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妹
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「あの……」
仕事が終わってラズは早々に食堂を出た。騎士団の寮は近いとはいえ一度敷地内から門を出て少し歩く。木立の間から声を掛けられたので瞬間、レイフかと思って身構えたが声が違った。振り向くと、そこには可愛らしい少女が侍女と護衛とおぼしき二人を伴って立っていた。
腰まであるフワフワの金の髪にけぶるようなまつげの間から覗く赤い瞳、ラズはそこにいる少女が誰だかすぐにわかった。髪を染めていないときの自分の顔と似ていたからだ。
ラズは思わず周りを警戒した。レイフが隠れているのではないかと思ったからだ。そうでなければ妹のセシリアがラズを待っているはずがない。
自分が呼ばれたのではない作戦を再度試みたが無駄だったようで、侍女と思っていた人に手を掴まれた。
「あなたのことです。お嬢様の声が聞こえませんでしたか?」
「……」
貴族の令嬢を無視できるわけもなく、ラズはセシリアに会釈してみせた。セシリアは気分を害した様子もなくラズを凝視する。
「ラズと言う名前でしょう?」
兄とわかって声を掛けたのではなかったようだ。ラズはそのことにひとまず安堵した。
「はい、そうです」
「わたくしの婚約者があなたのことを調べていたので気になって……」
侍女は護衛も兼ねているのだろう。手を握る力は侍女というには強いし護衛よりも手がはやかった。侍女から手を取り戻して、ラズは赤くなった手首をさすった。
「あなたの婚約者が俺を?」
しらを切るしかなくて、ラズは苦笑いを浮かべた。何を馬鹿なことを言ってるんですかという意味での笑いだったが無視された。
「レイフと言えばわかるでしょう?」
「わかりません。どなたでしょう」
父とは会うかも知れないと思っていたラズだが、セシリアは想定外だった。別れたとき、八歳だったセシリアがラズを覚えているわけもない。そう思うと少し寂寥感を覚えた。
「リスティオン伯爵家の跡継ぎよ」
「残念ながら、そのように高貴な方は……」
もっと高貴なリド様とウィス様なら知っているけど、レイフなんて知りたくもない。ラズは大げさに知らないと驚いて見せた。
「おかしいわね。私の侍女があなたを調べるようにと命じているレイフ様を見たの。白鷲騎士団の食堂に勤めていると言っていたのだけど」
レイフが後をつけたのだとわかる。リド様の予測は当たっていた。どうしよう、リド様に相談した方がいいだろうか。迷惑を掛けることになるからできれば避けたかった。
「ジェシー、やってちょうだい」
ラズが不信に思うより早く、侍女が動いた。
首筋にチクリと痛みが走った。侍女の指にふさわしくない大きな指輪だと思っていたけれど、針を仕込んで薬を塗っていたようだ。侍女と護衛に抱えられるようにしてラズは意識を失った。
「ん……頭が痛い……」
ラズが目を覚ました時、カーテンの隙間から見える空は黒く、夜が訪れていた。どれほど眠ったのかわからないが、扱いはいいようでベッドに寝かされていた。
「酷い目にあった。どうしよう」
ラズは、無意識に服の下にかけているネックレスを握った。ウィス様の耳飾りを紐で吊ったお守りだ。中央の石に魔法をかければいいと言っていたので、ラズは声に出さず、水の魔法で石を満たそうとした。
「えっ、どうして――」
魔法が使えない。そこで初めて首にある違和感に気付いた。頭が痛いのは少しずつ楽になってきたけれど、薬のせいか少しぼんやりしている。
「魔法封じの……首輪か」
まるで犬の首輪のようなものが付いていた。ラズが魔法を使えることも知っていたのだ。
「起きたのね」
部屋へ入ってきたセシリアは、さっきの侍女に飲み物を用意させて寝台のラズに声を掛けた。護衛もいる。下手なことはできないとラズはベッドから降りてセシリアの前のソファに腰掛けた。
「お嬢様、どうしてこんなことを。遊びにしてはおいたが過ぎると思うのですが……」
名前を呼ぶわけにもいかず、ラズはセシリアをそう呼んだ。
「……セシリア、と呼んでいただけないのかしら。ユーリ兄様?」
親しげな顔で懐かしそうな顔をするセシリアに、ラズは声を詰まらせた。
「っ! どうして――」
「お兄様のピンクの瞳は珍しいもの。髪は染めているのかしら。どうしてだなんて……、側で見たらだれでも兄妹だってわかるわ。貴族らしい服を着せて護衛に抱きかかえさせれば、門を護る衛兵も『お大事に』とすぐに通してくれるくらい」
「セシリア……」
「まさかお兄様だったとは思わなかったけれど。元々レイフのことを調べるために連れてくるつもりだったの。ジェシーがユーリお兄様だって言ったから気付いたのだけど……」
戸惑うラズにセシリアは笑って種明かしをした。
侍女が騎士のように片膝を立てて、ラズの前に頭を垂れる。
「お久しぶりです、若君」
ラズを見上げた瞳が潤んでいた。もしかしてと思っていたけれど、侍女は昔ラズに付いていた騎士のジェシカだった。今はセシリアの護衛兼、侍女なのだろう。
「酷い再会だ。……セシリア、ジェシカ」
「それはわたくしの台詞ですわ。どうして今頃になって現れたのです。レイフもやっとお兄様を諦めたかと思っていたのに」
ラズは苦虫を潰したように顔を顰めた。
「レイフなんて覚えてもなかったし、会うつもりもなかったよ。養子があの男だって知ったのもこの前だ。俺は平民として暮らしてる。貴族と関わり合いになるつもりなんてこれっぽっちもなかったのに」
「レイフはお父様がお母様とお兄様を諦めてからもずっと探させていました。レイフはわたくしが婚約者で気に入らないのでしょう。お兄様のこと、昔から狙っていましたものね。わたくしはレイフが興味をもって愛人にしようとしている平民がいるらしいと侍女の一人に聞いたので、やっとお兄様を諦めたのだと安心したのですよ。お兄様でなければお話して、金を渡してどこかへ行ってもらおうと思っていましたのに」
セシリアの気持ちもわからないでもないけれど、酷い扱いだ。貴族らしいといえば貴族らしい考え方だがラズは悲しくなった。平民に選択権があるとは思っていないのだろう。
「で、俺をどうするの?」
指先がネックレスを探る。魔法を使えない限り護りが働かないのは失敗だと思いながら、ウィス様の顔を思い出す。リド様もきっと心配させてしまうだろう。
妹といっても安心できる要素がない。意識を奪ってラズの魔法を封じて連れてきたのだ。
柔らかい笑みを浮かべるセシリアと相反して、ラズは緊張で身体が強張っていくのを感じた。
仕事が終わってラズは早々に食堂を出た。騎士団の寮は近いとはいえ一度敷地内から門を出て少し歩く。木立の間から声を掛けられたので瞬間、レイフかと思って身構えたが声が違った。振り向くと、そこには可愛らしい少女が侍女と護衛とおぼしき二人を伴って立っていた。
腰まであるフワフワの金の髪にけぶるようなまつげの間から覗く赤い瞳、ラズはそこにいる少女が誰だかすぐにわかった。髪を染めていないときの自分の顔と似ていたからだ。
ラズは思わず周りを警戒した。レイフが隠れているのではないかと思ったからだ。そうでなければ妹のセシリアがラズを待っているはずがない。
自分が呼ばれたのではない作戦を再度試みたが無駄だったようで、侍女と思っていた人に手を掴まれた。
「あなたのことです。お嬢様の声が聞こえませんでしたか?」
「……」
貴族の令嬢を無視できるわけもなく、ラズはセシリアに会釈してみせた。セシリアは気分を害した様子もなくラズを凝視する。
「ラズと言う名前でしょう?」
兄とわかって声を掛けたのではなかったようだ。ラズはそのことにひとまず安堵した。
「はい、そうです」
「わたくしの婚約者があなたのことを調べていたので気になって……」
侍女は護衛も兼ねているのだろう。手を握る力は侍女というには強いし護衛よりも手がはやかった。侍女から手を取り戻して、ラズは赤くなった手首をさすった。
「あなたの婚約者が俺を?」
しらを切るしかなくて、ラズは苦笑いを浮かべた。何を馬鹿なことを言ってるんですかという意味での笑いだったが無視された。
「レイフと言えばわかるでしょう?」
「わかりません。どなたでしょう」
父とは会うかも知れないと思っていたラズだが、セシリアは想定外だった。別れたとき、八歳だったセシリアがラズを覚えているわけもない。そう思うと少し寂寥感を覚えた。
「リスティオン伯爵家の跡継ぎよ」
「残念ながら、そのように高貴な方は……」
もっと高貴なリド様とウィス様なら知っているけど、レイフなんて知りたくもない。ラズは大げさに知らないと驚いて見せた。
「おかしいわね。私の侍女があなたを調べるようにと命じているレイフ様を見たの。白鷲騎士団の食堂に勤めていると言っていたのだけど」
レイフが後をつけたのだとわかる。リド様の予測は当たっていた。どうしよう、リド様に相談した方がいいだろうか。迷惑を掛けることになるからできれば避けたかった。
「ジェシー、やってちょうだい」
ラズが不信に思うより早く、侍女が動いた。
首筋にチクリと痛みが走った。侍女の指にふさわしくない大きな指輪だと思っていたけれど、針を仕込んで薬を塗っていたようだ。侍女と護衛に抱えられるようにしてラズは意識を失った。
「ん……頭が痛い……」
ラズが目を覚ました時、カーテンの隙間から見える空は黒く、夜が訪れていた。どれほど眠ったのかわからないが、扱いはいいようでベッドに寝かされていた。
「酷い目にあった。どうしよう」
ラズは、無意識に服の下にかけているネックレスを握った。ウィス様の耳飾りを紐で吊ったお守りだ。中央の石に魔法をかければいいと言っていたので、ラズは声に出さず、水の魔法で石を満たそうとした。
「えっ、どうして――」
魔法が使えない。そこで初めて首にある違和感に気付いた。頭が痛いのは少しずつ楽になってきたけれど、薬のせいか少しぼんやりしている。
「魔法封じの……首輪か」
まるで犬の首輪のようなものが付いていた。ラズが魔法を使えることも知っていたのだ。
「起きたのね」
部屋へ入ってきたセシリアは、さっきの侍女に飲み物を用意させて寝台のラズに声を掛けた。護衛もいる。下手なことはできないとラズはベッドから降りてセシリアの前のソファに腰掛けた。
「お嬢様、どうしてこんなことを。遊びにしてはおいたが過ぎると思うのですが……」
名前を呼ぶわけにもいかず、ラズはセシリアをそう呼んだ。
「……セシリア、と呼んでいただけないのかしら。ユーリ兄様?」
親しげな顔で懐かしそうな顔をするセシリアに、ラズは声を詰まらせた。
「っ! どうして――」
「お兄様のピンクの瞳は珍しいもの。髪は染めているのかしら。どうしてだなんて……、側で見たらだれでも兄妹だってわかるわ。貴族らしい服を着せて護衛に抱きかかえさせれば、門を護る衛兵も『お大事に』とすぐに通してくれるくらい」
「セシリア……」
「まさかお兄様だったとは思わなかったけれど。元々レイフのことを調べるために連れてくるつもりだったの。ジェシーがユーリお兄様だって言ったから気付いたのだけど……」
戸惑うラズにセシリアは笑って種明かしをした。
侍女が騎士のように片膝を立てて、ラズの前に頭を垂れる。
「お久しぶりです、若君」
ラズを見上げた瞳が潤んでいた。もしかしてと思っていたけれど、侍女は昔ラズに付いていた騎士のジェシカだった。今はセシリアの護衛兼、侍女なのだろう。
「酷い再会だ。……セシリア、ジェシカ」
「それはわたくしの台詞ですわ。どうして今頃になって現れたのです。レイフもやっとお兄様を諦めたかと思っていたのに」
ラズは苦虫を潰したように顔を顰めた。
「レイフなんて覚えてもなかったし、会うつもりもなかったよ。養子があの男だって知ったのもこの前だ。俺は平民として暮らしてる。貴族と関わり合いになるつもりなんてこれっぽっちもなかったのに」
「レイフはお父様がお母様とお兄様を諦めてからもずっと探させていました。レイフはわたくしが婚約者で気に入らないのでしょう。お兄様のこと、昔から狙っていましたものね。わたくしはレイフが興味をもって愛人にしようとしている平民がいるらしいと侍女の一人に聞いたので、やっとお兄様を諦めたのだと安心したのですよ。お兄様でなければお話して、金を渡してどこかへ行ってもらおうと思っていましたのに」
セシリアの気持ちもわからないでもないけれど、酷い扱いだ。貴族らしいといえば貴族らしい考え方だがラズは悲しくなった。平民に選択権があるとは思っていないのだろう。
「で、俺をどうするの?」
指先がネックレスを探る。魔法を使えない限り護りが働かないのは失敗だと思いながら、ウィス様の顔を思い出す。リド様もきっと心配させてしまうだろう。
妹といっても安心できる要素がない。意識を奪ってラズの魔法を封じて連れてきたのだ。
柔らかい笑みを浮かべるセシリアと相反して、ラズは緊張で身体が強張っていくのを感じた。
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