騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

文字の大きさ
上 下
40 / 62

愛してる

しおりを挟む
「リド様、起きてください」

 ラズは恐ろしく巨大な魔力を前に一瞬怯んだ。手を繋いでいるウィス様がいなければ腰を抜かして動けなくなっていても不思議じゃない。結界の前で声を掛けて、やはり無理かと思いながら手を突っ込んだ。抵抗は全くなかった。

「リド様、こんな別れは嫌です」

 温度を感じない完璧な魔法守護だ。ウィス様の防御の見事さにラズは今でも嫉妬をおぼえてしまう。ずっと、そんな割り切れない自分の心がちんけで愚かだと思っていた。魔法に縋り、こだわる自分が恥ずかしくもあった。けれど、二人はラズの努力を認めてくれた。それがどれほどラズに勇気を与えてくれたか知りもしないで。
 ラズは今の自分が嫌いじゃない。それは二人のお陰だと思っている。認めてくれたのは二人だけじゃない。エカテおばさんやマスト、ハイターもだ。皆と一緒に生きて行きたい。
 それにラズは思い出したことがある。かつてラズがユーリアスだったとき、魔法を必死に練習していたあの頃の想いを。

「俺は、英雄にはなれない。俺が魔力を欲しいと願ったのは、父の誉れとなりたかったこともあるけれど、絵本に載っていた竜の力を持つ英雄のお話を読んだからなんです。竜の血をもつ英雄は俺の憧れの元だった……。戻ってきて、一緒に桃を採りに行きましょう。ブドウも、オレンジもリンゴも。あなたのためにお菓子を作って差し上げますから……だから戻ってきてくださいリド様」

 背伸びをして、それでも届かないから片手でリド様の首にぶら下がって唇を寄せた。お菓子を大量に作るのは体力がいる。ラズは知らぬ間に筋肉トレしていたようだ。
 石のようなリド様の唇は硬い。隙間に舌を差し込んで唾液を送り込んだ。ラズは魔力を与えるためのキスしか知らない。
 ラズがキスをしてからどれくらい経ったのかわからない。一瞬のような気もするし、何時間もしているような気もした。
 ラズが諦められず蝉のようにリド様にくっついてキスを繰り返していると、フワッと魔力が動いたような気がした。
 リド様の喉がコクッと動いて、ラズの身体にやわらかな風がまとわりついた。温かな風を感じたことで、ウィス様の防御が消えていることに気が付いた。

「甘い……」

 石のようだったリド様が人の身体に戻っていた。身体全体から放出されていた熱量は消えていた。リド様の開いた青く澄み切った瞳の中に自分を見つけて、ラズは微笑んだ。

「リド様……」

 降りようとしたラズを掻き抱き、リド様はラズの顎を持ち上げた。

「ラズ、愛してる」

 愛しいという気持ちをリド様は隠さなかった。いつもならラズを慮って引いてくれるのに、一切の容赦のないキスにリド様の余裕のなさを感じた。

「あ……んぅっ……ん……ふ……っ」

 舌が絡みあう。癒すように、挑むように、二人の舌は互いの口の中を行き来して、唾液がラズの顎を伝って首筋にまで流れる。立っていられず、ラズは膝をついた。同じように膝をついて、リド様はラズの口元を拭う。

「ラズ! 殺してしまったのかと思った――。生きてたのだな。もう、我慢できない――。愛してる、どこもかしこも私で染めてしまいたい」

 後悔と、歓喜と欲望にまみれたリド様のキスは、ラズから思考を奪っていく。
 領地持ちの貴族には心惹かれないようにと戒めていたはずなのに、それが今更のことのように思えた。領地もなにも、今生きてることが奇跡と言ってもおかしくない。
 そこで、ハッと気付く。右手が握るもう一人の大事な人のことを。
 ラズがギュッと握っても反応がなかった。

「ウィス様!」

 ラズを励まして隣に立っていたはずのウィス様の身体が床に倒れていた。
 もうリド様は大丈夫だというのに、ウィス様が力尽きたのだろうか。ラズの目から涙が零れた。パタパタとウィス様の顔に落ちるのを拭こうとして、リド様に止められた。

「それは栄養剤のようなものだ。浴びせておけ。ラズ、ウィスは魔力枯渇を起こしているんだ。放っておけば死ぬが……」
「MPポーション! アメージングの出番ですよ!」
「急いできたので、持ってきてない」

 スッと目を逸らしてリド様は酷い事実を告げた。

「ええっ! なら、あれです。リド様がウィス様にキスすれば!」
「うぇっ……」
「酷い……。従兄弟なんですよね? リド様のためにウィス様はがんばったのに!」

 リド様がそんな薄情なことを言うと思わなかったとラズは、目をつり上げた。

「ラズ、ウィスはラズがキスをすればいいと思うぞ」
「俺、干からびそうですね……。いいです、元々俺を助けに来てくれたんですから。俺の命だけですめば……」

 魔力が豊富な人が少ない人に与える分には問題ないけれど、魔力が少ない人が与える場合、相手の意識がなければ無意識に全部吸い取られるということがあるらしい。どう考えてもラズの魔力は少なく、意識を失ったウィス様は多い。確実に全部もっていかれそうだ。
 それでもラズは迷いはなかった。

「ウィスのことがそれほど大事なのか」
「大事ですよ! リド様のことだって……。俺には愛なんてわからない。でも、自分より大事な人だってことは確かなんです」

 リド様は、ため息を吐いて笑う。

「私の事も大事だというのなら我慢できる……。ラズなら、魔力が尽きることはない。貴実として成熟したラズなら……」

 リド様がウィス様の身体を後ろから抱き起こしてくれたのでラズは難なくキスすることができた。ウィス様の薄い唇を自分の唇で開いて、舌を差し込む。舌が触れ合った瞬間、ウィス様がピクリと反応した。そのことに励まされて、ラズは何度も唾液を送りこんだ。緩慢な動作でラズに応えるようになるまで二人の世界だった。目を閉じていたせいか、リド様の事も気にならなかった。

「ラズ……」

 名を呼ばれて目を開けると、ウィス様が目を細めて笑っていた。
しおりを挟む
https://comicomi-studio.com/goods/detail/171091 通販してます
感想 5

あなたにおすすめの小説

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

悪役令息物語~呪われた悪役令息は、追放先でスパダリたちに愛欲を注がれる~

トモモト ヨシユキ
BL
魔法を使い魔力が少なくなると発情しちゃう呪いをかけられた僕は、聖者を誘惑した罪で婚約破棄されたうえ辺境へ追放される。 しかし、もと婚約者である王女の企みによって山賊に襲われる。 貞操の危機を救ってくれたのは、若き辺境伯だった。 虚弱体質の呪われた深窓の令息をめぐり対立する聖者と辺境伯。 そこに呪いをかけた邪神も加わり恋の鞘当てが繰り広げられる? エブリスタにも掲載しています。

愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」 ――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。 皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。 身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。 魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。 表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます! 11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

監獄にて〜断罪されて投獄された先で運命の出会い!?

爺誤
BL
気づいたら美女な妹とともに監獄行きを宣告されていた俺。どうも力の強い魔法使いらしいんだけど、魔法を封じられたと同時に記憶や自我な一部を失った模様だ。封じられているにもかかわらず使えた魔法で、なんとか妹は逃したものの、俺は離島の監獄送りに。いちおう貴族扱いで独房に入れられていたけれど、綺麗どころのない監獄で俺に目をつけた男がいた。仕方ない、妹に似ているなら俺も絶世の美形なのだろうから(鏡が見たい)

シャルルは死んだ

ふじの
BL
地方都市で理髪店を営むジルには、秘密がある。実はかつてはシャルルという名前で、傲慢な貴族だったのだ。しかし婚約者であった第二王子のファビアン殿下に嫌われていると知り、身を引いて王都を四年前に去っていた。そんなある日、店の買い出しで出かけた先でファビアン殿下と再会し──。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!? ※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

狼騎士は異世界の男巫女(のおまけ)を追跡中!

Kokonuca.
BL
異世界!召喚!ケモ耳!な王道が書きたかったので ある日、はるひは自分の護衛騎士と関係をもってしまう、けれどその護衛騎士ははるひの兄かすがの秘密の恋人で…… 兄と護衛騎士を守りたいはるひは、二人の前から姿を消すことを選択した 完結しましたが、こぼれ話を更新いたします

処理中です...