしたけど、一応警告として城の中庭にある噴水にでるようにしてあります」
「中庭?」
「ええ、竜の石像のあるところです」
フレッドの護衛が慌ただしく駆けていく。
「ウィスランド、人に魔法を使って良いと思っているのですか!」
クラーケンの巣に放り込まれたのではないと知った安堵からか、王妃はウィスランドを非難した。ウィスランドが人に向かって魔法を使って良いのはリカルドが相手の時だけだ。
「王妃様、ウィスランドはフレッドに魔法をつかったのではありません。本来なら誰も手を触れることのない場所に魔法陣を描いていただけです」
「そんなことは詭弁です!」
「……私の伴侶に手を出して、その程度ですませたと言っているのです。髪ではなく、ユーリに触れた指を切り落とすべきでしたか」
ヒィと王妃は顔色を変えた。
リカルドの目に底冷えするような気配を感じて、周りはゴクリと息を飲んだ。
ウィスランドでさえ、背中がゾクゾクとして回れ右したい気分なのだ。
微睡むトカゲのように大人しいリカルドの尾っぽを踏みつけたら竜だったと気付いたのだろう。竜種としては逃げたいが、ウィスランドの気持ち的には叫びたくなるくらい気分がよくなった。
大人しく、自分に掛けられる重責を淡々とこなし、文句も言わないリカルドをウィスランドは歯がゆく思っていたからだ。それを当然と思う人々に怒りを感じてもリカルドが平気な顔をしているから何も言えず。
「リカルド、それくらいで許してやってくれ。この先、誰もお前達の伴侶に手を触れることはあるまい。リカルドはユーリアスを伴侶として迎え、ウィスランドをユーリアスの伴侶と認めたのだ。それがどういうことか、わからないものはこの国を去れ」
国王の言葉に王妃は項垂れた。竜種の頂点である国王の伴侶としての分別を思い出したのだろう。
「ユーリアス様、息子の無礼をお許しください」
「王妃様、お気になさらないでください。リドも怖い顔は止めてください。ほら、お菓子を差し上げますから」
ユーリアスはうろたえている。リカルドの怒りがそこまでとは思っていなかったのだろう。ウィスランドが運んできたお菓子をフォークでさしてリカルドの口の前に運んで「あーん」と言っている。可愛い、可愛すぎる。
「ん……甘いな」
リカルドの感想に、きっとこの緊張した場面を息を殺して見守っていた面々は多分「お前が甘すぎる」と心の中で叫んでいる。
「いいですね。ユーリ、私にもください」
椅子に座って口を開けると、ユーリアスはどれにしようかと迷ってから私の好きなブルーベリーの乗った一口大のケーキを選んだ。
「どうかな?」
「さすがユーリ。私の好物です。でもお菓子はあなたの作ってくれたものが一番です」
そう言うと「フフッ」と嬉しそうな声を出す。それだけで空気が変わった。
「ユーリアスはお菓子作りが得意だと聞いたが、わしにも今度食べさせてほしいな」
「はい、陛下も甘い物が好きなんですね」
「ああ、王妃もお菓子作りが好きで、昔はよく作ってくれたものだ」
肩を抱いた国王に王妃は頷いた。
「ユーリアス、フレッドのことはごめんなさいね。今度一緒にお菓子を作りましょう。わたくし、クッキーを作るのが得意なのよ」
自分の役割を思い出した王妃は、ユーリアスに向かって笑いかけた。息子の心配をしすぎて視界の狭くなっていた王妃だが、元々は竜種の頂点であった国王の伴侶に選ばれるだけの器量をもった貴実だ。ユーリアスのいい先生になるだろう。
「ユーリのクッキーもなかなかのものですよ」
自慢すると、王妃は驚いたようにウィスランドを見つめた。
「まぁ、あなたもそんな風に笑えるのね」
一言多いです。
「ウィスの笑顔はとても素敵なんです」
ユーリアスがいてくれるから笑顔を浮かべられる。リカルドがいてくれるから好きに進むことができる。
「ウィスが照れているぞ」
リカルドは笑いながら、ウィスランドの頬を突いた。
「うるさいです」
最近は何故か頬が痛い。筋肉痛だと思う。こんなに頬の筋肉を酷使したことなどなかったからだ。
ウィスランドは青紫の瞳を細め、もう一度ユーリアスの手を握った。
「ユーリ、仕切り直しです。ダンスを踊ってください」
ヴェールで見えないのに、ユーリアスの顔がどうなっているかわかる。
「はい」
ウィスランドに微笑みかけるユーリアスをリカルドが手を振って見送る。きっとこの後リカルドとも踊るのだろう。
「ユーリ、愛してます」
「ウィス、俺も。――愛してます」
ユーリアスの言葉に胸の奥が震える。伴侶はどこまでも愛らしく輝いて見えて、ウィスランドの心を満たした。
ユーリアスに与えられた離宮はリカルドサイドからエカテおばさん、ウィスランドサイドからは母のブリギットが合同で整えてくれた。どちらも城の規則や調度品などに精通しているので安心して任せられる。ユーリアスの部屋を真ん中にして二人の部屋を配置しているが、ほとんど使うことがないので適当にといっておいたが、二人の意気込みは侍女も巻き込み、美しく整えられた部屋ができあがっていた。
そのユーリアスの部屋でウィスランドは部屋の主の心細げな呟きを聞いた。
「ユーリは上手に踊っていましたよ。昨日の練習でも私の足は無事ですし。もしかして緊張していますか?」
ユーリアスはペロっと舌を出して笑った。
「緊張しています。でも二人が側にいてくれるのでなんとか。本番でも足を踏まれないように祈っててください」
「いくら踏んでも大丈夫だ。なんなら足の上に乗せたまま踊ろうか」
「ダンスを教えてくれたブリギット様がガッカリしますよ」
リカルドが提案すると、目を瞠ったユーリアスはプッと笑ってそう言った。緊張がほどけたようで良かったとウィスランドはユーリアスにヴェールをかぶせた。
「さっきのヴェールと違うんですね」
お披露目では白のヴェールだったが、今度のものは薄い青色である。銀糸で縫い付けられた魔法と魔法陣は護りのためにウィスランドが夜なべして刺したものである。ウィスランドの趣味は装飾品の加工と魔法を縫い付けるための刺繍である。
「パーティでは私の色の服を着てもらいますからね。張り切って作りました」
「ウィスが作ったんですか?」
「縫製はプロの方ですよ」
リカルドの目の色が青でウィスランドの目の色が青紫なので、ユーリアスのカラーも青になった。着ているものは男性が着ることの多い夜会服を貴実仕様にしたものでレースが多く使われた柔らかな素材のものだ。膝の下まで上着があるので一見ドレスに見えないこともない。
「ヴェール、視界が全然変わりませんね」
不思議そうにユーリアスは目の前のヴェールを触る。
「そういう魔法が掛けられていますからね。ちなみに勝手にヴェールをとろうとしたら……バチッと火花が散ります」
「俺が驚きますよ」
「あなたには一ミリも傷などつけませんから安心してください。普通、ヴェールをとろうなんて人はいないので大丈夫でしょう」
そうですねとユーリアスは頷く。火花が散るだけではないけれど、それは内緒にしておこうとウィスランドは思った。
「そろそろ時間だな」
「エスコートはどっちがいいですか?」
リカルドとウィスランドの視線が交差して火花が散った。
首を傾げて、ユーリアスは左手をウィスランドへ向け、右手をリカルドへ向けた。
「選ばないと駄目ですか?」
そう言われれば、二人は目尻を下げて「「これでいい」」と言う他はなかった。もちろん異論などあるわけがない。
元々今日はウィスランドがユーリアスの伴侶としてエスコートする予定だったので、リカルドと話した時はウィスランドがエスコートすることになっていた。まさか三人一緒に誓いをたてることになるとは思わなかったからだ。
ユーリアスの度胸というか土壇場での決断力を見誤っていたとウィスランドも認めざるをえない。
お披露目を終えた貴実は、その後で伴侶を選ぶか選定候が選んだものを伴侶とするため、貴族の大半は城にやってきて希少な貴実に認識されるように振る舞う。話しかけたり、ダンスの相手に名乗り出たり。
お披露目の後のパーティで、貴実は引く手数多の状態になるのだ。
ところがユーリアスは既に伴侶を二人も選んでいる。ウィスランドを左に、リカルドを右に連れてあらわれ、ダンスが始まると一度ずつ踊った後は主賓のための席でパーティを眺めているだけだった。少しでも近づきたいと願う貴族はガッカリと肩を落とした。
「お腹空きませんか?」
「王宮のお菓子が食べたい!」
意欲に漲ったユーリアスの願いを叶えるために、ウィスランドは席を外した。
「リカルド、私の弟に紹介してくれないか」
ウィスランドを苦手としている国王の息子、フレッドだ。ウィスランドが席を外した瞬間を狙って来たのが丸わかりである。無謀にもリカルドをライバル視している勘違い野郎で、ウィスランドの嫌いな馬鹿の一人だった。お菓子を吟味しながらウィスランドは早く戻ろうと急いだ。
ウィスランドが戻ればそそくさと消えることがわかっている。リカルドは無敵なせいか鷹揚というか、穏やかというか、あまり張り合ったり喧嘩を売ったり買ったりすることがないから王子としてフレッドを認めていると思っているのだ。
「弟? ああ、そう言えばお前は国王の息子だったな」
リカルドは本当に忘れていたのだろう。それもそのはずで、フレッドは竜種としても政を行う王族としても未熟でお粗末。それなのに態度と自己評価だけは人一倍高い。
「リカルド、父上が許してるとはいえ、その態度はいかがなものか」
「リド、この人はどなた?」
ユーリアスも知っているはずだ。ブリギットから王族の説明を簡単にだが受けている。何も知らない無垢な貴実を演じるユーリアスにフレッドは笑みを浮かべて近寄る。
「そなたも今日がお披露目だということをわかっていないのか? 例え不細工だったとしても、もったいぶってヴェールなど……」
フレッドはユーリアスのヴェールに手を伸ばした。掴んだかと思った瞬間、火花が散った。
リカルドが剣を抜いて切りつけたのと同時だったこともあり、リカルドの剣が火を放ったように見えたかもしれない。
「きゃあ!」
悲鳴が上がって、ユーリアスの側にいた男女が幾人か倒れた。竜種は男だけがもつわけではない。倒れたのは弱い竜種の血を持つものだろう。竜種は上位の竜種の気配に聡い。リカルドの放った気迫に飲まれて倒れたのだ。
フレッドはその場から消えていた。フレッドの金の髪だけが散らばってそこに落ちていた。
「ええっ! 消えたよ。リドが破壊しちゃった?」
ヴェールをしていても、ユーリアスの驚愕は伝わった。これには本当に驚いている。火花が散るとしか教えていなかったからだろう。
「私は髪を切っただけだ」
国王の息子の髪を切るのはいいのだろうかと悩んでいるユーリアスの前に、ウィスランドはお菓子を載せた皿を置いた。
「わぁ! 美味しそう! じゃない。あの人どこへいったの? リドじゃないならウィスでしょう?」
無垢で無害な貴実を演じるとユーリアスは決めたのだろう。ユーリアスは愚鈍ではない。孤児院で子供達に兄として接していたせいもあるだろうが、人付き合いは面倒がらないし、人となりを把握することにも慣れている。ユーリアスを殺しかけた下級使用人の総轄長達のような小狡い悪党はユーリアスの側にいなかったようで、その対応は難しかったようだが。今はそういう人間もいると知った上で、王族や貴族の反応を確かめているのだろう。
「私が何かをしたわけじゃありませんよ。ヴェールに縫い込んだ魔法が発動しただけです」
「ウィスランド、フレッド様をどこへやったの」
ブリギットは息子を疑っているようだ。側の貴賓席にいた王族が何人か血相をかえてやってきた。周りは倒れた人達を運ぶものと近衛騎士達が騒然としている。
「まさかヴェールを勝手にとろうとするなんて……、そんな野蛮な王子がいるとおもっていなかったので」
「どこへやったの?」
「ウィスランド様、いくらあなたでも――」
フレッドの護衛に睨まれても痛くも痒くもない。悪いのは礼儀を護らなかった馬鹿王子だ。
「王族となられたユーリアス様のヴェールをとろうとした無礼は謝らず、こちらを非難されても困りますね」
「もしかして、クラーケンの巣に移動する魔法陣?」
ユーリアスはレイフに使った魔法陣をえていたようだ。
「「クラーケン?」」
フレッドの母である王妃が悲鳴を上げた。
「大丈夫だ、クラーケンは我々白鷲騎士団が数を減らした。それほど苦戦しないはずだ」
クラーケンを全て排除すると他の幻獣が寄ってくるので、殲滅することはない。
リカルドはフレッドがどこへ行ったかわかっているのに、平気な顔で嘯く。
「リカルド、フレッドは泳げません。助けてください」
王妃は祈るようにリカルドを見つめた。ウィスランドに言っても無駄だとわかっているからだろう。
「……クラーケンではありませんよ。姫のヴェールを取ろうとする人物がいるとは思いませんでしたけど、一応警告として城の中庭にある噴水にでるようにしてあります」
「中庭?」
「ええ、竜の石像のあるところです」
フレッドの護衛が慌ただしく駆けていく。
「ウィスランド、人に魔法を使って良いと思っているのですか!」
クラーケンの巣に放り込まれたのではないと知った安堵からか、王妃はウィスランドを非難した。ウィスランドが人に向かって魔法を使って良いのはリカルドが相手の時だけだ。
「王妃様、ウィスランドはフレッドに魔法をつかったのではありません。本来なら誰も手を触れることのない場所に魔法陣を描いていただけです」
「そんなことは詭弁です!」
「……私の伴侶に手を出して、その程度ですませたと言っているのです。髪ではなく、ユーリに触れた指を切り落とすべきでしたか」
ヒィと王妃は顔色を変えた。
リカルドの目に底冷えするような気配を感じて、周りはゴクリと息を飲んだ。
ウィスランドでさえ、背中がゾクゾクとして回れ右したい気分なのだ。
微睡むトカゲのように大人しいリカルドの尾っぽを踏みつけたら竜だったと気付いたのだろう。竜種としては逃げたいが、ウィスランドの気持ち的には叫びたくなるくらい気分がよくなった。
大人しく、自分に掛けられる重責を淡々とこなし、文句も言わないリカルドをウィスランドは歯がゆく思っていたからだ。それを当然と思う人々に怒りを感じてもリカルドが平気な顔をしているから何も言えず。
「リカルド、それくらいで許してやってくれ。この先、誰もお前達の伴侶に手を触れることはあるまい。リカルドはユーリアスを伴侶として迎え、ウィスランドをユーリアスの伴侶と認めたのだ。それがどういうことか、わからないものはこの国を去れ」
国王の言葉に王妃は項垂れた。竜種の頂点である国王の伴侶としての分別を思い出したのだろう。
「ユーリアス様、息子の無礼をお許しください」
「王妃様、お気になさらないでください。リドも怖い顔は止めてください。ほら、お菓子を差し上げますから」
ユーリアスはうろたえている。リカルドの怒りがそこまでとは思っていなかったのだろう。ウィスランドが運んできたお菓子をフォークでさしてリカルドの口の前に運んで「あーん」と言っている。可愛い、可愛すぎる。
「ん……甘いな」
リカルドの感想に、きっとこの緊張した場面を息を殺して見守っていた面々は多分「お前が甘すぎる」と心の中で叫んでいる。
「いいですね。ユーリ、私にもください」
椅子に座って口を開けると、ユーリアスはどれにしようかと迷ってから私の好きなブルーベリーの乗った一口大のケーキを選んだ。
「どうかな?」
「さすがユーリ。私の好物です。でもお菓子はあなたの作ってくれたものが一番です」
そう言うと「フフッ」と嬉しそうな声を出す。それだけで空気が変わった。
「ユーリアスはお菓子作りが得意だと聞いたが、わしにも今度食べさせてほしいな」
「はい、陛下も甘い物が好きなんですね」
「ああ、王妃もお菓子作りが好きで、昔はよく作ってくれたものだ」
肩を抱いた国王に王妃は頷いた。
「ユーリアス、フレッドのことはごめんなさいね。今度一緒にお菓子を作りましょう。わたくし、クッキーを作るのが得意なのよ」
自分の役割を思い出した王妃は、ユーリアスに向かって笑いかけた。息子の心配をしすぎて視界の狭くなっていた王妃だが、元々は竜種の頂点であった国王の伴侶に選ばれるだけの器量をもった貴実だ。ユーリアスのいい先生になるだろう。
「ユーリのクッキーもなかなかのものですよ」
自慢すると、王妃は驚いたようにウィスランドを見つめた。
「まぁ、あなたもそんな風に笑えるのね」
一言多いです。
「ウィスの笑顔はとても素敵なんです」
ユーリアスがいてくれるから笑顔を浮かべられる。リカルドがいてくれるから好きに進むことができる。
「ウィスが照れているぞ」
リカルドは笑いながら、ウィスランドの頬を突いた。
「うるさいです」
最近は何故か頬が痛い。筋肉痛だと思う。こんなに頬の筋肉を酷使したことなどなかったからだ。
ウィスランドは青紫の瞳を細め、もう一度ユーリアスの手を握った。
「ユーリ、仕切り直しです。ダンスを踊ってください」
ヴェールで見えないのに、ユーリアスの顔がどうなっているかわかる。
「はい」
ウィスランドに微笑みかけるユーリアスをリカルドが手を振って見送る。きっとこの後リカルドとも踊るのだろう。
「ユーリ、愛してます」
「ウィス、俺も。――愛してます」
ユーリアスの言葉に胸の奥が震える。伴侶はどこまでも愛らしく輝いて見えて、ウィスランドの心を満たした。
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