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ブラウニーにラムレーズンのアイスを添えて
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「暑い! 兄ちゃん暑いよ~」
孤児院の外から調理部屋にやってきたサイが叫ぶ。人が一人入ってきただけで暑さが増したのは気のせいだろうか。
「はいはい、兄ちゃんも暑いよ」
お菓子を作る部屋は暑いので少しだけ魔法を使って涼しくしている。でないとバターが溶けて使い物にならないからだ。
「兄ちゃん、ラッピングは俺がしとくよ。団長さんが来たよ」
サイは来客の報せをしてくれる。
「ありがとう、頼むな。後でリンにも頼むから」
サイとリンは仲がいい。二人とも面倒見がいいから気が合うのだろう。
「はーい」
嬉しそうに笑うサイは十四歳。後四年で成人だ。この街では成人する前に働きに出る事が多い。十六歳から見習いとして孤児院を出る子が多いから後二年。そろそろそれに見合った勉強も必要だろう。
考え事をしながら孤児院の玄関から外に出る。
「よしよし、ユーリ、良い子だ。可愛い、可愛すぎるぞ。ユーリ、ここの防犯がお前だけっていうのは問題があると思うぞ。お前、誰にでも腹をむけてるんだろう」
クロ、改めユーリの名で呼ばれる真っ黒の犬は服従を示すように腹をむけて絶賛リド様に撫でられ中だった。
自分で言ったから仕方ないけれど、まるでラズが褒められてけなされているような気がする。複雑な気分で近づくと、リド様がこちらを向いた。
ドキッとする。リド様が怖いわけでもないのに何故か慣れない。
空の色のような明るい瞳はラズを見て細められる。
「こんにちは。今日は何のご用ですか」
動揺を見せないように無表情になったラズに「桃のコンポートを食べにいこう」と笑顔をむける。
お菓子の勉強ならば仕方ない。ラズは精一杯仕方ないという顔を作って頷いた。
ラズが白鷲騎士団の所属になってからひと月と少し。休みの度にリド様が孤児院に顔を出す。最初こそ荷物を運んでくれたり孤児院に食べ物を寄付してくれたりで恐縮していたラズだったが、最近は孤児院に来る度に現れるので気付いてしまったのだ。
「リド様は無類のお菓子好きですね」
焼きたてほかほかのお菓子を出すと目の色が違うのだ。孤児院の子供と変わらない純粋で無垢な食欲に呆れると同時に嬉しくなる。
「ここで食べるお菓子は格別だからな」
呆れた顔をしても全く気にしない。子供達と遊んだり、犬と遊んだり、お菓子を食べたりして満足げに帰って行く姿は英雄である白鷲騎士団の団長には見えない。
「今日はアイスですけど、食べてから行きますか?」
「ああ、食べないわけがない」
「熱々のお菓子が好きなのかと思っていました。だから、焼きたてのブラウニーもあります。アイスを添えてお出ししますね」
子供達がリド様にへばりついている。引き連れて、というか腕に何人しがみついてるんだろうと数えたら五人もいた。全然重そうに見えない。
「ブラウニー! 作れたのか?」
「リド様がチョコレートを持ってきてくれたでしょう。料理長に何かいいお菓子はないかと聞いて教えてもらったんです。温めたり冷やしたりは得意なので、多分俺と相性のいいお菓子だと思います」
お菓子の勉強をしようといってくれたウィス様が遠征に出てしまったので、料理長が頼みだ。
「料理長、マストか」
「はい。知ってるんですか」
「知ってるも何も。エカテリテの息子だ」
危うく玄関の段差で躓きそうになった。
「ええっ! エカテおばさんは貴族でしょう?」
「貴族だ。マストは小さい頃から料理が好きで『料理人になる!』といって家を出たんだ。お菓子も得意だったはずだ。貴族籍は抜いたが両親ともにマストを認めてるよ」
貴族からすれば脱落した息子と思われても不思議じゃない。マストの頑張りのせいかもしれないし、両親が優しいからかもしれない。
ラズも自分の境遇と比べても意味がないことはわかっている。けれど、父がもう少し母を思いやり、ラズに優しさをみせてくれたらあんな結末じゃなかったのだろうにと思うと切なかった。
「ラズ、どうかしたか」
リド様は思いにふけってしまったラズを気遣うように訊ねた。
「いえ。いい家族なんだなと思って」
「そうだな。マストにお菓子を習うといい」
「忙しくてそっちまで手が回らないって言ってました」
マストはがっつりした肉料理とか食べ応えのあるものを作るのが好きらしい。庭で豚の丸焼きを作りたいけど怒られるんだよなぁと言っていた。
「料理人は増えただろう」
「増えましたね。アーサー様の元恋人が二人復職したので」
「あいつに様なんてつけなくていい」
自分の弟なのに先日のことは余程リド様の逆鱗に触れたらしい。
「でも国を護ってくれている騎士様ですから」
「しばらく外回りだから体力もちょうどいいだろう。竜の血のせいにするなんてアレが怠惰なだけだ」
厳しい顔は鬼の騎士団長と呼ばれるに相応しいものだけど、ラズはその顔に慣れない。
ビクッとラズが反応したのに気付いたのか、リド様は怒気を緩めてくれた。
アーサー様は外回りの仕事に就くことになったらしい。一年間、遠征が続く厳しいものだ。そのため、アーサー様といると仕事にならないから別れたいと思っていた元恋人(複数)が長期遠征の間に他の職場に移って帰って来ないことから料理人が不足していたのだという。アーサー様が帰ってくるまで一年あるということで元恋人(達)も帰ってきたのだそうだ。一年の間に料理人を増やすことが決まっている。
「遠征は団長であるリド様と副長であるウィス様が一緒に行くんだと思っていました」
「竜の案件だけだな。他の魔物や幻獣が相手のときは、どちらかが対応することになっている。竜はこっちも全力でいかないと追い払えないからな。私が全力を出すと被害も大きいんだ。ウィスが白鷲騎士団にはいるまでは結構被害が出ていたはずだ」
ウィス様は二十六歳でリド様は二十八歳だから二年間の間だろうか。
「被害ってどうなるんですか?」
「伯爵以上の領地は結界石があるし、王都は魔法省が護ってるからな。街の被害はそうないと思う。領地外の湖が消し飛んだとかあったそうだが」
伯爵である父がラズを見限ったのは伯爵家の結界石に注げるだけの魔力がなかったからだ。
「ウィス様がきてからはどうなったんですか」
「護りに関してはあいつは当代一の魔法使いだ。竜の攻撃も私が飛ばしたやつも全て無効化していると思う」
「ウィス様がいれば、結界石も必要ないんですね……」
ラズが追い出される前にウィス様が騎士団にいてくれたら……とあり得ないことを願ってしまった。今更時は戻らないのに。
「ラズ、どうかしたか」
「いえ、思った以上にリド様やウィス様の仕事が大変なんですね。俺はお菓子くらいしか作れないけど、二人が喜んでくれるなら頑張らないと」
子供達は既に孤児院の食堂へ向かった後だった。ラズはそのことにも気付いていなかった。慌ててお菓子の準備をする。
「お菓子くらいじゃない。ラズは私に、ウィスにも元気をくれる」
「ありがとうございます。アイス、多めに盛りますね」
大きめに切ったブラウニーのよこにアイスを添える。ラム酒で漬けたレーズンをいれた大人の味付け。リド様のために作ったものだ。
「これ。美味しいな」
「ありふれたものですよ。お菓子だって」
リド様の家になら立派な料理人がいるだろう。もしかしたらデザートを専門にしてる人だって。
「このアイス、子供には少し酒が強いだろう。ラズは子供が食べるものには気をつけているから、私のために作ってくれたんじゃないか?」
「えっと……、だって。チョコレートも、アイスを作った生クリームもリド様がくれたものですから」
「ラズの時間とラズの気持ちが入ってる。美味しいし、嬉しい」
リド様は、そう言ってラズの口元に一口大のブラウニー(アイス乗せ)を運んだ。
「冷たくて、美味しい……」
「そうだろう。美味しい。ラズのお菓子は元気をくれる」
まるで自分が作ったもののようにリド様は胸を張って褒める。それが何だかおかしくて、ラズは笑ってしまった。
「リド様は俺を気分良くする魔法を使えるようですね」
英雄の魔法を一人占めだ。
「私はとうに、ラズの魔法にかかってる」
「お菓子の魔法ですね」
子供達もかかってるやつだ。おやつの時間が楽しみなのはラズも覚えがある。
「そういうことにしとこうか」
ポンとラズの頭を撫でて、リド様は意味深な笑みを浮かべた。見たことのない笑みにラズは思わず見惚れて、頷くことしかできなかった。
三つもあったブラウニーがあっという間に胃袋の中に消えていた。
孤児院の外から調理部屋にやってきたサイが叫ぶ。人が一人入ってきただけで暑さが増したのは気のせいだろうか。
「はいはい、兄ちゃんも暑いよ」
お菓子を作る部屋は暑いので少しだけ魔法を使って涼しくしている。でないとバターが溶けて使い物にならないからだ。
「兄ちゃん、ラッピングは俺がしとくよ。団長さんが来たよ」
サイは来客の報せをしてくれる。
「ありがとう、頼むな。後でリンにも頼むから」
サイとリンは仲がいい。二人とも面倒見がいいから気が合うのだろう。
「はーい」
嬉しそうに笑うサイは十四歳。後四年で成人だ。この街では成人する前に働きに出る事が多い。十六歳から見習いとして孤児院を出る子が多いから後二年。そろそろそれに見合った勉強も必要だろう。
考え事をしながら孤児院の玄関から外に出る。
「よしよし、ユーリ、良い子だ。可愛い、可愛すぎるぞ。ユーリ、ここの防犯がお前だけっていうのは問題があると思うぞ。お前、誰にでも腹をむけてるんだろう」
クロ、改めユーリの名で呼ばれる真っ黒の犬は服従を示すように腹をむけて絶賛リド様に撫でられ中だった。
自分で言ったから仕方ないけれど、まるでラズが褒められてけなされているような気がする。複雑な気分で近づくと、リド様がこちらを向いた。
ドキッとする。リド様が怖いわけでもないのに何故か慣れない。
空の色のような明るい瞳はラズを見て細められる。
「こんにちは。今日は何のご用ですか」
動揺を見せないように無表情になったラズに「桃のコンポートを食べにいこう」と笑顔をむける。
お菓子の勉強ならば仕方ない。ラズは精一杯仕方ないという顔を作って頷いた。
ラズが白鷲騎士団の所属になってからひと月と少し。休みの度にリド様が孤児院に顔を出す。最初こそ荷物を運んでくれたり孤児院に食べ物を寄付してくれたりで恐縮していたラズだったが、最近は孤児院に来る度に現れるので気付いてしまったのだ。
「リド様は無類のお菓子好きですね」
焼きたてほかほかのお菓子を出すと目の色が違うのだ。孤児院の子供と変わらない純粋で無垢な食欲に呆れると同時に嬉しくなる。
「ここで食べるお菓子は格別だからな」
呆れた顔をしても全く気にしない。子供達と遊んだり、犬と遊んだり、お菓子を食べたりして満足げに帰って行く姿は英雄である白鷲騎士団の団長には見えない。
「今日はアイスですけど、食べてから行きますか?」
「ああ、食べないわけがない」
「熱々のお菓子が好きなのかと思っていました。だから、焼きたてのブラウニーもあります。アイスを添えてお出ししますね」
子供達がリド様にへばりついている。引き連れて、というか腕に何人しがみついてるんだろうと数えたら五人もいた。全然重そうに見えない。
「ブラウニー! 作れたのか?」
「リド様がチョコレートを持ってきてくれたでしょう。料理長に何かいいお菓子はないかと聞いて教えてもらったんです。温めたり冷やしたりは得意なので、多分俺と相性のいいお菓子だと思います」
お菓子の勉強をしようといってくれたウィス様が遠征に出てしまったので、料理長が頼みだ。
「料理長、マストか」
「はい。知ってるんですか」
「知ってるも何も。エカテリテの息子だ」
危うく玄関の段差で躓きそうになった。
「ええっ! エカテおばさんは貴族でしょう?」
「貴族だ。マストは小さい頃から料理が好きで『料理人になる!』といって家を出たんだ。お菓子も得意だったはずだ。貴族籍は抜いたが両親ともにマストを認めてるよ」
貴族からすれば脱落した息子と思われても不思議じゃない。マストの頑張りのせいかもしれないし、両親が優しいからかもしれない。
ラズも自分の境遇と比べても意味がないことはわかっている。けれど、父がもう少し母を思いやり、ラズに優しさをみせてくれたらあんな結末じゃなかったのだろうにと思うと切なかった。
「ラズ、どうかしたか」
リド様は思いにふけってしまったラズを気遣うように訊ねた。
「いえ。いい家族なんだなと思って」
「そうだな。マストにお菓子を習うといい」
「忙しくてそっちまで手が回らないって言ってました」
マストはがっつりした肉料理とか食べ応えのあるものを作るのが好きらしい。庭で豚の丸焼きを作りたいけど怒られるんだよなぁと言っていた。
「料理人は増えただろう」
「増えましたね。アーサー様の元恋人が二人復職したので」
「あいつに様なんてつけなくていい」
自分の弟なのに先日のことは余程リド様の逆鱗に触れたらしい。
「でも国を護ってくれている騎士様ですから」
「しばらく外回りだから体力もちょうどいいだろう。竜の血のせいにするなんてアレが怠惰なだけだ」
厳しい顔は鬼の騎士団長と呼ばれるに相応しいものだけど、ラズはその顔に慣れない。
ビクッとラズが反応したのに気付いたのか、リド様は怒気を緩めてくれた。
アーサー様は外回りの仕事に就くことになったらしい。一年間、遠征が続く厳しいものだ。そのため、アーサー様といると仕事にならないから別れたいと思っていた元恋人(複数)が長期遠征の間に他の職場に移って帰って来ないことから料理人が不足していたのだという。アーサー様が帰ってくるまで一年あるということで元恋人(達)も帰ってきたのだそうだ。一年の間に料理人を増やすことが決まっている。
「遠征は団長であるリド様と副長であるウィス様が一緒に行くんだと思っていました」
「竜の案件だけだな。他の魔物や幻獣が相手のときは、どちらかが対応することになっている。竜はこっちも全力でいかないと追い払えないからな。私が全力を出すと被害も大きいんだ。ウィスが白鷲騎士団にはいるまでは結構被害が出ていたはずだ」
ウィス様は二十六歳でリド様は二十八歳だから二年間の間だろうか。
「被害ってどうなるんですか?」
「伯爵以上の領地は結界石があるし、王都は魔法省が護ってるからな。街の被害はそうないと思う。領地外の湖が消し飛んだとかあったそうだが」
伯爵である父がラズを見限ったのは伯爵家の結界石に注げるだけの魔力がなかったからだ。
「ウィス様がきてからはどうなったんですか」
「護りに関してはあいつは当代一の魔法使いだ。竜の攻撃も私が飛ばしたやつも全て無効化していると思う」
「ウィス様がいれば、結界石も必要ないんですね……」
ラズが追い出される前にウィス様が騎士団にいてくれたら……とあり得ないことを願ってしまった。今更時は戻らないのに。
「ラズ、どうかしたか」
「いえ、思った以上にリド様やウィス様の仕事が大変なんですね。俺はお菓子くらいしか作れないけど、二人が喜んでくれるなら頑張らないと」
子供達は既に孤児院の食堂へ向かった後だった。ラズはそのことにも気付いていなかった。慌ててお菓子の準備をする。
「お菓子くらいじゃない。ラズは私に、ウィスにも元気をくれる」
「ありがとうございます。アイス、多めに盛りますね」
大きめに切ったブラウニーのよこにアイスを添える。ラム酒で漬けたレーズンをいれた大人の味付け。リド様のために作ったものだ。
「これ。美味しいな」
「ありふれたものですよ。お菓子だって」
リド様の家になら立派な料理人がいるだろう。もしかしたらデザートを専門にしてる人だって。
「このアイス、子供には少し酒が強いだろう。ラズは子供が食べるものには気をつけているから、私のために作ってくれたんじゃないか?」
「えっと……、だって。チョコレートも、アイスを作った生クリームもリド様がくれたものですから」
「ラズの時間とラズの気持ちが入ってる。美味しいし、嬉しい」
リド様は、そう言ってラズの口元に一口大のブラウニー(アイス乗せ)を運んだ。
「冷たくて、美味しい……」
「そうだろう。美味しい。ラズのお菓子は元気をくれる」
まるで自分が作ったもののようにリド様は胸を張って褒める。それが何だかおかしくて、ラズは笑ってしまった。
「リド様は俺を気分良くする魔法を使えるようですね」
英雄の魔法を一人占めだ。
「私はとうに、ラズの魔法にかかってる」
「お菓子の魔法ですね」
子供達もかかってるやつだ。おやつの時間が楽しみなのはラズも覚えがある。
「そういうことにしとこうか」
ポンとラズの頭を撫でて、リド様は意味深な笑みを浮かべた。見たことのない笑みにラズは思わず見惚れて、頷くことしかできなかった。
三つもあったブラウニーがあっという間に胃袋の中に消えていた。
16
https://comicomi-studio.com/goods/detail/171091 通販してます
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