騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

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心の傷

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「ラズ?」

 ラズの拒否を感じて戸惑ったウィスランドから逃げるように背を向けた。
 さっきリカルドが言っていたのは間違いだったのだろうかと涙が零れそうになった。

「もういいっ」

 ラズは叫んで、昨日脱いで椅子に掛けられていた自分の服を手に取った。

「ラズ!」

 ウィスランドがラズを背中から抱きしめる。

「苦しい……」

 リカルドよりは細く見えてもさすが騎士。ラズは本気で息が詰まった。

「すみません。逃げないと約束してくれるなら離します」

 そうだ、逃げても何も解決しない。

「逃がしたくないって……思ってるのに、どうして王族になれなんて言うの」

 ギュウと締め付けるほど、ウィスランドはラズを逃したくないと思っているはずなのに。

「……姫と呼ばれるのが嫌なのですか?」
「王族として益のある人に嫁がされるのが王族となった貴実の定めなんでしょ……。選べないって――。なのにどうして……」

 貴実であれば王族となるのに問題はない。だた、義務がついてくるだけだ。その義務は王族として竜の血を継ぐものの子を一人産むこと。相手の指定はできないのだ。

「指定できないって……何故だ? そんな規則があったか?」

 リカルドにも聞こえていたのだろう。慌ててやってきたリカルドの髪から滴がポタポタと落ちる。

「ああ、なるほど……」

 ウィスランドは一人納得したように呟き、ラズを離した。

「ウィス……」

 ラズの頬を両手でそっと撫でる。泣いていないけれど、まるで涙を拭かれたように感じた。

「すみません、不安にさせてしまいましたね。確かに貴実は選べないんですよ」
「……なのに……どうして――」
「ああ、そういうことか。ラズ、貴実は選べないが、竜の血を持つ側からは望むことができるんだ」
「貴実と対をなす、我々竜種からはね」

 ラズは初めて聞く内容に目を瞬かせた。

「竜種って……?」
「ええ、貴実と竜種から産まれて、認められたものを竜種と呼びます。リカルドや私のことです。竜種は竜種を見分けることができます。なんとなくなら貴実もわかります。一つ目の案です。三人で結婚できないのなら……と、昨日ラズが眠ってしまってからリカルドと考えたのですよ。王族となった貴実は一人目を選べません。竜種、もしくは選定候と呼ばれるものたちが選んだ竜種の伴侶となります。本人達が望めば、王族から下賜されます。リカルドの母ならエセルバーグ侯爵夫人と呼ばれていますね。我が家は貴実である母が嫌だと言ったので王族のまま姫として城で暮らしています。父の妻であるハイネガー侯爵夫人は別にいます」

 ラズはリカルドとウィスランドの顔を交互に見つめた。まさかそんなすぐに考えてくれるとは思っていなかった。それにしても知らない事ばかりだ。

「母は五人も子供を産んだんだ。ラズも知っているアーサーは三人目」
「二人目がエリシア様と言って、エセルバーグ家の跡取りなんですよ」
「リカルドが後継者だって……皆……」
「そうです、リカルドは後継者。ただし、王の後継者なんです」

 ラズはこの水を滴らせた美丈夫が、王の後継者だと聞いて笑おうとした。きっと笑い話だと思ったのだ。けれど、声は掠れて、笑いは引き攣って頬を揺らすことしかできない。

「あはっ、ウィス……そんなこと……」
「リカルドは国を護る英雄ですよ。王は血だけでは決まらないのです。エセルバーグ家は王家に近いからそれも問題はない。もちろん、ハイネガー家も。だからどちらの子を産んでも力があれば王となりうるし、なければ好きな道を選べます。家が望むなら後継者となることもあるし、望まなければならなくていい。ラズは、貴族の家が何を望むか知っているでしょう?」

 血、それよりも大事なものは魔力だ。民を護るための力がなければ跡継ぎにはなれない。それをラズが一番良く知っている。

 馬車から落とされた時のことが脳裏を過った。ガクガクと震える身体をラズは自らの両手で抱きしめる。

「嫌っ、嫌だ――」

 怖い、もし竜種を産めなければどうなるのか。
 捨てられるかもしれない。
 それが嫌で貴族には近寄らないと決めたのに。

 二人が顔色を変えて、ラズに手を伸ばした。

「触らないで――」

 どうして平気だと思ったのか、二人なら大丈夫だと思ったのか。ラズは混乱してそれすらわからなくなった。
 ラズにとって捨てられることは、死ぬよりも恐ろしいことだった。





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