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三人で朝ご飯
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「美味しい。本当にウィスは料理ができるんですね」
「仕方なく覚えたんですが、ラズにそう言ってもらえて覚えたかいがありました」
パンは買ってきたものらしいが、スープも分厚いベーコンも焼いた卵もいい火加減だ。サラダが多くて、身体にも良さそうでラズはパクパクと遠慮せずに食べた。
「ウィスが来るまでは酷かった……。白鷲騎士団はほとんど討伐で外回りなのに、魔力が多い貴族の子弟がほとんどだろう。料理なんてできない者ばかりだ。それなのに、危なくて料理人なんて連れていけないし。白鷲騎士団の離隊理由のほとんどが体調を壊して……だからな」
「それでもまともな料理を作ろうとしない者ばかりなのが信じられませんよ」
ジトッとウィスランドがリカルドを横目で見た。
「そのうち慣れるからな。慣れない繊細なやつが離隊していく。根性なしめ」
「命を賭けて護っているのに保存に優れた固いパンや、生煮えのスープ、燻製肉ばかりではやってられませんよ。戦って死ぬならともかく、栄養失調で死にたくありません」
ラズは驚いてウィスランドとリカルドを交互に見た。
「そんな酷いんですか……」
「違いますよ、ラズ。そんな環境で馴染めないほうがおかしいと思う神経がおかしいんです。いくらでも改善できるんです」
「それはお前の魔法陣があるからだろう」
「ウィスが来てからマシになったというのは、ウィスが作ったというわけじゃないんですか?」
フフッとウィスランドが笑う。
「私がそんな事をすると思いますか? 人のために料理を?」
青紫の瞳に確固たる拒否の色が見えた。
「ウィスは自分の分だけ作ってた」
「たまにはあなたにもさしあげたでしょう? 勝手に奪っていくくせに」
ラズはまざまざとその光景を想像できて我慢できずにププッと笑いを零した。
「ウィスが作った鹿肉のシチューはうまかった」
「酷いんですよ、私が結界の補強をしてる間にほとんど食べられてしまって」
「それからは料理にも結界を張るようになった――」
鍋に結界を張るウィスを想像したラズは、腹筋が苦しくなるほど笑った。
「も、もうっ、痛っ……腹も尻も痛いっ」
昨日酷使した場所が痛い。筋肉痛にもなってしまっている。
「ラズ、後で薬を塗ってさしあげますね。食事が終わってから」
ペロッと唇を舐めたウィスランドは、艶やかな笑顔を浮かべる。
ラズ自身が食べられてしまいそうだ。
「魔法で癒すから大丈夫! 冷たい珈琲もらっていい?」
「残念です。ラズは自分にも癒やしを掛けられるのですね。どうぞ。砂糖とミルクはいりますか?」
氷をいれた珈琲をピッチャーから注いで、ウィスランドが訊ねた。
「ううん、何もいれないで。癒やしというほどじゃないけれど、擦り傷やかすり傷くらいなら自分にも使えるよ。人によっては自分には掛けられないらしいけど」
甘いのは声と表情で十分だった。
「今日はこの後も一緒にいられるのですか?」
二人の期待している顔に申し訳ないけれど、早いほうがいいはずだ。
「昼食を食べた後、孤児院に戻ります。お昼は俺に作らせてくださいね」
「孤児院へ?」
「母に貴実の検査を受けることを言わないと」
今ラズは母と二人の家族なのだ。勝手に抜けるわけにいかない。
「そう言えば。ラズ、伯爵家のユーリアスとして受けるのか、ラズ・マフィンとして受けるのか決めないと」
それもあったかとラズは肩を竦めた。
「三日もあったのに、二人にどう言うかシュミレーションばっかりしてて他のことを考えていませんでした。でも、ユーリアスの名前に戻そうと思ってます。父にばれないように名前をかえただけなので」
「美味しそうな名前でいいんだがな」
「本当に。ラズベリーのラズですよね? ラズにピッタリなので少し残念です」
「二人がラズのほうがいいというなら構いませんよ」
一度は捨てて、犬のクロにあげた名前だ。
「嘘です。可愛いからラズも捨てがたいけれど、ユーリアスと呼ばせてください」
早すぎる撤回にラズは笑った。
「そうだな、ユーリ……か。犬が残念がるだろうな」
笑いながらリカルドはラズに軽くキスする。
「クロって名前があるんで、大丈夫ですよ」
「そうだな。ユーリ、ユーリアス。お前に似合ってる」
「ユーリ、本当に。素敵な名前ですね」
「ありがとう。嬉しい」
ラズとして生きようと決めたのは冬の終わりだった。
まだ一年も経っていないのか、とラズ、いやユーリアスは振り返る。
「ユーリ、お母様への挨拶はさせてもらえますよね?」
「一緒についていっていいか?」
ユーリアスは、少し考えて頷いた。院長の喜びに浮き立つ「よくやった!」という声をまざまざと想像して、少し引き攣った顔だったかもしれないが。
「仕方なく覚えたんですが、ラズにそう言ってもらえて覚えたかいがありました」
パンは買ってきたものらしいが、スープも分厚いベーコンも焼いた卵もいい火加減だ。サラダが多くて、身体にも良さそうでラズはパクパクと遠慮せずに食べた。
「ウィスが来るまでは酷かった……。白鷲騎士団はほとんど討伐で外回りなのに、魔力が多い貴族の子弟がほとんどだろう。料理なんてできない者ばかりだ。それなのに、危なくて料理人なんて連れていけないし。白鷲騎士団の離隊理由のほとんどが体調を壊して……だからな」
「それでもまともな料理を作ろうとしない者ばかりなのが信じられませんよ」
ジトッとウィスランドがリカルドを横目で見た。
「そのうち慣れるからな。慣れない繊細なやつが離隊していく。根性なしめ」
「命を賭けて護っているのに保存に優れた固いパンや、生煮えのスープ、燻製肉ばかりではやってられませんよ。戦って死ぬならともかく、栄養失調で死にたくありません」
ラズは驚いてウィスランドとリカルドを交互に見た。
「そんな酷いんですか……」
「違いますよ、ラズ。そんな環境で馴染めないほうがおかしいと思う神経がおかしいんです。いくらでも改善できるんです」
「それはお前の魔法陣があるからだろう」
「ウィスが来てからマシになったというのは、ウィスが作ったというわけじゃないんですか?」
フフッとウィスランドが笑う。
「私がそんな事をすると思いますか? 人のために料理を?」
青紫の瞳に確固たる拒否の色が見えた。
「ウィスは自分の分だけ作ってた」
「たまにはあなたにもさしあげたでしょう? 勝手に奪っていくくせに」
ラズはまざまざとその光景を想像できて我慢できずにププッと笑いを零した。
「ウィスが作った鹿肉のシチューはうまかった」
「酷いんですよ、私が結界の補強をしてる間にほとんど食べられてしまって」
「それからは料理にも結界を張るようになった――」
鍋に結界を張るウィスを想像したラズは、腹筋が苦しくなるほど笑った。
「も、もうっ、痛っ……腹も尻も痛いっ」
昨日酷使した場所が痛い。筋肉痛にもなってしまっている。
「ラズ、後で薬を塗ってさしあげますね。食事が終わってから」
ペロッと唇を舐めたウィスランドは、艶やかな笑顔を浮かべる。
ラズ自身が食べられてしまいそうだ。
「魔法で癒すから大丈夫! 冷たい珈琲もらっていい?」
「残念です。ラズは自分にも癒やしを掛けられるのですね。どうぞ。砂糖とミルクはいりますか?」
氷をいれた珈琲をピッチャーから注いで、ウィスランドが訊ねた。
「ううん、何もいれないで。癒やしというほどじゃないけれど、擦り傷やかすり傷くらいなら自分にも使えるよ。人によっては自分には掛けられないらしいけど」
甘いのは声と表情で十分だった。
「今日はこの後も一緒にいられるのですか?」
二人の期待している顔に申し訳ないけれど、早いほうがいいはずだ。
「昼食を食べた後、孤児院に戻ります。お昼は俺に作らせてくださいね」
「孤児院へ?」
「母に貴実の検査を受けることを言わないと」
今ラズは母と二人の家族なのだ。勝手に抜けるわけにいかない。
「そう言えば。ラズ、伯爵家のユーリアスとして受けるのか、ラズ・マフィンとして受けるのか決めないと」
それもあったかとラズは肩を竦めた。
「三日もあったのに、二人にどう言うかシュミレーションばっかりしてて他のことを考えていませんでした。でも、ユーリアスの名前に戻そうと思ってます。父にばれないように名前をかえただけなので」
「美味しそうな名前でいいんだがな」
「本当に。ラズベリーのラズですよね? ラズにピッタリなので少し残念です」
「二人がラズのほうがいいというなら構いませんよ」
一度は捨てて、犬のクロにあげた名前だ。
「嘘です。可愛いからラズも捨てがたいけれど、ユーリアスと呼ばせてください」
早すぎる撤回にラズは笑った。
「そうだな、ユーリ……か。犬が残念がるだろうな」
笑いながらリカルドはラズに軽くキスする。
「クロって名前があるんで、大丈夫ですよ」
「そうだな。ユーリ、ユーリアス。お前に似合ってる」
「ユーリ、本当に。素敵な名前ですね」
「ありがとう。嬉しい」
ラズとして生きようと決めたのは冬の終わりだった。
まだ一年も経っていないのか、とラズ、いやユーリアスは振り返る。
「ユーリ、お母様への挨拶はさせてもらえますよね?」
「一緒についていっていいか?」
ユーリアスは、少し考えて頷いた。院長の喜びに浮き立つ「よくやった!」という声をまざまざと想像して、少し引き攣った顔だったかもしれないが。
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