騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

文字の大きさ
上 下
32 / 62

何故

しおりを挟む
 ラズは気分を落ち着かせるために食堂に戻った。

「あれ、ラズどうしたんだ?」

 マストが気付いて声を掛けてくれる。

「ちょっとお腹空いて……」
「ハハハ! 青竜騎士団は少し遠いからな」
「ラズ君くらいの歳のときにはいつも腹がすいてましたよ」

 調理をしている料理人たちも気がいい人ばかりだ。リド様は怒ってラズを追い出したりしないだろうかと考えて、そんな人じゃないと思い返す。

「俺もそうだな、いつも腹が減ってたよ。まかないでよかったら食べていけ」
「ありがとうございます。いただきます」

 白鷲騎士団の食堂のまかないは美味しいものばかりだ。

「これ、今日のメインな」
「いいんですか?」
「うまいもん食わなきゃ元気なんて出ないだろう」

 マストはラズの頭をクシャと撫でた。涙は拭いたはずなのに落ち込んでいることがばれていた。

「美味しいですね。料理長はどこで修行したんですか?」

 鶏の皮までパリッとしている。上に乗ったソースは酸っぱくて美味しい。野菜が沢山敷かれていて、騎士の身体を考えていることがわかる。

「街にある店だよ。たまたま入った店が凄く美味しくてな。毎日通って、どうしても料理人になりたくて弟子にしてもらったんだ。人がいいおっさんとおばちゃんがやっててな。今度連れて行ってやるよ」
「行きたいです!」

 美味しいものは力をくれる。落ち込んだ気分が上向きになっていることに気付いてラズは笑った。
 マストが心底惚れたという店に連れていってもらう約束をして帰宅した。

「ただいま帰りました」

 寮のエントランスを抜けて、寮監の部屋の扉を開けてラズは声を掛けた。
 エカテおばさんはいなくて、かわりにダイニングでお茶を飲んでいる人がいた。まるで自分の家のような顔をして「おかえり」と言う。

 ラズは力なくうなだれた。

「リド様、どうしてここにいるか聞いていいですか?」

 酷く低い声が出たと思う。

「ラズが一人で帰ったから……」

 友達か! と叫びたいのを我慢してラズは俯いた。

「俺は……」
「あの男がラズの後を着いていかないか心配だったんだ。ラズが私のことを恋人と思えないことはわかったが、今は我慢してくれ。あのタイプは絶対にしつこい。私を恋人ということにしていないと攫われるような気がしてな」

 レイフの顔を思い出して、ラズは背中を震わせた。思い出しただけで夏なのに寒い。

「でも、俺は本当に貴族とは関わり合いたくないんです」

 貴族であるリド様に言っていい言葉じゃないけれど、それくらい言わないとわかってもらえない。
 言われたリド様は失礼な物言いに憤慨もせず、淡々とラズに言い聞かせる。

「理由はわからないが、ラズがそう思うだけのことがあったんだと思う。理由を知りたいと願うには、知り合って日が浅い私のことを信用できないだろう。でも、あの男を遠ざけるために、私を利用しなさい」
「駄目です。リド様が優しいからって利用なんてできません!」

 ラズは考える間もなく即答した。その速さにリド様は驚いたのか瞬きをした。

「私は優しいわけじゃない。ラズを放っておけないのは私が自分勝手だからだ。だからラズは気にせず私の恋人の振りをしていればいい。せめてあの男がどうでてくるかわかるまで……」

 リド様からみてもレイフは危なそうな気配を醸し出しているのだろう。
 ラズは、ギュッと拳を握った。自分一人でなんとか出来ると言えないのが現状だ。迷ってしまった。それが答えだった。

「お願いします」
 
 満足げなリド様にお茶を注ぎ直して、自分の分も注いだ。

 何故こうなった……。さっきの俺の気持ちを返してほしい……。
 口の中で紅茶と一緒に愚痴を飲み込んだ。砂糖もいれたはずなのに、何故か渋くてラズは眉をしかめた。
しおりを挟む
https://comicomi-studio.com/goods/detail/171091 通販してます
感想 5

あなたにおすすめの小説

愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」 ――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。 皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。 身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。 魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。 表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます! 11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

監獄にて〜断罪されて投獄された先で運命の出会い!?

爺誤
BL
気づいたら美女な妹とともに監獄行きを宣告されていた俺。どうも力の強い魔法使いらしいんだけど、魔法を封じられたと同時に記憶や自我な一部を失った模様だ。封じられているにもかかわらず使えた魔法で、なんとか妹は逃したものの、俺は離島の監獄送りに。いちおう貴族扱いで独房に入れられていたけれど、綺麗どころのない監獄で俺に目をつけた男がいた。仕方ない、妹に似ているなら俺も絶世の美形なのだろうから(鏡が見たい)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

ゲームの世界はどこいった?

水場奨
BL
小さな時から夢に見る、ゲームという世界。 そこで僕はあっという間に消される悪役だったはずなのに、気がついたらちゃんと大人になっていた。 あれ?ゲームの世界、どこいった? ムーン様でも公開しています

平民男子と騎士団長の行く末

きわ
BL
 平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。  ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。  好きだという気持ちを隠したまま。  過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。  第十一回BL大賞参加作品です。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

俺は勇者のお友だち

むぎごはん
BL
俺は王都の隅にある宿屋でバイトをして暮らしている。たまに訪ねてきてくれる騎士のイゼルさんに会えることが、唯一の心の支えとなっている。 2年前、突然この世界に転移してきてしまった主人公が、頑張って生きていくお話。

処理中です...