騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

文字の大きさ
上 下
30 / 62

ヒーローのように

しおりを挟む
 とりあえず知らない振りをしなければ。知らない人だけど。
 ラズは自分がユーリでないと意思表示するために、ユーリと呼ばれた人が自分の後ろにいるのかを確かめる振りをしてから首を傾げた。自分はユーリではないけれど、この人は自分のことをユーリだと思っているというように。貴族である父は城にも来るだろうから、突然会ったときに焦らず他人の振りができるように、何度も脳内でシュミレートしていた。

「俺?」
「君だよ。髪の色が違うけど、ユーリアスだろう。私のこと覚えてないかい? 小さい頃に何度もあったじゃないか。レイフだよ」
「間違えてますよ。俺はラズです」

 レイフと言われても覚えていない。父は何人もユーリアスの友人にと言って知り合いの子供を連れてきたけれど、遊んでいる暇はなかった。ラズは自分が跡継ぎとして足りないことに早いうちに気付いていたから、それこそ勉強や剣術、魔法の訓練ばかりしていた。父が連れてきた友人のうちの一人なのだろう。

「どうしてそんな髪をしてるんだ? どこに住んでる?」
「人違いです」

 ラズの記憶にないせいもあって強く言い放つと、手を掴まれた。

「ずっと探してたんだ。お父様……君の父上は諦めたみたいだけど、生きてると信じてた――」

 ゾッとした。
 息子が死んだのだと父が思うくらいの状況だったはずだ。それに見つからないまま何年も経っている。レイフの目にあるのは死んだと思っていた友人に会った嬉しさとは違う。執着以外のなにものでもないこの目を見て、ラズは思い出した。
 こんな男の子がいた。ラズのいや、ユーリアスの後をずっとついてきた親戚の男の子。他の子と遊んでいると間に入ってきて、いつも隣に座りたがって、時折周囲の友人達を無意識に魔法で威嚇していた子だ。その魔法の力を見てユーリアスはうらやましい気持ちと同時に落胆を覚えた。自分とは性格が合わないので、連れて来ないでほしいと父に頼んだのだ。

「そんなことを言われても知りません。あなたのことなんて見たことがない」

 握られた手首が痛い。レイフ振りほどこうとするラズの手を爪が食い込むくらい強く握っている。

「私は! 君と婚約できると思って伯爵家に入ったのに! 君がいなくて妹が婚約者だなんて――」

 ラズはまさかとレイフを見つめた。
 父がラズを見限って養子として連れてきたのがレイフなのだ。

「離して――!」

 ラズは何か底知れない恐怖を感じた。レイフが何と言ったのかもう一度反芻して睨みつけた。
 こんな男が妹の婚約者だなんて……。幼いセシリアの「お兄様」とラズを呼ぶ姿を思い出す。
 ラズを離すまいとして更にもう片方の手を掴まれそうになったとき、レイフから手を奪い返したのはリド様だった。
 大きな身体がラズを後ろから抱きしめ「大丈夫だ」と耳元で囁く。後ろから包み込まれる安心感でラズは不覚にも涙が出そうになった。

「何を!」

 レイフの怒気を「ふん」と鼻息で散らしたリド様は、後ろからラズを抱きしめたままレイフから奪い返した手首に消毒とばかりにキスをした。そして、ラズの身体の向きを変え、キスというには深く口づけた。

「ん……」

 つま先が地面から離れそうになる。腰を支えられていなければ倒れそうになるくらいしなる背中が痛い。

「ラズ……」

 ラズの名を愛おしげに呼ぶのは確かに知っているはずのリド様で。どうしてと聞くこともできずにもう一度触れた唇が開く。魔力を与えられる必要もないのに、了承もないまま奪われているはずの口づけなのに、優しい。唇を割って入ってきた舌は遠慮もなくラズの口腔を探る。絡みついてきた舌にラズもおずおずと動きを合わせた。
 唾液は魔力を含む、だけど今日は魔力も減っていないのにと空気が足りなくなってきた頭の中で不思議に思った。

「ユーリアス!」

 そうだった、レイフがいたんだった。わかっているのに、優しく髪を梳かれると眠ってしまいそうに気持ちよかった。

「ラズ、だ。私の恋人に手を出す気なら、受けて立つ」

 周囲の空気が変わったことがラズにもわかった。夕方になって城の木に帰ってきていた鳥たちが危険を察知したのか一斉に羽ばたく。

「ユーリアスは私の婚約者だ」

 それでもレイフは引かなかった。
 気持ちが良いとリド様の胸に埋もれている場合じゃなかった。

「俺はラズだ。あんたなんか知らない。勝手に言いかがりをつけてこられても困る。行きましょう、リド様」

 ラズが困っていると思って恋人の役を買ってでてくれたのだろう。申し訳ない気持ちとあんなに濃厚なキスを見せつける必要があったのかと疑問に思う気持ちをとりあえず横に置いて、腕を掴んだ。

「ああ、わかった。だが、ラズに、私の恋人にこの先手を出すようなら……手加減はしない。死ぬ気で来い」

 格好いい。まるで母が喜ぶロマンティックな小説のような台詞だ。
 レイフには効いたようだ。青ざめながらも縋るようにラズを見つめても、それ以上声を発することはなかった。



 
しおりを挟む
https://comicomi-studio.com/goods/detail/171091 通販してます
感想 5

あなたにおすすめの小説

愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」 ――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。 皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。 身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。 魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。 表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます! 11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!? ※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

監獄にて〜断罪されて投獄された先で運命の出会い!?

爺誤
BL
気づいたら美女な妹とともに監獄行きを宣告されていた俺。どうも力の強い魔法使いらしいんだけど、魔法を封じられたと同時に記憶や自我な一部を失った模様だ。封じられているにもかかわらず使えた魔法で、なんとか妹は逃したものの、俺は離島の監獄送りに。いちおう貴族扱いで独房に入れられていたけれど、綺麗どころのない監獄で俺に目をつけた男がいた。仕方ない、妹に似ているなら俺も絶世の美形なのだろうから(鏡が見たい)

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

処理中です...