54 / 62
心の傷
しおりを挟む
「ラズ?」
ラズの拒否を感じて戸惑ったウィスランドから逃げるように背を向けた。
さっきリカルドが言っていたのは間違いだったのだろうかと涙が零れそうになった。
「もういいっ」
ラズは叫んで、昨日脱いで椅子に掛けられていた自分の服を手に取った。
「ラズ!」
ウィスランドがラズを背中から抱きしめる。
「苦しい……」
リカルドよりは細く見えてもさすが騎士。ラズは本気で息が詰まった。
「すみません。逃げないと約束してくれるなら離します」
そうだ、逃げても何も解決しない。
「逃がしたくないって……思ってるのに、どうして王族になれなんて言うの」
ギュウと締め付けるほど、ウィスランドはラズを逃したくないと思っているはずなのに。
「……姫と呼ばれるのが嫌なのですか?」
「王族として益のある人に嫁がされるのが王族となった貴実の定めなんでしょ……。選べないって――。なのにどうして……」
貴実であれば王族となるのに問題はない。だた、義務がついてくるだけだ。その義務は王族として竜の血を継ぐものの子を一人産むこと。相手の指定はできないのだ。
「指定できないって……何故だ? そんな規則があったか?」
リカルドにも聞こえていたのだろう。慌ててやってきたリカルドの髪から滴がポタポタと落ちる。
「ああ、なるほど……」
ウィスランドは一人納得したように呟き、ラズを離した。
「ウィス……」
ラズの頬を両手でそっと撫でる。泣いていないけれど、まるで涙を拭かれたように感じた。
「すみません、不安にさせてしまいましたね。確かに貴実は選べないんですよ」
「……なのに……どうして――」
「ああ、そういうことか。ラズ、貴実は選べないが、竜の血を持つ側からは望むことができるんだ」
「貴実と対をなす、我々竜種からはね」
ラズは初めて聞く内容に目を瞬かせた。
「竜種って……?」
「ええ、貴実と竜種から産まれて、認められたものを竜種と呼びます。リカルドや私のことです。竜種は竜種を見分けることができます。なんとなくなら貴実もわかります。一つ目の案です。三人で結婚できないのなら……と、昨日ラズが眠ってしまってからリカルドと考えたのですよ。王族となった貴実は一人目を選べません。竜種、もしくは選定候と呼ばれるものたちが選んだ竜種の伴侶となります。本人達が望めば、王族から下賜されます。リカルドの母ならエセルバーグ侯爵夫人と呼ばれていますね。我が家は貴実である母が嫌だと言ったので王族のまま姫として城で暮らしています。父の妻であるハイネガー侯爵夫人は別にいます」
ラズはリカルドとウィスランドの顔を交互に見つめた。まさかそんなすぐに考えてくれるとは思っていなかった。それにしても知らない事ばかりだ。
「母は五人も子供を産んだんだ。ラズも知っているアーサーは三人目」
「二人目がエリシア様と言って、エセルバーグ家の跡取りなんですよ」
「リカルドが後継者だって……皆……」
「そうです、リカルドは後継者。ただし、王の後継者なんです」
ラズはこの水を滴らせた美丈夫が、王の後継者だと聞いて笑おうとした。きっと笑い話だと思ったのだ。けれど、声は掠れて、笑いは引き攣って頬を揺らすことしかできない。
「あはっ、ウィス……そんなこと……」
「リカルドは国を護る英雄ですよ。王は血だけでは決まらないのです。エセルバーグ家は王家に近いからそれも問題はない。もちろん、ハイネガー家も。だからどちらの子を産んでも力があれば王となりうるし、なければ好きな道を選べます。家が望むなら後継者となることもあるし、望まなければならなくていい。ラズは、貴族の家が何を望むか知っているでしょう?」
血、それよりも大事なものは魔力だ。民を護るための力がなければ跡継ぎにはなれない。それをラズが一番良く知っている。
馬車から落とされた時のことが脳裏を過った。ガクガクと震える身体をラズは自らの両手で抱きしめる。
「嫌っ、嫌だ――」
怖い、もし竜種を産めなければどうなるのか。
捨てられるかもしれない。
それが嫌で貴族には近寄らないと決めたのに。
二人が顔色を変えて、ラズに手を伸ばした。
「触らないで――」
どうして平気だと思ったのか、二人なら大丈夫だと思ったのか。ラズは混乱してそれすらわからなくなった。
ラズにとって捨てられることは、死ぬよりも恐ろしいことだった。
ラズの拒否を感じて戸惑ったウィスランドから逃げるように背を向けた。
さっきリカルドが言っていたのは間違いだったのだろうかと涙が零れそうになった。
「もういいっ」
ラズは叫んで、昨日脱いで椅子に掛けられていた自分の服を手に取った。
「ラズ!」
ウィスランドがラズを背中から抱きしめる。
「苦しい……」
リカルドよりは細く見えてもさすが騎士。ラズは本気で息が詰まった。
「すみません。逃げないと約束してくれるなら離します」
そうだ、逃げても何も解決しない。
「逃がしたくないって……思ってるのに、どうして王族になれなんて言うの」
ギュウと締め付けるほど、ウィスランドはラズを逃したくないと思っているはずなのに。
「……姫と呼ばれるのが嫌なのですか?」
「王族として益のある人に嫁がされるのが王族となった貴実の定めなんでしょ……。選べないって――。なのにどうして……」
貴実であれば王族となるのに問題はない。だた、義務がついてくるだけだ。その義務は王族として竜の血を継ぐものの子を一人産むこと。相手の指定はできないのだ。
「指定できないって……何故だ? そんな規則があったか?」
リカルドにも聞こえていたのだろう。慌ててやってきたリカルドの髪から滴がポタポタと落ちる。
「ああ、なるほど……」
ウィスランドは一人納得したように呟き、ラズを離した。
「ウィス……」
ラズの頬を両手でそっと撫でる。泣いていないけれど、まるで涙を拭かれたように感じた。
「すみません、不安にさせてしまいましたね。確かに貴実は選べないんですよ」
「……なのに……どうして――」
「ああ、そういうことか。ラズ、貴実は選べないが、竜の血を持つ側からは望むことができるんだ」
「貴実と対をなす、我々竜種からはね」
ラズは初めて聞く内容に目を瞬かせた。
「竜種って……?」
「ええ、貴実と竜種から産まれて、認められたものを竜種と呼びます。リカルドや私のことです。竜種は竜種を見分けることができます。なんとなくなら貴実もわかります。一つ目の案です。三人で結婚できないのなら……と、昨日ラズが眠ってしまってからリカルドと考えたのですよ。王族となった貴実は一人目を選べません。竜種、もしくは選定候と呼ばれるものたちが選んだ竜種の伴侶となります。本人達が望めば、王族から下賜されます。リカルドの母ならエセルバーグ侯爵夫人と呼ばれていますね。我が家は貴実である母が嫌だと言ったので王族のまま姫として城で暮らしています。父の妻であるハイネガー侯爵夫人は別にいます」
ラズはリカルドとウィスランドの顔を交互に見つめた。まさかそんなすぐに考えてくれるとは思っていなかった。それにしても知らない事ばかりだ。
「母は五人も子供を産んだんだ。ラズも知っているアーサーは三人目」
「二人目がエリシア様と言って、エセルバーグ家の跡取りなんですよ」
「リカルドが後継者だって……皆……」
「そうです、リカルドは後継者。ただし、王の後継者なんです」
ラズはこの水を滴らせた美丈夫が、王の後継者だと聞いて笑おうとした。きっと笑い話だと思ったのだ。けれど、声は掠れて、笑いは引き攣って頬を揺らすことしかできない。
「あはっ、ウィス……そんなこと……」
「リカルドは国を護る英雄ですよ。王は血だけでは決まらないのです。エセルバーグ家は王家に近いからそれも問題はない。もちろん、ハイネガー家も。だからどちらの子を産んでも力があれば王となりうるし、なければ好きな道を選べます。家が望むなら後継者となることもあるし、望まなければならなくていい。ラズは、貴族の家が何を望むか知っているでしょう?」
血、それよりも大事なものは魔力だ。民を護るための力がなければ跡継ぎにはなれない。それをラズが一番良く知っている。
馬車から落とされた時のことが脳裏を過った。ガクガクと震える身体をラズは自らの両手で抱きしめる。
「嫌っ、嫌だ――」
怖い、もし竜種を産めなければどうなるのか。
捨てられるかもしれない。
それが嫌で貴族には近寄らないと決めたのに。
二人が顔色を変えて、ラズに手を伸ばした。
「触らないで――」
どうして平気だと思ったのか、二人なら大丈夫だと思ったのか。ラズは混乱してそれすらわからなくなった。
ラズにとって捨てられることは、死ぬよりも恐ろしいことだった。
15
https://comicomi-studio.com/goods/detail/171091 通販してます
お気に入りに追加
305
あなたにおすすめの小説
愛しの妻は黒の魔王!?
ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」
――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。
皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。
身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。
魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。
表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます!
11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!
女神様の使い、5歳からやってます
めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。
「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」
女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに?
優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕!
基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。
戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

監獄にて〜断罪されて投獄された先で運命の出会い!?
爺誤
BL
気づいたら美女な妹とともに監獄行きを宣告されていた俺。どうも力の強い魔法使いらしいんだけど、魔法を封じられたと同時に記憶や自我な一部を失った模様だ。封じられているにもかかわらず使えた魔法で、なんとか妹は逃したものの、俺は離島の監獄送りに。いちおう貴族扱いで独房に入れられていたけれど、綺麗どころのない監獄で俺に目をつけた男がいた。仕方ない、妹に似ているなら俺も絶世の美形なのだろうから(鏡が見たい)

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。
白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。
僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。
けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。
どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。
「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」
神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。
これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。
本編は三人称です。
R−18に該当するページには※を付けます。
毎日20時更新
登場人物
ラファエル・ローデン
金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。
ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。
首筋で脈を取るのがクセ。
アルフレッド
茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。
剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。
神様
ガラが悪い大男。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる