31 / 62
拒絶
しおりを挟む
リド様の視線を感じながらもラズは無言で歩いていた。何を言ったらいいのか、何を言うべきなのかわからない。言いたくないことばかりで思わず口を閉ざしてしまった。
リド様は思惟にふけってしまうラズに歩調を合わせて隣を歩いている。
「ラズ、部屋に行って良いか?」
レイフのことをどう説明すればいいのだろうか。悩みながらリド様を見たら思ったより近くにいた。
「腰に手をまわすのやめてください。部屋に……ですか」
いつの間にかエスコートされているような状態だった。それすらも気付いてなかった自分にラズは呆れた。
「せっかく恋人になったんだ。部屋に戻ってあんなことやそんなことまで」
リド様は何を想像しているのか、楽しそうだ。あんなことやそんなことって何とは聞きたくない。
「恋人になんてなりませんよ。聞いたって誰も信じたりしません」
「あの男は信じてくれたようだが」
レイフの顔を思い出すと脚に重りをつけられたように歩みが止まってしまった。
「俺の事を知らないからですよ。孤児院出身の平民の料理人です」
「美味しいお菓子で今や大人気のだろう」
「Aランチのことですよね」
リド様がわざとそんな風に茶化していることはわかっている。重苦しくなるラズの心を解そうとしてくれているのだ。
「私もウィスも骨抜きにしたくせに――」
「お菓子がそんなに好きなんですね。もう、子供みたいに口を尖らせないでください」
「お菓子だけと思うか?」
問いかけにラズは目を伏せた。
「恋人は平凡な人でいいんです。同じ平民で、できたら家族が多い人がいい。お金は沢山もってなくてもいいから俺のことを大事にしてくれる人と一緒になりたい。一時の気の迷いはいらないんです」
ちょっと親切にしてやっただけなのに何を自惚れているんだと馬鹿にされてるかもと、いつものラズなら思ったかもしれない。リド様やウィス様は短い付き合いだけど、ラズを同じ人間として接してくれている。だからこそ、恋人のマネなんてしていたらラズが本気になってしまわないとも限らない。
ラズは自分で気持ちを整理してから言葉にした。
「一時の気の迷いか……。ラズはどうしてそう思うんだ? 私はそんな移り気な男に見えるか?」
「そんな人には見えません。でもあなたは貴族ですから。俺は貴族、しかも領地持ちだけは絶対にいやなんです。それくらいなら結婚なんかしなくていい。一人で生きていきます」
ラズは、母と父が愛し合っていると思っていた。母が貧乏な子爵家の末娘で家族に売られるようにして伯爵家へ嫁いだことも、貴実として求められたのに父が望む効果がなく、跡継ぎになれる子供を産むことができなかったとも使用人達の噂で知っていた。それでも二人は穏やかに笑い合っていたし、ラズが出来損ないと罵られることもなかった。
父が優しい人だったとしても伯爵家の当主として、ラズを切り捨て、母を僻地に追いやって跡継ぎを得ることが必要だったのだろう。ラズを馬車から捨て、母を家臣に分け与えようとしたことが父の本意ではないと母は言っていた。その言葉を信じたわけではないけれど、そんなことをしなくてもよかったはずだと今のラズは思う。
ラズが貴実であるかどうかはわからない。神殿に行って判断してもらうか、男に抱かれて子供を身籠もるまでは。
「貴族というだけで嫌なのか?」
ラズは首を振る。爵位の得られない貴族の子弟なら違った。
「貴族になりたくないんです」
「マストのように貴族を捨てれば……」
「そんなことはありえません。ないことを仮定しても意味がありませんから」
リド様は侯爵家の跡継ぎだ。それだけじゃない。国を護る英雄が貴族を捨てられるわけがない。
「ラズ」
「助けてくれてありがとうございました。俺、帰りますね」
振り切るようにラズは駆けた。
自分の尊敬できる人、助けてくれた人に酷いことを言った。きっとウィス様にも伝わるだろう。明日からは避けられるに違いない。ラズはしかたがないと思いつつも、何故か頬に冷たいものが流れるのを止めることができなかった。
リド様は思惟にふけってしまうラズに歩調を合わせて隣を歩いている。
「ラズ、部屋に行って良いか?」
レイフのことをどう説明すればいいのだろうか。悩みながらリド様を見たら思ったより近くにいた。
「腰に手をまわすのやめてください。部屋に……ですか」
いつの間にかエスコートされているような状態だった。それすらも気付いてなかった自分にラズは呆れた。
「せっかく恋人になったんだ。部屋に戻ってあんなことやそんなことまで」
リド様は何を想像しているのか、楽しそうだ。あんなことやそんなことって何とは聞きたくない。
「恋人になんてなりませんよ。聞いたって誰も信じたりしません」
「あの男は信じてくれたようだが」
レイフの顔を思い出すと脚に重りをつけられたように歩みが止まってしまった。
「俺の事を知らないからですよ。孤児院出身の平民の料理人です」
「美味しいお菓子で今や大人気のだろう」
「Aランチのことですよね」
リド様がわざとそんな風に茶化していることはわかっている。重苦しくなるラズの心を解そうとしてくれているのだ。
「私もウィスも骨抜きにしたくせに――」
「お菓子がそんなに好きなんですね。もう、子供みたいに口を尖らせないでください」
「お菓子だけと思うか?」
問いかけにラズは目を伏せた。
「恋人は平凡な人でいいんです。同じ平民で、できたら家族が多い人がいい。お金は沢山もってなくてもいいから俺のことを大事にしてくれる人と一緒になりたい。一時の気の迷いはいらないんです」
ちょっと親切にしてやっただけなのに何を自惚れているんだと馬鹿にされてるかもと、いつものラズなら思ったかもしれない。リド様やウィス様は短い付き合いだけど、ラズを同じ人間として接してくれている。だからこそ、恋人のマネなんてしていたらラズが本気になってしまわないとも限らない。
ラズは自分で気持ちを整理してから言葉にした。
「一時の気の迷いか……。ラズはどうしてそう思うんだ? 私はそんな移り気な男に見えるか?」
「そんな人には見えません。でもあなたは貴族ですから。俺は貴族、しかも領地持ちだけは絶対にいやなんです。それくらいなら結婚なんかしなくていい。一人で生きていきます」
ラズは、母と父が愛し合っていると思っていた。母が貧乏な子爵家の末娘で家族に売られるようにして伯爵家へ嫁いだことも、貴実として求められたのに父が望む効果がなく、跡継ぎになれる子供を産むことができなかったとも使用人達の噂で知っていた。それでも二人は穏やかに笑い合っていたし、ラズが出来損ないと罵られることもなかった。
父が優しい人だったとしても伯爵家の当主として、ラズを切り捨て、母を僻地に追いやって跡継ぎを得ることが必要だったのだろう。ラズを馬車から捨て、母を家臣に分け与えようとしたことが父の本意ではないと母は言っていた。その言葉を信じたわけではないけれど、そんなことをしなくてもよかったはずだと今のラズは思う。
ラズが貴実であるかどうかはわからない。神殿に行って判断してもらうか、男に抱かれて子供を身籠もるまでは。
「貴族というだけで嫌なのか?」
ラズは首を振る。爵位の得られない貴族の子弟なら違った。
「貴族になりたくないんです」
「マストのように貴族を捨てれば……」
「そんなことはありえません。ないことを仮定しても意味がありませんから」
リド様は侯爵家の跡継ぎだ。それだけじゃない。国を護る英雄が貴族を捨てられるわけがない。
「ラズ」
「助けてくれてありがとうございました。俺、帰りますね」
振り切るようにラズは駆けた。
自分の尊敬できる人、助けてくれた人に酷いことを言った。きっとウィス様にも伝わるだろう。明日からは避けられるに違いない。ラズはしかたがないと思いつつも、何故か頬に冷たいものが流れるのを止めることができなかった。
16
https://comicomi-studio.com/goods/detail/171091 通販してます
お気に入りに追加
305
あなたにおすすめの小説
愛しの妻は黒の魔王!?
ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」
――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。
皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。
身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。
魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。
表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます!
11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

監獄にて〜断罪されて投獄された先で運命の出会い!?
爺誤
BL
気づいたら美女な妹とともに監獄行きを宣告されていた俺。どうも力の強い魔法使いらしいんだけど、魔法を封じられたと同時に記憶や自我な一部を失った模様だ。封じられているにもかかわらず使えた魔法で、なんとか妹は逃したものの、俺は離島の監獄送りに。いちおう貴族扱いで独房に入れられていたけれど、綺麗どころのない監獄で俺に目をつけた男がいた。仕方ない、妹に似ているなら俺も絶世の美形なのだろうから(鏡が見たい)

ゲーム世界の貴族A(=俺)
猫宮乾
BL
妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる