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耳飾り
しおりを挟む「お茶を運んだだけなのですが……」
「お茶を運ぶだけでこんなに時間がかかるわけがない。副長の仕事の邪魔をしたのではないだろうな? あの方に、無能は必要ないんだよ!」
ラズが入る前、静かな騎士だと思っていた。リド様の護衛騎士と大違いでできた騎士だと思っていたことが間違いだとわかる。ラズに、お茶を運ぶだけの人間に興味がなかっただけ。
どうしよう、無視していいのだろうかと思いながらラズはワゴンを握りしめた。逃げると思ったのか、騎士はワゴンの先に足を掛けて動けないようにしてラズを止めた。
「止めてください!」
ラズが声を上げたのと同時に執務室の扉が開いた。
「そう、無能は必要ない――」
足音もなく、ウィス様はワゴンを止めた騎士の前に立った。ウィス様の方が背も体格も小さいのに、ラズに暴言を吐いた騎士の首元を掴んで廊下の壁に騎士を押しつける。
バン! と勢いよく背中を強打した騎士は、ケフッと息を吐き出した。
「ウィスランド様……っ」
苦しげに眉を寄せた騎士は、ウィス様が腕を緩めた瞬間頽れた。無表情のウィス様は手袋をはめているのに服の裾で手を拭く。手袋をしていても触ることが本当に嫌なんだとわかった。
「ラズ、すみません。引き留めてしまったせいで不快にさせてしまいましたね」
「いえ、大丈夫です。戻りますね」
ウィス様の身体から冷気が漏れている。強大な魔力は制御が難しいというのは本当のことなのだろう。カタカタと震える騎士はその冷気を直に感じているに違いない。青ざめた顔は目の前のウィス様に畏怖を覚えているように見えた。
このまま騎士の氷像ができるんじゃないかと心配だ。
「ラズ、これを……。お詫びです。あなたの身を守ってくれるはずです」
ウィス様は自分の瞳と同じ青紫に光る耳飾りを一つ、ラズの耳につけかえた。
「もらえません!」
騎士にしては沢山の装飾品を身につけているウィス様だ。ラズに渡した耳飾りは、小さい石とはいえ護符ともなれば高いはずだ。純度の高い、硬質なものほどいいと聞いたことがある。ウィス様のものは身を飾るためのものというより護るためのものなのだろう。外敵から身を護るだけでなく自分の魔力が暴走しないように強大な力を持つ者は対策しているという。
「先ほどのお礼だと思ってください」
「つけてる方が危ない気がするんですけど」
お揃いなんてヤバすぎる。
「……ポケットの中にいれててもいいです。でも身につけておいてください。何かあったとき、中央の石を魔法で覆ってください。きっと助けになりますから。もう、アーサーの時のようなことになってほしくないんです」
この騎士のことがなかったらウィス様もこんなものを渡さなかっただろう。ラズは、しばらく考えてから頷いた。
「わかりました。大事にします」
「ありがとう」
ホッとした顔のウィス様に「その人、そんなに怒らないでくださいね」とだけ言っておく。氷像になったらいたたまれないので。
「ラズは優しすぎると思います」
「そういうわけじゃ……」
酷いことを言われてムカついたし、怒られてざまーみろとも思う。けれど、ウィス様はそれだけで終わらないような気がするのだ。気のせいだといいのだけど。
「さぁ、気をつけて戻ってくださいね」
ラズを見送って、ウィス様は手を振った。
あの部屋をみればわかる。ウィス様は必要でないものを置かない。それは人でも同じではないだろうか。
もらった耳飾りをポケットに入れて、ラズは振り返らないように歩く。
きっとあの騎士をウィス様の側で見ることはないだろうという予感がした。
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