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運命の人
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「そんな風に思っていたのね。ごめんなさい、私がお父様を拒否したのよ。もう、貴実として生きていきたくなかったから。ここは、孤児院に住む人かたまにくる商人以外の人はいないでしょう?」
母は少し俯き気味に言葉を紡ぐ。そんな顔を見れば、まだまだ美しいし引き手あまただろうことはユーリアスにもわかる。しかも貴実だ。父との相性が悪かったけれど、他の竜種なら合うこともある。それが嫌で、母はここからでようとしなかったのだ。孤児院は神殿が主体だけど、神殿の人間は院長だけだった。院長が母を隠そうとすれば容易だったはずだ。
「お母さんは竜の血を持つ人と会いたくなかったんだ。お父様は俺たちが生きていることを知らなくて諦めたと思っていたけれど、知っていて距離を置いてくれていたんだ……。あの、馬車から俺を落とした人は誰だったの? 生きてるの?」
「死んだわ……。打ち所が悪かったのね」
「そう――」
自分が人を殺してしまったというのに気持ちは凪いでいた。お母さんが言わなかったから、死んだのだろうと思っていた。時が戻る魔法があったとして、もう一度あの時、あの場所に戻ったとしてもユーリアスは同じように魔法を使っただろうし、そうでなかったら二人とも無事に生きていないと思うからだ。
「私の異母兄妹で、私が結婚してからお父様の側近になっていたの。お父様は私達を領地の隅で暮らせるように用意して、あの人に面倒を見るように命じたわ。でもあの人はお金が欲しくて、私を売るつもりだったみたい。ユーリは邪魔だったのね。眠っていた私がユーリの声で目を覚ました時、あなたが馬車から放り投げられる瞬間だった。あの辺りは狼がでることもあるのよ」
「狼が死体を始末すると思ったんだ……」
「そうね。私はユーリを助けようとして馬車から飛び降りようとしたけれど、腕を掴まれて『お前を売る手はずはついているんだ。諦めろ』と言われたわ。あの人でなし!」
母の目に宿るのは記憶の中の男に対する憎悪だった。母のそんな強い瞳を見たのは初めてだった。いつも穏やかで優しい笑顔ばかり見てきたユーリアスは母の気持ちを思うと心が絞られそうなくらい辛かった。
「お母様が生きていてくれて……嬉しい」
「ユーリ……。私もよ、あなたが生きていてくれたことにどれだけ神様へ感謝したことか。たまたま側を通りかかった院長先生があなたに魔力ポーションを飲ませてくれなかったら魔力枯渇で死んでいたわ。私は馬車から飛び降りようとしていたせいもあって、馬が走り始めた瞬間に放り出されたの。気がついたら、私とあなたは院長先生の馬車の荷台に乗せられて眠っていたわ。あの男も御者も打ち所が悪くて死んだと聞いて、私は院長先生の孤児院で働くことにしたの。お父様の仕業とは思っていなかったけれど、貴実として生きて行くことも、自分の運命を決められないことも嫌だったから……。でもあなたが生きて行くための色々なものを奪ってしまったわ。お父様の庇護下にいれば、もっと勉強もできたでしょうに」
項垂れた母にユーリアスは笑いかけた。
「のびのび過ごせてよかった。あのまま屋敷にいたら、俺はきっと神経を病んでいただろうし。レイフと結婚なんてさせられたら地獄だったよ」
「レイフってお父様のお手紙にも書いてあったセシリアの婚約者でしょう?」
「あれのおかげで国が滅びかけたんだよ。二度と戻ってくるなって思うよ」
あの目を思い出しただけでゾッとする。そういえば、クラーケンのいるところあたりに飛ばされたはずだけど戻ってきたんだろうか。
「まぁ、私達死にかけていたの?」
「そうだよ、リドを怒らせたらヤバいんだから」
思い出しただけで背筋が凍る。まだまだ暑いのにユーリアスは鳥肌が立った腕を撫でた。
「そうなのね。気をつけなさいね、ユーリ」
「え、俺が?」
「竜の血をひく人達は執着が凄いんでしょう? どうして二人とも伴侶になるの?」
母の反省は終わったらしく、キラキラと目を輝かせて三人の馴れそめから訊ねられた。ユーリアスは今から紹介するのにそんなこと言えないと思って、話を微妙に変えた。
「ていうかお父様も竜の血をひくんでしょう? ひいてないの?」
「あまり強くはないみたいね。自分の魔力が少なくて小さな時から苦労していたからユーリのことを逃がそうとしていたのよ」
「お父様も苦労したの? 貴実であるお母さんとの相性が良くなかったって聞いたけど」
「……お父様は苦労してもいいのよ。私との相性が良くなかったから、きっと竜の血を引く子は生まれないだろうって言われてたのに、護るとか言って……結局護れなかった――」
いらないと言われたのはユーリアスだけではなかった。ユーリアスを一人にしないためにという理由があるとはいえ、母も屋敷を追い出されたのだ。
「竜の血を引く子は生まれないってわかってて、お母さんを手放さなかったんだ……」
「ただの意地でしょ。どうにもならないってわかっていたはずなのに……」
父も竜の血を引いている、執着の人だったのだと気付いた。その執着している妻を手放さなければならなかった父の憤りを思うと可哀想な気もした。
「わかっていてもお母さんのこと好きだったんだ」
「そんなわけないわ!」
「どうして? この孤児院の寄付をしてるの、お父様なんでしょ?」
「ただの手切れ金のつもりなのよ」
何だか母がとても可愛く思えて、父が少し可哀想になった。
「お母さんが楽しそうにしてるから我慢してると思うよ」
院長なら母の様子を伝えて、寄付をマシマシにしているように思う。
「もう、ユーリの話を聞かせてちょうだい!」
頬を赤くした母に、惚気るかわりに紹介したいと告げた。
「もちろん会うわよ。優しくて、格好いいんでしょう?」
「どうしてお母さんが知ってるの!」
最初にキスされた時の話しかしていないし、竜の血を持つ人と会いたくないと言って、母は今までリカルドのことも避けていたはずだ。
「そんなのリンちゃんが教えてくれたわよ。果物を狩りにいったときのことも釣りにいったときのことも全部」
「リーン……」
「リンちゃんだけじゃないわよ。皆があなたの王子様だと言ってたわ」
恥ずかしすぎて、ユーリアスは手で顔を隠した。きっと真っ赤になっているだろう。
「ユーリは奥手だと思っていたけれど、ただ単に運命の人に会っていなかっただけなのね」
孤児院では早く家族が欲しいと言って成人と共に結婚する子が多かったのに、ユーリアスは父のこともあってそんな気に全くならなかった。そう思っていたけれど、母に言わせると運命の人がいなかったかららしい。
「……うん。きっとそうだね」
ユーリアスは母の手を握って立ち上がると、二人のいる応接室へ急いだ。
早く、母を自分の伴侶達に会わせたくてたまらなくなったからだ。
母は少し俯き気味に言葉を紡ぐ。そんな顔を見れば、まだまだ美しいし引き手あまただろうことはユーリアスにもわかる。しかも貴実だ。父との相性が悪かったけれど、他の竜種なら合うこともある。それが嫌で、母はここからでようとしなかったのだ。孤児院は神殿が主体だけど、神殿の人間は院長だけだった。院長が母を隠そうとすれば容易だったはずだ。
「お母さんは竜の血を持つ人と会いたくなかったんだ。お父様は俺たちが生きていることを知らなくて諦めたと思っていたけれど、知っていて距離を置いてくれていたんだ……。あの、馬車から俺を落とした人は誰だったの? 生きてるの?」
「死んだわ……。打ち所が悪かったのね」
「そう――」
自分が人を殺してしまったというのに気持ちは凪いでいた。お母さんが言わなかったから、死んだのだろうと思っていた。時が戻る魔法があったとして、もう一度あの時、あの場所に戻ったとしてもユーリアスは同じように魔法を使っただろうし、そうでなかったら二人とも無事に生きていないと思うからだ。
「私の異母兄妹で、私が結婚してからお父様の側近になっていたの。お父様は私達を領地の隅で暮らせるように用意して、あの人に面倒を見るように命じたわ。でもあの人はお金が欲しくて、私を売るつもりだったみたい。ユーリは邪魔だったのね。眠っていた私がユーリの声で目を覚ました時、あなたが馬車から放り投げられる瞬間だった。あの辺りは狼がでることもあるのよ」
「狼が死体を始末すると思ったんだ……」
「そうね。私はユーリを助けようとして馬車から飛び降りようとしたけれど、腕を掴まれて『お前を売る手はずはついているんだ。諦めろ』と言われたわ。あの人でなし!」
母の目に宿るのは記憶の中の男に対する憎悪だった。母のそんな強い瞳を見たのは初めてだった。いつも穏やかで優しい笑顔ばかり見てきたユーリアスは母の気持ちを思うと心が絞られそうなくらい辛かった。
「お母様が生きていてくれて……嬉しい」
「ユーリ……。私もよ、あなたが生きていてくれたことにどれだけ神様へ感謝したことか。たまたま側を通りかかった院長先生があなたに魔力ポーションを飲ませてくれなかったら魔力枯渇で死んでいたわ。私は馬車から飛び降りようとしていたせいもあって、馬が走り始めた瞬間に放り出されたの。気がついたら、私とあなたは院長先生の馬車の荷台に乗せられて眠っていたわ。あの男も御者も打ち所が悪くて死んだと聞いて、私は院長先生の孤児院で働くことにしたの。お父様の仕業とは思っていなかったけれど、貴実として生きて行くことも、自分の運命を決められないことも嫌だったから……。でもあなたが生きて行くための色々なものを奪ってしまったわ。お父様の庇護下にいれば、もっと勉強もできたでしょうに」
項垂れた母にユーリアスは笑いかけた。
「のびのび過ごせてよかった。あのまま屋敷にいたら、俺はきっと神経を病んでいただろうし。レイフと結婚なんてさせられたら地獄だったよ」
「レイフってお父様のお手紙にも書いてあったセシリアの婚約者でしょう?」
「あれのおかげで国が滅びかけたんだよ。二度と戻ってくるなって思うよ」
あの目を思い出しただけでゾッとする。そういえば、クラーケンのいるところあたりに飛ばされたはずだけど戻ってきたんだろうか。
「まぁ、私達死にかけていたの?」
「そうだよ、リドを怒らせたらヤバいんだから」
思い出しただけで背筋が凍る。まだまだ暑いのにユーリアスは鳥肌が立った腕を撫でた。
「そうなのね。気をつけなさいね、ユーリ」
「え、俺が?」
「竜の血をひく人達は執着が凄いんでしょう? どうして二人とも伴侶になるの?」
母の反省は終わったらしく、キラキラと目を輝かせて三人の馴れそめから訊ねられた。ユーリアスは今から紹介するのにそんなこと言えないと思って、話を微妙に変えた。
「ていうかお父様も竜の血をひくんでしょう? ひいてないの?」
「あまり強くはないみたいね。自分の魔力が少なくて小さな時から苦労していたからユーリのことを逃がそうとしていたのよ」
「お父様も苦労したの? 貴実であるお母さんとの相性が良くなかったって聞いたけど」
「……お父様は苦労してもいいのよ。私との相性が良くなかったから、きっと竜の血を引く子は生まれないだろうって言われてたのに、護るとか言って……結局護れなかった――」
いらないと言われたのはユーリアスだけではなかった。ユーリアスを一人にしないためにという理由があるとはいえ、母も屋敷を追い出されたのだ。
「竜の血を引く子は生まれないってわかってて、お母さんを手放さなかったんだ……」
「ただの意地でしょ。どうにもならないってわかっていたはずなのに……」
父も竜の血を引いている、執着の人だったのだと気付いた。その執着している妻を手放さなければならなかった父の憤りを思うと可哀想な気もした。
「わかっていてもお母さんのこと好きだったんだ」
「そんなわけないわ!」
「どうして? この孤児院の寄付をしてるの、お父様なんでしょ?」
「ただの手切れ金のつもりなのよ」
何だか母がとても可愛く思えて、父が少し可哀想になった。
「お母さんが楽しそうにしてるから我慢してると思うよ」
院長なら母の様子を伝えて、寄付をマシマシにしているように思う。
「もう、ユーリの話を聞かせてちょうだい!」
頬を赤くした母に、惚気るかわりに紹介したいと告げた。
「もちろん会うわよ。優しくて、格好いいんでしょう?」
「どうしてお母さんが知ってるの!」
最初にキスされた時の話しかしていないし、竜の血を持つ人と会いたくないと言って、母は今までリカルドのことも避けていたはずだ。
「そんなのリンちゃんが教えてくれたわよ。果物を狩りにいったときのことも釣りにいったときのことも全部」
「リーン……」
「リンちゃんだけじゃないわよ。皆があなたの王子様だと言ってたわ」
恥ずかしすぎて、ユーリアスは手で顔を隠した。きっと真っ赤になっているだろう。
「ユーリは奥手だと思っていたけれど、ただ単に運命の人に会っていなかっただけなのね」
孤児院では早く家族が欲しいと言って成人と共に結婚する子が多かったのに、ユーリアスは父のこともあってそんな気に全くならなかった。そう思っていたけれど、母に言わせると運命の人がいなかったかららしい。
「……うん。きっとそうだね」
ユーリアスは母の手を握って立ち上がると、二人のいる応接室へ急いだ。
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