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ウィス様の帰還
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恋人の振りというのは何をするんだろうかと身構えていたラズは拍子抜けするくらい普通の日々を送っていた。あれから一週間、レイフから音沙汰もなくこのまま終わるのかなと思っていた時、ウィス様が帰ってきた。
「おかえりなさい、ウィス様」
「ただいま。ラズの顔を見にきてしまいました」
食堂に顔を出したウィス様へマストに了解をもらって、タルトを出した。
「美味しそうですね。桃ですか」
「はい。色々試したんですけど、これが一番出来がよくて。今日、帰ってくると聞いたから作ったんです」
一切れを皿に載せて、珈琲と一緒に出した。ウィス様は珈琲が好きなので好きな銘柄のものを焙煎したのだ。
「良い香りですね。ラズは珈琲を淹れるのも得意なんですね」
「ウィス様、お帰りなさい。ラズの魔法はすごく優秀ですよ。温度調整ができるし豆をすり潰すのもお手の物ですから。俺も魔法はできますけど、料理で使おうとは思えないんですよね」
「マスト、お前が教えたのか? このタルト、凄く美味しい」
ウィス様の賞賛の声に良かったなとマストが肩を叩く。
「これはリ……団長の知り合いの人に教えてもらったんです。桃狩りに行った時に」
ピクッとウィス様の手が震えて、マストが「あちゃ~」と余所を向いて声を出した。
「団長は桃のコンポートが好きらしくて果樹園ももっているというので孤児院の子供達と一緒にお邪魔したんです」
「団長と一緒に桃狩り? 私がクラーケン狩りをしてる間に……」
「クラーケンですか。海の幻獣ですよね」
タコに似た巨大な生物だと聞いたことがある。騎士団の食堂とはいえ、どこへ遠征にいっているかラズ達は教えてもらえない。帰ってくる日がわかったのは食事の量を調節するためだ。
「大味なんでしょうか……」
「俺も一度調理してみたいな。今度クラーケン狩りがあるときは俺も遠征に着いていきたいな」
ラズとマストはクラーケンを何の料理にすれば美味しそうかを議論した。揚げ物は油が飛びそうだし、茹でただけじゃ美味しくなさそうな気がする。
「味は淡泊なんですか? 海の生物だから泥臭くはないと思うけど、毒とかあるんですかね」
マストの疑問に、ウィス様は呆れたような声で教えてくれた。
「お前達……クラーケンは幻獣だから料理にできる部分は残らないぞ」
「何のために討伐するんですか! 食べる為でしょう!」
マストはウィスに睨まれて「寒っ」と言って逃げていった。真夏なのに寒そうだった。疲れているのかウィス様は切れやすそうだ。
「すみません。知らない食材に興味が沸いてしまって……」
「色々ツッコミたいんですけどね。クラーケンは食材じゃないとだけ言っておきますね」
「そうなんですね。幻獣は食べられないのですか?」
ラズの父の領地は海の方ではなく山の方だったので、海の幻獣についてはあまり知らなかった。
「幻獣はほとんどが魔法の触媒に使えるような石になりますね。海の幻獣でも山の幻獣でも一緒です。クラーケンのことは放っといてください。私がいないひと月半の間に団長と桃狩りに行ったんですか?」
「桃狩り、子供達も喜んでました。俺、あんな美味しい桃は初めて食べました。ウィス様にも食べて欲しくて用意したんです」
ウィス様はため息を吐いて、桃にフォークを突き刺した。
「桃に罪はありませんから、美味しくいただきます。でも……、早く帰るために転移魔法を使ったんです。だから魔力が減っていて……もの凄くお腹が空いているんです」
魔力が減ると魔力を補給しようとして脳が沢山食べるように指示をする。甘い物が顕著だけど、他の野菜や肉も魔力を僅かに含んでいるからだろう。
「桃のタルト、沢山ありますから。あっ、もしかして……」
ラズは自分がタルトを出してしまったせいで言えなくなったのだと思った。
「ええ」
ウィス様はラズが気付いたことを喜んだ。そんなに気を遣ってくれなくてもいいのに、優しい人だなとラズは背後に声を掛ける。
「料理長、ウィス様が食事も食べたいそうです!」
今日の料理は騎士も大好物のハンバーグだ。良い匂いがしていたからお腹も余計に空くだろう。
「……そうですね。ラズが変わらないのでホッとしてます。でも料理はいりません。ラズのタルトを味わいたいので……」
「気にしなくていいのに」
「いえ。お気遣いなく……」
どんよりした雰囲気なのに、タルトは美味しそうに食べてくれて安心した。タルト生地は孤児院で癒やしの魔法を掛けながら焼いたものだから、少しは魔力も回復するだろう。あのMPポーションを飲むより絶対にいいはずだ。
「おかわりもらえますか?」
ウィス様は半分食べてやっと満足してくれた。ラズは珈琲のおかわりを淹れながら、日常が戻ってきたような気がした。
「おかえりなさい、ウィス様」
「ただいま。ラズの顔を見にきてしまいました」
食堂に顔を出したウィス様へマストに了解をもらって、タルトを出した。
「美味しそうですね。桃ですか」
「はい。色々試したんですけど、これが一番出来がよくて。今日、帰ってくると聞いたから作ったんです」
一切れを皿に載せて、珈琲と一緒に出した。ウィス様は珈琲が好きなので好きな銘柄のものを焙煎したのだ。
「良い香りですね。ラズは珈琲を淹れるのも得意なんですね」
「ウィス様、お帰りなさい。ラズの魔法はすごく優秀ですよ。温度調整ができるし豆をすり潰すのもお手の物ですから。俺も魔法はできますけど、料理で使おうとは思えないんですよね」
「マスト、お前が教えたのか? このタルト、凄く美味しい」
ウィス様の賞賛の声に良かったなとマストが肩を叩く。
「これはリ……団長の知り合いの人に教えてもらったんです。桃狩りに行った時に」
ピクッとウィス様の手が震えて、マストが「あちゃ~」と余所を向いて声を出した。
「団長は桃のコンポートが好きらしくて果樹園ももっているというので孤児院の子供達と一緒にお邪魔したんです」
「団長と一緒に桃狩り? 私がクラーケン狩りをしてる間に……」
「クラーケンですか。海の幻獣ですよね」
タコに似た巨大な生物だと聞いたことがある。騎士団の食堂とはいえ、どこへ遠征にいっているかラズ達は教えてもらえない。帰ってくる日がわかったのは食事の量を調節するためだ。
「大味なんでしょうか……」
「俺も一度調理してみたいな。今度クラーケン狩りがあるときは俺も遠征に着いていきたいな」
ラズとマストはクラーケンを何の料理にすれば美味しそうかを議論した。揚げ物は油が飛びそうだし、茹でただけじゃ美味しくなさそうな気がする。
「味は淡泊なんですか? 海の生物だから泥臭くはないと思うけど、毒とかあるんですかね」
マストの疑問に、ウィス様は呆れたような声で教えてくれた。
「お前達……クラーケンは幻獣だから料理にできる部分は残らないぞ」
「何のために討伐するんですか! 食べる為でしょう!」
マストはウィスに睨まれて「寒っ」と言って逃げていった。真夏なのに寒そうだった。疲れているのかウィス様は切れやすそうだ。
「すみません。知らない食材に興味が沸いてしまって……」
「色々ツッコミたいんですけどね。クラーケンは食材じゃないとだけ言っておきますね」
「そうなんですね。幻獣は食べられないのですか?」
ラズの父の領地は海の方ではなく山の方だったので、海の幻獣についてはあまり知らなかった。
「幻獣はほとんどが魔法の触媒に使えるような石になりますね。海の幻獣でも山の幻獣でも一緒です。クラーケンのことは放っといてください。私がいないひと月半の間に団長と桃狩りに行ったんですか?」
「桃狩り、子供達も喜んでました。俺、あんな美味しい桃は初めて食べました。ウィス様にも食べて欲しくて用意したんです」
ウィス様はため息を吐いて、桃にフォークを突き刺した。
「桃に罪はありませんから、美味しくいただきます。でも……、早く帰るために転移魔法を使ったんです。だから魔力が減っていて……もの凄くお腹が空いているんです」
魔力が減ると魔力を補給しようとして脳が沢山食べるように指示をする。甘い物が顕著だけど、他の野菜や肉も魔力を僅かに含んでいるからだろう。
「桃のタルト、沢山ありますから。あっ、もしかして……」
ラズは自分がタルトを出してしまったせいで言えなくなったのだと思った。
「ええ」
ウィス様はラズが気付いたことを喜んだ。そんなに気を遣ってくれなくてもいいのに、優しい人だなとラズは背後に声を掛ける。
「料理長、ウィス様が食事も食べたいそうです!」
今日の料理は騎士も大好物のハンバーグだ。良い匂いがしていたからお腹も余計に空くだろう。
「……そうですね。ラズが変わらないのでホッとしてます。でも料理はいりません。ラズのタルトを味わいたいので……」
「気にしなくていいのに」
「いえ。お気遣いなく……」
どんよりした雰囲気なのに、タルトは美味しそうに食べてくれて安心した。タルト生地は孤児院で癒やしの魔法を掛けながら焼いたものだから、少しは魔力も回復するだろう。あのMPポーションを飲むより絶対にいいはずだ。
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