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選べない
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ウィス様の屋敷は貴族の住宅が建ち並ぶ区域ではなく、少し離れたどちらかというと森や湖に近いところにあるらしい。ラズは乗り合い馬車を使うつもりだったけれど、残念ながらそちらに行く馬車はないとウィス様が用意してくれた馬車に乗り込んだ。
馬車は石畳をものともせず、振動も普段と違う滑らかさで進んでいった。
「湖、皆で魚釣りに来たいな……」
今の時期なら泳ぐだけでも楽しそうだ。森も秋になれば色々な食べ物がとれるだろう。この辺りは許可がなければ平民は近づけないけれど。
「こちらでございます」
御者が扉を開けて、ラズに声を掛けた。
元々別荘として使われていた屋敷に見えた。広い敷地内は森と湖に溶け込んでいながらセンスのいい庭と瀟洒な家が建っている。自然に見えて整っているのは自然じゃないからだ。この屋敷を維持するのにどれだけかかるかラズには見当もつかない。
「ようこそ、ラズ」
「待っていたぞ」
二人は馬車から降りたラズを迎えてくれた。まさかこんなところで待っているとは思わず驚いた。
「ご招待、ありがとうございます」
ウィス様の私服は初めて見た。相変わらずあちこちに護りが付いている。二人ともシャツにズボンというラフな格好だったので、ホッとした。
「来ないかと思った……」
リド様が一緒に行こうと誘ってくれたけれど断ったから心配させたようだ。
「ケーキを作ってたんです。二人に食べてもらおうと思って」
箱を差し出すと、二人は嬉しそうに微笑んだ。
「使用人達には休暇を与えているので、気兼ねなく過ごしてくださいね」
ウィス様は、ラズから箱を受け取って紅茶を用意してくれた。まさか高位貴族であるウィス様が淹れられると思っていなかったので驚いた。
「ウィスは基本何でもできるんだ。一人が好きだからな」
「一人が好きなわけじゃないですよ。煩わされるのが嫌なだけで」
「どう違うのか私にはわからないがな」
リド様は揶揄するように首を傾げた。
「美味しいです。俺が淹れるより美味しいかも」
ラズも一通り淹れられるけど、お茶の甘みが違うように感じた。
「そんなことはありませんよ。でもそう言ってもらえるなら、いつでも淹れてあげますね。ケーキ、食べてもいいですか?」
ウィス様は箱を開けてラズに訊ねた。
「ケーキを配るのは私がしよう。今日のラズはお客様だからな」
そう言って、リド様は危なげな手つきで皿に載せた。
「あッ!」
最後の一つが皿の上で横向きになってしまってリド様は声を上げた。
「団長は雑なんですから、やらないでください」
文句を言いながら、ウィス様は横向きになったケーキの皿を自分の前に置いた。
「私が食べるぞ。ウィスはこっちの綺麗な方を食べると良い」
リド様の言葉を無視して、ウィス様は底の部分にフォークをさした。
「私は木の実が好きなので」
確かにそれなら倒れている方が食べやすいだろう。
「ラズは木の実は好きですか?」
「はい、これは皆で山にとりにいったアーモンドなんですよ。俺はアーモンドの花も綺麗で好きです」
「「アーモンドに花があるのか……」」
二人は同じように呟いて、それに三人で笑った。
「ラズは何が好きなんだ?」
「リド様?」
自分の好きな桃の部分を食べて聞かれた。そう言えば、そんな話をしたことがなかったなと思い出す。
「俺はチーズケーキが好きです。スフレチーズケーキはすぐにしぼんでしまうので出したことがなかったけれど、今度作りますね」
二人は競い合うようにケーキを食べてくれた。ワンホールで足りないかもと思っていたので、焼き菓子も出した。
「これは!」
ウィス様の目が光る。アーモンドを魔法で滑らかになるまで擦ったものをパウンドケーキの中にいれたものだ。さすが、木の実が好物なだけある。
一頻り満足するまで食べた後、ラズは二人に向き直った。それを察したのかリド様がスッと手を上げた。ラズは。口まで出かけていた言葉を飲み込んだ。
「ラズが来る前に、二人で話をした。聞いてくれるか?」
ラズが三日間考えていた間、きっと二人も様々なことを考えたのだろう。もしかして、あれは気のせいだったと気付いてしまったかもしれない。
何を言われても平気なようにと、ラズは深呼吸した。
「私はラズのことが好きなんです。一生を共にしたいと思っています」
ウィス様の目にはラズを愛おしむ感情が溢れていた。ウィス様は、ソファに座るラズの前に片膝をつき、ラズの右手の甲にキスをする。
「ウィス様……」
ラズは真剣なウィスの視線を受け止めて、頬が熱くなるのを感じた。
「ラズ、愛してる。ずっと私の側にいて欲しい」
同じように片膝をついたリド様は、左手の甲にキスをして優しい微笑みを浮かべる。
「俺は……、選べません。二人のどちらがいいとか、どちらを愛しているかとかわからない。……俺は卑怯なんです。駄目だってわかってるけど。選べない――」
ラズの答えは二人を侮辱している。誠実な愛を、たった一人に捧げるのが伴侶のはずなのに、ラズはどう考えても選べなかった。身体が二つにわかれればいいのに、と願ってもそんな魔法はあるはずもない。
「「ラズ」」
非難されて当然のことを言った。けれど二人は安堵したように微笑んで、ラズを両側から抱きしめた。
どちらも捨てたくない。どちらも欲しい……っ! 駄目だってわかってるけど。選べない――」
馬車は石畳をものともせず、振動も普段と違う滑らかさで進んでいった。
「湖、皆で魚釣りに来たいな……」
今の時期なら泳ぐだけでも楽しそうだ。森も秋になれば色々な食べ物がとれるだろう。この辺りは許可がなければ平民は近づけないけれど。
「こちらでございます」
御者が扉を開けて、ラズに声を掛けた。
元々別荘として使われていた屋敷に見えた。広い敷地内は森と湖に溶け込んでいながらセンスのいい庭と瀟洒な家が建っている。自然に見えて整っているのは自然じゃないからだ。この屋敷を維持するのにどれだけかかるかラズには見当もつかない。
「ようこそ、ラズ」
「待っていたぞ」
二人は馬車から降りたラズを迎えてくれた。まさかこんなところで待っているとは思わず驚いた。
「ご招待、ありがとうございます」
ウィス様の私服は初めて見た。相変わらずあちこちに護りが付いている。二人ともシャツにズボンというラフな格好だったので、ホッとした。
「来ないかと思った……」
リド様が一緒に行こうと誘ってくれたけれど断ったから心配させたようだ。
「ケーキを作ってたんです。二人に食べてもらおうと思って」
箱を差し出すと、二人は嬉しそうに微笑んだ。
「使用人達には休暇を与えているので、気兼ねなく過ごしてくださいね」
ウィス様は、ラズから箱を受け取って紅茶を用意してくれた。まさか高位貴族であるウィス様が淹れられると思っていなかったので驚いた。
「ウィスは基本何でもできるんだ。一人が好きだからな」
「一人が好きなわけじゃないですよ。煩わされるのが嫌なだけで」
「どう違うのか私にはわからないがな」
リド様は揶揄するように首を傾げた。
「美味しいです。俺が淹れるより美味しいかも」
ラズも一通り淹れられるけど、お茶の甘みが違うように感じた。
「そんなことはありませんよ。でもそう言ってもらえるなら、いつでも淹れてあげますね。ケーキ、食べてもいいですか?」
ウィス様は箱を開けてラズに訊ねた。
「ケーキを配るのは私がしよう。今日のラズはお客様だからな」
そう言って、リド様は危なげな手つきで皿に載せた。
「あッ!」
最後の一つが皿の上で横向きになってしまってリド様は声を上げた。
「団長は雑なんですから、やらないでください」
文句を言いながら、ウィス様は横向きになったケーキの皿を自分の前に置いた。
「私が食べるぞ。ウィスはこっちの綺麗な方を食べると良い」
リド様の言葉を無視して、ウィス様は底の部分にフォークをさした。
「私は木の実が好きなので」
確かにそれなら倒れている方が食べやすいだろう。
「ラズは木の実は好きですか?」
「はい、これは皆で山にとりにいったアーモンドなんですよ。俺はアーモンドの花も綺麗で好きです」
「「アーモンドに花があるのか……」」
二人は同じように呟いて、それに三人で笑った。
「ラズは何が好きなんだ?」
「リド様?」
自分の好きな桃の部分を食べて聞かれた。そう言えば、そんな話をしたことがなかったなと思い出す。
「俺はチーズケーキが好きです。スフレチーズケーキはすぐにしぼんでしまうので出したことがなかったけれど、今度作りますね」
二人は競い合うようにケーキを食べてくれた。ワンホールで足りないかもと思っていたので、焼き菓子も出した。
「これは!」
ウィス様の目が光る。アーモンドを魔法で滑らかになるまで擦ったものをパウンドケーキの中にいれたものだ。さすが、木の実が好物なだけある。
一頻り満足するまで食べた後、ラズは二人に向き直った。それを察したのかリド様がスッと手を上げた。ラズは。口まで出かけていた言葉を飲み込んだ。
「ラズが来る前に、二人で話をした。聞いてくれるか?」
ラズが三日間考えていた間、きっと二人も様々なことを考えたのだろう。もしかして、あれは気のせいだったと気付いてしまったかもしれない。
何を言われても平気なようにと、ラズは深呼吸した。
「私はラズのことが好きなんです。一生を共にしたいと思っています」
ウィス様の目にはラズを愛おしむ感情が溢れていた。ウィス様は、ソファに座るラズの前に片膝をつき、ラズの右手の甲にキスをする。
「ウィス様……」
ラズは真剣なウィスの視線を受け止めて、頬が熱くなるのを感じた。
「ラズ、愛してる。ずっと私の側にいて欲しい」
同じように片膝をついたリド様は、左手の甲にキスをして優しい微笑みを浮かべる。
「俺は……、選べません。二人のどちらがいいとか、どちらを愛しているかとかわからない。……俺は卑怯なんです。駄目だってわかってるけど。選べない――」
ラズの答えは二人を侮辱している。誠実な愛を、たった一人に捧げるのが伴侶のはずなのに、ラズはどう考えても選べなかった。身体が二つにわかれればいいのに、と願ってもそんな魔法はあるはずもない。
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