騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

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三人一緒がいい

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 ユーリアスは王族としてのお披露目とウィスランドとの伴侶の誓いを同時に行うことになった。エセルバーグ家で一夜を過ごし、そのまま城へ連れて行かれた。
 初めて謁見した国王はユーリアスの父より少し年上で、顎の髭が似合っている。国の頂点とわかる力強い瞳をもっているのに、笑う顔は人好きのする親しみに溢れていた。リカルドやウィスランドの家族と同じように祝福し、感謝していると言われて、ユーリアスは苦笑するしかなかった。

「姫として竜種の子を一人は産むように。二人がいなければ私が相手を探してくるのだが、二人でいいのだな?」
「もちろんです」
「ふむ、残念だ」

 顎の髭をいじりながら、王はそんなことを言う。やはり反対されているのかと思ったら違ったらしい。

「姫達の好みの相手をいかに見つけてくるか、それが私の娯楽だというのに。本当に残念だ。なんなら三人目を探そうか?」

 ブッと堪えられずにユーリアスは吹いた。

「世話焼きじじい。国を滅ぼされたくなかったら口を閉じろ」

 恐ろしく獰猛なうなり声を上げて、まさかのリカルドが吼えた。

「え、リド?」
「すまんすまん。可愛い孫が二人も片づいて少し寂しかっただけじゃ」

 そうか、血縁関係とは限らないけれど姫は皆国王の娘、息子扱いになるので貴実の息子である二人は孫になるのか。ユーリアスもこの国王の息子、姫となるから複雑だ。

「陛下はブリーダーと呼ばれています……」

 ウィスランドがため息と共に教えてくれた。

「それって犬とか猫とかを交配させる人ですよね?」
「気をつけてくださいね。ユーリが我々以外を相手にしたら……陛下だけじゃなくて相手も、時には国が滅びますからね」

 背中が冷え冷えして、周りにいたお付きの人達も皆が青ざめた。国王だけが平気な顔をしている。さすが国を治めているだけあって肝の据わり方が半端ない。

「二人以外とか、そんなのあるわけないし……。危険な目にあったら……助けに来てくれるんでしょう?」

 ウィスランドにもらった耳飾りのペンダントは意匠をかえて耳飾りにもどった。片方がウィスランドの瞳の色、もう片方をリカルドの色にしてウィスランドが贈ってくれたのだ。ウィスランドはユーリアスの片割れの方しか耳につけていない。
 その耳飾りを触って訊ねると、凍えそうだった雰囲気が一変してウィスランドは笑顔になる。

「当たり前ですよ。あなた以上に大事なことなんてないんですからね」
「もちろんだ。何を置いても助けに行く」

 リカルドもウィスランドもユーリアスが思っていた以上に沸点が低いようだ。二人を怒らせる人はそうそういないけれど、気をつけようと思う。

「ユーリちゃん、お部屋は離宮にしたんですって?」
「お義母様、ちゃんはいりません」
「……私のことはお義母様ではなくて、ブリギットって呼んでちょうだい。お姉様になるのだから」

 そうだった。ウィスランドの母は国王の娘だから姉扱いになるのだ。

「はい、ブリギット様」
「離宮じゃ遠いわ」
「遠いからいいんです。どうせ公務はないんですから構わないでしょう」
「ウィスランド。本当にあなたたちは……貴実には貴実の付き合いもあるのよ」
「くだらない」

 ウィスランドは母親が相手でも引く気はないようだ。

「ブリギット様、呼ばれれば参りますから」
「もう、嫌な義母になるつもりはないのよ。ユーリが可愛いから着飾って遊びたいなとは思うけれど……」
「それはいらないです」

 思わずきっぱりと断ってしまった。

「こんなに可愛いのに。ウィスランドとの誓いの日に着る服は私が用意したのよ。それにご本だって頑張って描いたんだから、少しは遊んでちょうだい」
「ご本?」

 服はともかくご本がわからない。首を傾げると、ブリギットは子供が読むような絵本をユーリアスに差し出した。

「これは……?」

 パラパラとめくると、それは色々脚色や誇張されているけれど三人の馴れそめとかそういうものだった。

「私が侯爵夫人になりたくなかったのは、ご本を描くためなのよ」

 姫として一人子供を産めば貴実としての務めはなくなるが、侯爵夫人になれば社交や領地運営などに時間がとられてしまう。それが嫌で降嫁せずに姫として城に留まったらしい。

「自分勝手にもほどがある」

 ウィスランドが辛辣なのは母が侯爵夫人にならなかったことで寂しい思いをしたからだろう。

「ウィス……」
「ユーリ、こんな面倒くさがりの母ですが、これは本当に良い出来なんですよ」

 心配されたくなかったのか、ウィスランドははしゃいだように絵本をめくる。

「ユーリ。ウィスは母親のことはもうふっきれてるから安心していい」

 リカルドがそういうならそうなんだろう。

「この本は記念に描いてくれたんですか?」

 ブリギットに訊ねると、ウィスランドが首を振った。

「王族や、高位貴族、領地持ちの貴族ならあなたの選んだ道が唯一無二の選択だったとわかりますが、そうでないものや平民はわからないと思います。だから、何故あなたが二人の竜種を伴侶とするのか、それを子供でもわかりやすくするために絵本にしてもらいました。母の絵本は人気があるんですよ」
「ウィスランドにお願いされるなんて一生ないことだと思っていたの。だから嬉しくて徹夜で描いたのよ。名前と容姿は少し変えさせてもらったけれど。気に入ってくれると嬉しいわ」

 丁寧に描かれた絵本は、ブリギットのウィスランドへの愛が溢れている。そう思ったユーリアスは「ありがとうございます。大切にします」とお礼を言った。



 本当に早い進行で、ユーリアスはお披露目されることとなった。
 貴実は神からの祝福を受けた存在であることから神殿の者達も参加する。城の中庭に立つユーリアスの横にはリカルドが白鷲騎士団の団長の正装をして控えていた。本来なら父親である伯爵がエスコートするはずだが、ユーリアスがリカルドを指名したのだ。

「ユーリ、綺麗だがこれでは本来のお前の可愛らしさが見えない」

 ユーリアスの本来の髪の色は金が少しくすんだような色だ。それに戻して、ブリギットの監修の元化粧もされている。おまけに紗のヴェールが顔を隠していた。白い貴実のお披露目用の服は今のユーリアスによく似合っている。ティアラもネックレスも装飾は全て青と青紫の宝石で、ウィスランドとリカルドがこぞって贈ったものだった。姫として申し分ない姿にユーリアスだけが居心地の悪さを感じている。

「別人ですよね。この髪の毛は母からもらったんですよ。鬘にしてみました」

 首の後ろで本来の髪につけられて、今は腰のあたりに先端がある。

「ブリギット様、何故こんな化粧を? まるで変装ではないですか」

 ヴェールを少し上げて顔を見たリカルドが眉を顰めた。

「リカルド様、変装ですよ。まぁ白鷲騎士団ではバレバレでしょうけど、ユーリがあなたたちの食事を作ったり給仕したり、お仕事をしたいっていうので」
「仕事?」
「子供ができるまでは、二人のお菓子を作ったりしたいな……って思って。駄目でしたか?」

 リカルドは顔を手で覆って、横を向いた。

「あらあら」
「そんなに駄目だったんですね。確かに仕事がやりにくいかもしれませんが……でも」

 姫として城にいるのか伴侶として屋敷にいるほうがリカルドはよかったのかもしれないとユーリアスは思った。仕事場にまでいて欲しくなかったのかもしれない。

「ユーリ、違う。嬉しくて」

 慌てて手を退けたリカルドの顔が赤くなっていた。照れ隠ししていたのだと気付いてホッとする。

「リドは照れ屋さんですね」
「ここでキスするわけにはいかないのに、悪い子だ」

 ウィスランドとの伴侶の儀式の前にリカルドとキスしていたら、そりゃ駄目だろう。ハハッと乾いた笑いを浮かべて、ユーリアスは歩き始める。リカルドのエスコートは、壇上までだ。
 でもそんなのは違うと、ユーリアスは幾日も悩んだ。先とか後とか、そんなものは自分達には必要のないことだ。

「リド、俺のやりたいことをやっていいですか?」
「何をするつもりだ?」

 壇上の前でリカルドの手を離さなければいけないのに、そのまま二人で上にあがると困惑した声があちこちから上がる。

「ユーリはいたずらっ子ですね」

 何をしたいのかわかったのかウィスランドが苦笑する。そして始めるように国王を促した。

 国王が手を上げると会場全体を魔法が覆う。国王の声がそれによって全体に聞こえるようになる魔法だ。

「ここにユーリアスを貴実と認め、王族として迎える。そして、その定めによりウィスランドを伴侶とする」
 
 存在感の大きい騎士が英雄であることはそこにいる誰もが知っている。けれど、何故貴実の伴侶を紹介する場面にエスコートしてきた英雄がいるのかはわからない。戸惑いながらも観衆は声を上げて祝福を叫ぶ。

「そして、ここにリカルドの伴侶としても披露させてもらうつもりだ」

 それが貴実の思惑に気付いた国の機転だと誰が気付いただろう。何も知らぬ観衆からどよめきが起こった。

「私はこの国を護る二人を支えていきたいと思っています」

 貴実の優しげな声に、聴衆は何故二人? と思いながらも拍手をする。まばらな拍手に国王は厳かな声で告げる。

「国を危機から救った救世主に拍手を――」

 国王の言葉に、聞いていた者達がハッと気付く。もう既に国のあちこちに配られている絵本とその主人公の存在を。
 割れんばかりの拍手が壇上にまで届く。
 頷いた英雄二人は示し合わせたように大きな魔力を空に向かって放出した。何をしているんだろうと首を捻る観衆はその魔力が光となって東西南北の守護石のある方向へ飛んでいくことに気付いた。

「魔力を結界石に飛ばしてるのですか?」

 若い貴実が上げた感嘆の声に、王族貴族達は微笑ましいと笑みを浮かべた。

「ああ、私達の力はこの程度だ」
「ええ、でも……あなたの力が交われば……」

 銀の髪の伴侶が左手を握り、反対から黒髪の伴侶が右手を握る。愛しさを隠さない二人の男に貴実が微笑みを返した瞬間、今まで一本ずつだった魔力の線が絡み合って膨れ上がった。三人を囲むように青と赤の魔法が空へ渦巻きながら伸びていく。

「わぁ!」

 空を見上げた子供達が歓声を上げる。大人達はその光が真上まで上がったあと四方八方に飛んでいくのを見て目を瞠った。国のあちこちへ飛んでいった魔力が国の守護を強固にしたことがわかったからだ。それはどれほど強大な魔力の持ち主が三人いたとしても賄えないほど膨大な魔力だった。

「万歳! 英雄二人とその伴侶様に祝福を――」

 晴れ渡る高い空の下で、二人の英雄が愛しい伴侶の頬にキスをした。

                            <Fin>

 
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