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わかり合えない
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「どうすればいいのかしら」
セシリアの声は先ほどとは違って疲れているように聞こえた。
「お嬢様、若君に全てお話してはいかがでしょう」
ジェシカはセシリアを気遣いながらラズに視線を向けた。
「お兄様に関係があることですものね」
セシリアの言葉にラズは首を傾げる。ラズは生きていたとしても伯爵家とは関係がない。ラズのというよりユーリアスの戸籍は伯爵家から外されているはずだ。月日も経っているし、死亡となっているだろう。
父は母と離婚してレイフの母と結婚しているはずだ。レイフを養子にする際に契約結婚が決まったのだ。養子と実子はもちろん血のつながりがないのでセシリアとレイフが結婚するまでの間のレイフを伯爵家に取り込む為のものである。
母の戸籍にユーリアスは付随して伯爵家から離れたと聞いている。今のラズの戸籍は成人して孤児院から出たときに発行されたものだ。院長のはからいで母と一緒の戸籍にしてもらえたのは助かった。母が亡くなったとき、ラズと戸籍が離れていれば亡骸をひきとることができないからだ。もちろん母には元気に髪が真っ白になるまで生きて欲しいが。
「俺はもう伯爵家とはなんの関わりもないはずだ。戸籍も死亡になっているはずだし」
「……ええ。でもレイフはお兄様を娶って、伯爵家を継ぐつもりです。お兄様がいない間は良かったけれど……」
レイフの思い込みの激しさは子供の頃に経験している。そんな馬鹿なことと笑い飛ばすこともできなかった。けれど妹にラズがいない間は良かったと言われると複雑な気持ちが混ざって、思わず眉間に皺を寄せてしまった。
「違うのです、お嬢様は若様がいなくてよかったといってるわけではなく……。このままだと若様を娶るために障害となるお嬢様に危害を加えるのではないかと心配しているのです」
ジェシカの心配を鼻で笑おうとしてラズはできなかった。まさか、とは思うものの絶対にないと言い切れるほどの安心感もない。レイフなら、やりかねないと思ってしまったのだ。
「……セシリアはレイフを愛してるの?」
妹には幸せになってもらいたい。
「伯爵家のために必要だとわかっているけれど、私を見ていない人と一緒になんてなりたくありません。お父様の気持ちもわかるから我慢していましたけど……」
「お父様は……」
父のことはどうしても苦手だ。思い浮かぶのは背を向けられた姿だけで、それまで確かに息子として愛してもらっていたはずなのに靄がかかって思い出せない。
「お兄様が伯爵家を継げる魔力をもっていればこんなことにならなかったのに――」
悲嘆にくれたセシリアの声がラズの心に突き刺さった。
「そうだな、俺もそう思うよ。ユーリアスは死んだ。魔力を多くもつ子供を養子にするからと言って地方に出されると思いきや、まっ暗な森の中で走っている馬車から放り投げられて……死んだんだ。これを外して帰してくれ。明日も仕事がある――」
ラズは全てを捨てたはずだったのに肉親の情に流されそうになっていた自分を嗤った。
セシリアは「嘘だわ」と言って泣き崩れた。
「若君、今日はこちらでお泊まりください」
ジェシカはセシリアを宥めて部屋を出ていった。扉は開かないし、窓も開かない。
「俺だって……できることなら父の自慢の息子でありたかったよ……」
ラズは寝台に転がり、目を閉じた。
セシリアの声は先ほどとは違って疲れているように聞こえた。
「お嬢様、若君に全てお話してはいかがでしょう」
ジェシカはセシリアを気遣いながらラズに視線を向けた。
「お兄様に関係があることですものね」
セシリアの言葉にラズは首を傾げる。ラズは生きていたとしても伯爵家とは関係がない。ラズのというよりユーリアスの戸籍は伯爵家から外されているはずだ。月日も経っているし、死亡となっているだろう。
父は母と離婚してレイフの母と結婚しているはずだ。レイフを養子にする際に契約結婚が決まったのだ。養子と実子はもちろん血のつながりがないのでセシリアとレイフが結婚するまでの間のレイフを伯爵家に取り込む為のものである。
母の戸籍にユーリアスは付随して伯爵家から離れたと聞いている。今のラズの戸籍は成人して孤児院から出たときに発行されたものだ。院長のはからいで母と一緒の戸籍にしてもらえたのは助かった。母が亡くなったとき、ラズと戸籍が離れていれば亡骸をひきとることができないからだ。もちろん母には元気に髪が真っ白になるまで生きて欲しいが。
「俺はもう伯爵家とはなんの関わりもないはずだ。戸籍も死亡になっているはずだし」
「……ええ。でもレイフはお兄様を娶って、伯爵家を継ぐつもりです。お兄様がいない間は良かったけれど……」
レイフの思い込みの激しさは子供の頃に経験している。そんな馬鹿なことと笑い飛ばすこともできなかった。けれど妹にラズがいない間は良かったと言われると複雑な気持ちが混ざって、思わず眉間に皺を寄せてしまった。
「違うのです、お嬢様は若様がいなくてよかったといってるわけではなく……。このままだと若様を娶るために障害となるお嬢様に危害を加えるのではないかと心配しているのです」
ジェシカの心配を鼻で笑おうとしてラズはできなかった。まさか、とは思うものの絶対にないと言い切れるほどの安心感もない。レイフなら、やりかねないと思ってしまったのだ。
「……セシリアはレイフを愛してるの?」
妹には幸せになってもらいたい。
「伯爵家のために必要だとわかっているけれど、私を見ていない人と一緒になんてなりたくありません。お父様の気持ちもわかるから我慢していましたけど……」
「お父様は……」
父のことはどうしても苦手だ。思い浮かぶのは背を向けられた姿だけで、それまで確かに息子として愛してもらっていたはずなのに靄がかかって思い出せない。
「お兄様が伯爵家を継げる魔力をもっていればこんなことにならなかったのに――」
悲嘆にくれたセシリアの声がラズの心に突き刺さった。
「そうだな、俺もそう思うよ。ユーリアスは死んだ。魔力を多くもつ子供を養子にするからと言って地方に出されると思いきや、まっ暗な森の中で走っている馬車から放り投げられて……死んだんだ。これを外して帰してくれ。明日も仕事がある――」
ラズは全てを捨てたはずだったのに肉親の情に流されそうになっていた自分を嗤った。
セシリアは「嘘だわ」と言って泣き崩れた。
「若君、今日はこちらでお泊まりください」
ジェシカはセシリアを宥めて部屋を出ていった。扉は開かないし、窓も開かない。
「俺だって……できることなら父の自慢の息子でありたかったよ……」
ラズは寝台に転がり、目を閉じた。
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