騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

文字の大きさ
上 下
24 / 62

ウィスの執務室

しおりを挟む
 副長室の扉の前には見知らぬ騎士が立っていた。

「食堂です」
「名前は?」

 チラッとワゴンを見てから訊ねられた。

「ラズです」
「どうぞ」

 丁寧な騎士だった。ウィス様とリド様の教育の違いだろうか。
 入ると執務机でウィス様が仕事をしていた。扉を叩いた音で気付いたのかパッと顔を上げてラズを見る。ホッとしたような顔がそこにあった。

「ありがとう。そこに置いてくれますか。すぐに片付けるので」

 ラズが少しドキドキしながらここを訪れたようにウィス様も気にしていたのだろうか。
 テキパキと言葉通り片付けていくウィス様に頷いて、テーブルの上にセッティングした。
 性格の違いが部屋に現れていると思う。本はきっちりと本棚に立てられているし、全体的に片付いている印象の部屋だ。リド様と一番違うのは机が整理されていることだろうか。リド様、仕事してるのかなと心配になった。

「はい。二人分とお伺いしましたが、紅茶は淹れておいていいのでしょうか」
「いいですよ」

 ウィス様は、昨日と違って機嫌が良さそうに見えた。
 書類を片付けたウィス様はソファに座り、空いてる方を差して「そっちはラズの席です」と言った。

「ええっ、駄目です。仕事中なので」
「大事な要件なので座ってください」

 静かな口調で言われると抗えなかった。座り心地のいいソファだが居心地が非常に悪かった。

「昨日は申し訳なかったです。あの後、エカテおばさんに怒られました」

 エカテおばさんはウィス様とケーキを食べたと言っていた。その時のことだろう。

「すみません」
「謝らないでください。ラズはエカテおばさんのことを心配していたんですね。私も気付くべきでした」

 リド様がエカテおばさんに言ったのだろう。

「それもありますが、貴族であるアーサー様を訴えるなんてこと平民の俺にはできないんです」
「私が護ると言っても駄目でしょうか」

 ウィス様の目は真剣だ。騎士であるウィス様には、それほどアーサー様のことが許せないのだろう。

「団長にも言われましたが、無理です。二人を信じないとかそういうことではないので誤解しないでもらえると嬉しいんですが」
「団長が先に提案してたんですね。わかりました……。団長の判断に任せます」

 思っていたよりウィス様が冷静になっていて安心した。

「はい。それがいいと思います」
「ラズは総轄長のことを嫌っていたのではないのですか? 私は勘違いしていたのでしょうか」

 そう聞かれるとは思っていなかった。

「嫌いでしたよ。大っ嫌いでした」
「では何故あの男の処罰にショックを受けていたのでしょうか」

 ウィス様は紅茶にも手をつけていなかった。

「……お茶をいただいて良いですか?」

 緊張で喉が渇いてラズは自分で淹れた紅茶に手を伸ばした。

「もちろんです」
「ありがとうございます」

 エカテおばさんには素直に言えとアドバイスされた。それでも言いにくいものは言いにくい。
 あなたの持つ権力が怖い。その力を振るうことに躊躇わないあなたが思っていたような人じゃなくて戸惑っているなんて。

「落ち着いてからでいいですよ」

 それでも聞かないという選択肢はないのだ。

「俺は……。総轄長が怖かったんです。強い力で俺たちを支配していました……」
「皆怯えていましたね」

 総轄長の仲間以外はいつ自分に危害が及ぶかとハラハラしていた。ラズがやり玉に上がることで安堵していたことを知っている。だから、ラズは余計に一人で頑張っていた。

「その総轄長がたった一週間も立たないうちに裁かれていなくなったんです」
「ええ」
「あんなに苦しかったのに……簡単に首になった――。嬉しいのに悔しくて、恐ろしく思えました」

 自分がちっぽけな存在であることを教えられた。例えばラズが『総轄長は仕事をしていない』と訴えても黙殺されるだろう。そして見せしめのように苛められるか首になる。
 ウィス様は、それだけの力がある。無力感を噛みしめたラズにはウィス様が父と同じ貴族というだけで恐ろしく思えた。

「ラズ。私はラズの言葉だけで動いた訳ではないのです。もちろんラズとあそこにいかなければ知ることもなかったことは確かです。証言をとり、証拠も押さえたから素早く裁けましたが本来は我々の仕事ではなかった。……なんて、言い繕うことはできますが。私はラズに……褒めてもらいたかったのです。ただの私怨です。私の前でラズを殴ったのが許せなかった。私利私欲に走った私が、怖かったのでしょうか?」

 ウィス様は膝の上で両手を組み、断罪されるのを待つように手を握りしめた。

「私利私欲……?」
「私はあの男を首にしたことを後悔してません。例えあなたを怖がらせても。ちょっとショックでしたけどね。私は思春期に色々やらかしているので怖がられるのは慣れています」

 慣れているといいながら、ウィス様はラズを直視せずに下を向いた。



しおりを挟む
https://comicomi-studio.com/goods/detail/171091 通販してます
感想 5

あなたにおすすめの小説

愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」 ――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。 皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。 身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。 魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。 表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます! 11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!? ※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

監獄にて〜断罪されて投獄された先で運命の出会い!?

爺誤
BL
気づいたら美女な妹とともに監獄行きを宣告されていた俺。どうも力の強い魔法使いらしいんだけど、魔法を封じられたと同時に記憶や自我な一部を失った模様だ。封じられているにもかかわらず使えた魔法で、なんとか妹は逃したものの、俺は離島の監獄送りに。いちおう貴族扱いで独房に入れられていたけれど、綺麗どころのない監獄で俺に目をつけた男がいた。仕方ない、妹に似ているなら俺も絶世の美形なのだろうから(鏡が見たい)

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...