騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

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伯爵家

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「ウィス様!」
「いつまでも味わっていたかったんですけどね……、団長が脇腹を突いてくるので。それに少し見物人が多くなってきましたから」

 ラズは首を傾げながら振り向いて絶句した。

「お父様――」

 父を筆頭にセシリアやジェシカ、他にも沢山の人が不気味なくらい静かに立っていた。事態のすさまじさに呆然としているのかもしれない。

「ユーリアス……か。貴実だったのか」

 父の声を聞いたのはあの時以来だ。ラズは無意識に拳を握った。馬車から落とされた時の絶望をまざまざと思い出させられた。

「ラズ、話すのが嫌だったらこのまま連れて帰りますよ」

 ウィスが気遣うようにラズの顔をのぞき込んだ。

「いえ、全部終わりにします」

 ラズはケジメをつけるために父を見上げた。父の黒い髪に白いものが混ざっていて、昔と違う姿に年月を感じた。

「お父様、あちらに――」

 空の見える部屋では落ち着かないと思ったのだろう。半壊した屋敷の比較的無事な部分に招かれて、ラズは改めて父と向かい合った。

「俺が生きていること、知っていたんですね」

 本来ならラズから話を始めることは許されない。けれどラズは礼儀を無視した。

「お兄様! お父様、お兄様は混乱しているのです……」
 
 無礼を咎めるようにセシリアはラズを見た。

「別に構わない。ユーリアスには申し訳ないことをしたのは私だからな。エセルバーグ様、ハイネガー様、このたびのことは当主として不徳のいたすところでございます。話はセシリアから聞きました。ユーリ……ラズにも謝罪いたします」

 ラズの両脇に座ったリド様とウィス様だけでなく、ラズへも謝罪をした父はユーリアスではなくラズと呼んだ。

「それは今のことですか?」
「昔のことを掘り返してもいいのか?」

 ユーリアスとして生きるのかラズとして生きるのかを問われた気がした。

「一つだけ、聞きたいのです。あの時、母と俺を殺そうとしたのはあなたの意志ですか?」
 
 ラズと父以外が息を飲んだ。

「あの男に二人を送っていくことと生活を見守ることを命じたのは私だ。まさか、あの男が妻に懸想しているなんて思ってもみなかったのだ。二人は幼馴染みだと聞いていたから安心して送り出したのに。ユーリアスを馬車から放り出したのは、私の血を引いていたかららしい。ミアに……お母様に聞いていなかったのか?」

 ラズは首を振った。母が父と既に話をしていたことがショックだった。母は何も言わなかった。

「知りません。あの男は死んだのですか?」
「ああ、馬車が横転したとき、ミアを庇って命に関わる怪我をしたらしい。院長は癒やしの魔法は使えなかったから、三日後に亡くなったそうだ。院長にはたまたま通りかかって世話になったと聞いている。私が二人の居所を知ったのは半年経った頃だった。ミアは、ユーリアスと二人で貴族に関係がない場所で生きて行くと言って、私の手を振り払った。今更何も言えなかった。せめて二人に不便のないようにと寄付することくらいしか……」

 ラズは、初めての魔力枯渇に近い状態から脱するのに一週間ほどかかったから、男が死んだ事は覚えていなかった。母もラズが覚えていないならその方が良いと判断したのだろう。

「寄付だなんて、ただの自己満足です」
「ああ、その通りだ。今さら伯爵家の一員として嫁げとは言えない。だが、必要なら伯爵家を名乗りなさい。いらないならただのラズとして生きて行くといい」

 父はこんなに穏やかな人だっただろうかとラズは記憶を辿る。あまり覚えていないが、こんな目をしていたような気がした。だからこそ、父の子供でなくなったことがラズにとってのトラウマになったのだろう。

「ラズ、大丈夫ですか?」

 ラズの手をウィス様が握る。それに心が励まされてラズは微笑んだ。

「平気です。俺はラズとして生きていきます。けれど、一つだけ言わせてください。レイフは……セシリアに相応しくないと思います」

 伯爵家の結界石の問題があるからラズが口出すことではないけれど、レイフと結婚したらセシリアは不幸になるような気がする。

「レイフとは養子縁組を解消する。セシリアはよそに嫁いでもいい。伯爵家は王家にお返ししてもいいと思っている。伯爵家の結界石を護るには私の魔力が足りなかったばかりに子供達に負担を掛けた。お前は一生懸命私の期待に応えようと頑張っていた。それがわかっていたからこそ、この屋敷から出すことにしたんだ。レイフのことが好きではないと言っていたから、例え貴実だったとしてもここに置いておくと辛いことになる」

 父は魔力が少なくて当主として苦労したのだろう。だから、ユーリアスを護るために離縁したのだと初めて知った。

「あの時、そう教えてくれていたら……」

 言葉足らずの父にラズは訴えた。

「すまない。息子に情けないことを言いたくなかったんだ」

 父の矜恃だったのか。ラズは大きく息を吐いて、傲慢だと信じていた父の本当の姿を認めた。

「義父様、伯爵家の結界石はラズに借りのある男がいるので、それを遣わしましょう」

 義父と呼んだのはリド様だった。
 ヒクッと父の頬が引き攣った。

「団長、何を勝手に義父だなんて……」

 ウィス様が冷気を発してリド様を威嚇した。

「お前も呼べばいいだろう」

 平然と返すリド様にウィス様は「もちろんです。義父上。ラズは私達が幸せにしますので、安心してください」と全く安心できないことを言い出した。

「リド様、俺に借りがあるって……まさかアーサー様ですか?」
「ラズ、気になるのはそこですか……」

 ウィス様の戯れ言はどうでもいい。アーサーがここに来ればセシリアが心配だ。

「あの節操のない性欲の塊をここに!」
「あれは竜の特質が大きいんだ。伯爵家の結界石を満たせば、それほど危険ではないから安心していい。なんなら伯爵領の哨戒もさせて王都の屋敷に近寄らないように言って聞かせよう」

 この屋敷は王都にある伯爵家の屋敷だと気付いた。リド様が臨界点を超えていれば、何人の人が死ぬことになったのか。一瞬蒼白になり、頭を切り替える。

「それなら……。父が了承するのなら、いいですけど」
「願ってもないことですが……」
「そのうちセシリア嬢も大人になり、いい伴侶を見つけられますよ。もう少しだけ時間を掛けてみてはいかがですか?」

 セシリアは素直に頷き、それをみて父も頭を下げた。

「さあ、帰ろうか。ラズ、私の屋敷へ」
「何を言ってるんですか。私の屋敷ですよ。私がいなかったら今頃皆消し炭だったんですから」

 リド様に抱き寄せられて、ラズは真っ赤になった。その腰をウィス様が捕まえる。

「いえ、寮に帰らないと。もうそろそろ出勤の時間なので。少しでも寝ないと仕事に差し支えますから。エカテおばさんも心配してるかもしれないし」

 ラズは、そう言うと二人は悄然と項垂れた。

「「ラズらしい……」」
「また声を揃えて……、二人は本当に仲がいいですね」

 父の用意してくれた馬車に乗り、三人で白鷲騎士団寮へ帰ってきた。エカテおばさんはやはり心配して待っていてくれたので、帰って良かったと思う。

「今度の休みにお二人に相談があります」

 二人はラズの言葉に頷いて、ラズの右と左の頬にキスをして帰って行った。

 
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